FLYING POSTMAN PRESS

ワン・チイと門脇麦の豊かな創作

“与えられたもの”と思えた作品

──本作では人間だけに焦点を当てるのではなく、人間も都市も自然も物も、有機的なものも無機的なものも、すべてが等しく撮られていると感じます。そんなふうに描きたいという思いはあったのでしょうか。

ワン それは多分ありました。人だけじゃなくて、その空間にあるものすべてが繋がっている。そういうことは上野の街をロケハンしている時からずっと感じていましたし、それを出せたらと。それで、音にも結構気を使っているんです。つまり、上野の音をいかに入れていくかというところも常に考えていた。例えば、画面の前のほうでメインキャラクターが何かをしゃべっている時、その奥で別の誰かもしゃべっていて、その話し声が聞こえてくることってあるじゃないですか。別の人の話し声が情報として入ってきて、それによって自分が今考えていることが左右されたりすることもあると思うんです。その空間にあるすべてのものが影響し合っている感じを、映像だけではなく音でも伝えたいと思っていました。

──ノイズも大切な要素ですよね。

ワン そう思います。また、ノイズに関しては、(共同脚本の)ウェイン・ワン監督にも言われていたんです。「門脇さんにノイズを感じてもらって、もっともっとリアクションさせなさい」と。ただ、僕としては、言わなくても自然にそうなるだろうと思っていて。それこそ上野にずっといたので。あの場所にいるだけでいろんなものが自然と生まれてくると思っていたんです。

門脇 私、空気に飲まれやすいんです。我ながらいい体質だなって思います(笑)。撮影前に上野公園をみんなで散歩した時から、糸口がもうすでにちょっとだけあったので。上野で撮影できたのがすべて、と言っていいぐらいです。あと、さっき話にあった“人も都市も自然も物も全部がフラットに映っている”というところですけど、多分、カメラマンの肖さんの視点も大きいのかなと思います。肖さんは、人とか物とか区別して生きている人ではないんです。だからか、この現場では芝居を撮られているという感覚がまったくなくて。もしかしたら肖さん、芝居に興味がないのかなと思ったぐらい。“そこにいる私と竹中さん”にしか興味がなさそうなのが面白かったです。

ワン 多分、肖さん、この現場で意図的にそうしていたんだと思います。僕は肖さんとコマーシャルでも一緒にやっていますけど、コマーシャルの時は結構役者さんに気を使いながら撮るタイプですから。でも、今回の映画では確かに門脇さんが言う通りでしたね。ドキュメンタリー撮影に近い感じだったというか。また、本当にずっと撮っていましたし。

門脇 セッティング中も撮っていましたよね。「段取りします」と言っても、肖さん、撮っているから来ないんです(笑)。

ワン そうそう(笑)。

──日本映画の撮影現場においては、まず「段取り」をしてカメラワークや演技の方向性を固め、その後、「テスト」、「本番」と、きちんと段階を踏んでいくのが常です。そういうものではなかったわけですね。

ワン 初日はそういう感じだったんです。ちゃんと日本のみなさんのやり方をリスペクトしてやっていこうと思っていたので。でも、2日目でもう…。

門脇 そうじゃなくなりました(笑)。このシーンではどうカットを割るのかという説明もいつの間にかなくなっていましたね。みんな空気で察し始めるという。「多分、引きからです!」みたいに(笑)。

ワン そうでした(笑)。でも、多分そういうことがなくなってから、どんどん自然になっていった気がします。そもそも、カット割とかできるようなものではないなとも思っていましたし。

──有機的な創作で面白いです。

門脇 良く言ってくださってありがとうございます(笑)。でも、本当に面白かったです。こんなにワクワクした数週間は久々というぐらい。予想していないことしか起きない現場でした。

──FLYING POSTMAN PRESSのコンセプトは<GOOD CULTURE, GOOD LIFE>です。ご自身の人生を豊かにしてくれたと思う作品を教えてください。

門脇 私は『ローマの休日』(1953)です。初めて観たのは5歳の時で、私にとって人生初の映画でした。観た当時はもちろん言語化できなかったですけど、多分私、あの映画を観た時に“映画の仕事をしたい”と思ったんです。そういうときめきをあの映画を観て感じて。以来、なんとなくずっとこの仕事をすることは頭にあったような気がします。一生忘れられない体験ですね。原体験と言えるもので、あの体験を超えるのは難しいです。

ワン 僕はそれこそウェイン・ワン監督の『スモーク』ですね。今、ふと思い浮かびました。初めて観たのはコロナの時で、第一に、アメリカで活躍されている中国系の監督が少ない中で、すごい監督がいるんだなと驚きました。もうひとつ、自分みたいな人間がこの世界で生きていてもいいんだなと、あの映画を観て思えたんです。でもまさかその後、ウェイン・ワン監督と仕事をすることになるとは思わなかった。『スモーク』を観てから約1年、ウェイン・ワン監督が日本に来て、電話がかかってきたんですよ。「『スモーク』のウェイン・ワンさんが日本にいて、助手が必要です。やってもらえませんか?」と。

門脇 すごいミラクル。

ワン こんなことあるんだなって思いましたね。あの電話はいまだに忘れられないです。

──何かに導かれたようですね。どんなに理を詰めても形にならないものもあれば、『ゴースト・オブ・ウエノ』のように導かれたように形になるものもある。

ワン 撮ろうと思ってがんばるんだけど撮れていない作品がいまだにいっぱいある中で、この映画は企画が生まれて1カ月ほどで「本当にやりましょう」となった。嘘みたいだけど本当の話です。

門脇 そのエピソード込みでこの映画ですね。

──おふたりにとって本作の体験はどんなものになりましたか。

門脇 観る側としてではなく表現者側としてお話しすると、この現場は、私が映画作りでいちばん求めている姿そのものでした。それはそれは幸せな体験でした。こういうものづくりの空間にいるためにこの仕事を始めたんだろうなと思うような、それこそ原体験に近いものがこの現場にはあったように思います。

ワン 僕は正直に言うと、いまだに何が起きていたのかがわかっていないです。でもひとつ言えるのは、この作品ほど“与えられたもの”と思えた作品はないということ。初めてのことばかりで、作りながらいろんなことを学ばせてもらいました。


ワン・チイ

1987年生まれ。中国の北京に生まれ、日本の東京で育つ。12歳でイギリスに留学し、ロンドン芸術大学を卒業。監督を務めた主な映画に短編『操場』(英題『CAOCHANG』/2011)、長編『初一』(英題『THE FUNERAL』/2015)、『離秋』(英題『AUTUMN LEAVES』/2019)、『急風晩来』(英題『THE BARGAIN』/2021)などがある

門脇 麦(かどわき むぎ)

1992年生まれ、東京都出身。近年の主な出演作に映画『あのこは貴族』(2021)、『オールド・フォックス 11歳の選択』(2023)、『金髪』(2025)、ドラマ『厨房のありす』(2024)、舞台『陽気な幽霊』(2025)、劇場アニメーション『パリに咲くエトワール』(2026)などがある

『ゴースト・オブ・ウエノ』

https://ghostofueno.com

2026年/日本・中国・韓国/90分

監督 ワン・チイ
脚本 リ・ヤン ワン・チイ ウェイン・ワン
出演 門脇 麦 竹中直人 ほか
配給 NAKACHIKA PICTURES

※8月8日(土)よりユーロスペースほかにて全国順次公開

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