CINEMASPECIAL ISSUE
西島秀俊主演映画『時には懺悔を』

傷ついた大人と懸命に生きる小さな命 映画『時には懺悔を』を観て何を思うのか 主演・西島秀俊の楽しくて豊かな体験
過去に傷つき、絶望の淵に生きる大人たちが、今を懸命に生きるひとつの小さな命に出会い、一筋の希望を見出していく姿を描いた映画『時には懺悔を』。打海文三が著した同名小説に感銘を受けた中島哲也監督が、構想から18年という長い歳月をかけて映画化し、ついに8月28日(金)に公開を迎える。
主人公の探偵・佐竹がある殺人事件の真相を追う中で辿り着いたのは、8年前に起こった誘拐事件で連れ去られた、重い障がいのある少年。その少年と彼の世話をする男の日々は、彼らを見つめる大人たちの心を揺さぶる。きっと観客の心にも大切な何かを届けることになるはずだ。
主人公の佐竹を演じた西島秀俊は出演のオファーを受け、「この作品は断るという選択肢はない」と思ったという。素敵な共演者たちと過ごした、楽しくて豊かな撮影の日々を振り返ってもらった。
写真:小田原リエ スタイリング:オクトシヒロ ヘアスタイリング&メイクアップ:HARUKO ICHIKAWA(ひつじ) 取材・文:佐藤ちほ
絶対に受けなければいけない映画
──映画『時には懺悔を』の佐竹役のオファーを受け、どんな点に魅力を感じてお決めになったのでしょうか。
西島 脚本を読ませていただき、すごい脚本だと思いました。きれいごとでは済まされない世界を描きながらも、その先にかすかな希望がある。この作品への出演のオファーが来ることがあれば、どのパートであっても受けたい。そう強く感じる脚本があるものですが、まさにこの脚本はそういうものでした。断るという選択肢はないと感じました。また、スペシャルニーズの子どもたちが出演するというのも、ぜひ参加したいと思う理由のひとつでした。
──佐竹の人物像はどう感じていらっしゃいましたか。
西島 佐竹は、過去に取り返しのつかないことをしてしまった人です。そして、探偵という仕事をする中で、世の中の澱みのようなものを見続けてきた。灰色に染まったような世界で生きている人だと思います。取り返しのつかないことをしてしまった後、自分が負うべき責任があるから今も生きているだけであって、本人の中では“生きていない”。周りに何を言われても、どう思われてもほぼ何も感じない。でも、だからこそ心の奥底では救われること、あるいは、世界はそんなものではないと思わせてくれるような瞬間を待っている。そんなキャラクターだと思います。
──中島哲也監督からはどんな演出の言葉がありましたか。
西島 最初のリハーサルの時、「映画だから、ということで簡単に現実のラインを乗り越えてしまったりすることはやめましょう」と監督がおっしゃいました。例えば、誰かと誰かが言い合うシーンがあったとします。その場所が住宅街だったとしても、当たり前のように大きな声で言い合うということを、映画だとやってしまうことがありますが、本当はそうではないですよね。リアリティを理解した上で最終的に大きな声で言い合うことを選択するのは構わない。でも、“映画だから”ということだけで簡単にラインを乗り越えてしまいたくないという監督の言葉は印象的でした。それから、リハーサルで佐竹の声のトーンについて、「少し低くて強い気がします」という演出を監督に受けました。佐竹という人は、自分の言葉が相手に通じようが通じまいがあまり関係はないと思っている。助手に指示を出すことはあるのですが、それも伝えようとして伝えているわけではない。そういうことなのかなと思いました。それも“映画だから”ということをできるだけ排除していきたいという、監督の演出の意向だったと思います。また、キャラクター同士の距離も大切にしていました。
──例えば、どのシーンにおいてですか。
西島 例えば、佐竹が妻(柴咲コウ)と脚本上では、触れ合うとなっているシーンがあったのですが、日々の撮影を積み重ねてそのシーンを撮影するとなった時に、佐竹の今の状態は、“ここでそんなふうに距離を縮められないのでは”と、現場にいるみんなが感じました。脚本上、ふたりの距離を縮めるシーンなのですが、どう近づけば自然なのか、最初は見えなかった。中島監督と柴咲コウさんとそのことを話し合って、最終的には納得できるシーンになりました。振り返ってみると、この映画ではいろんな場面で人に“触れる”ということが大切な要素になっていた気がします。


