FLYING POSTMAN PRESS

芸術と人生、秋に観たい映画

創作者の情熱、印象派誕生の軌跡
芸術と人生が溶け合う、秋の新作映画

 ひたむきに漫画と向き合った少女たち、1枚の絵画に秘められた謎を解き明かそうとする家族、自然豊かな町でひとり創作活動を続ける女性。創作というもの、芸術というものを印象的に描く新作映画を楽しむ秋の休日を。



原作:藤本タツキ×監督:是枝裕和
ひたむきに漫画と向き合うふたりの物語

 2021 年に『少年ジャンプ+』で長編読み切り漫画として公開された「ルックバック」。同作は多くのクリエイターや漫画ファンから支持され、その後、単行本化されると発行部数100万部を突破。2024 年には劇場アニメーションとなり、高く評価された。

 そんな人気漫画を原作に、名匠・是枝裕和が監督・脚本・編集を務めて実写映画化。是枝監督は偶然立ち寄った書店で原作と出会い、原作で描かれる物語の作り手としての覚悟に深く心を動かされたという。そして、藤本タツキ作品として初の実写映画化が実現。第83回ヴェネツィア国際映画祭のコンペティション部門への正式出品も果たしている。

 4コマ漫画が得意なクラスの人気者で漫画の腕に絶対の自信を持つ藤野と、彼女に憧れを抱きながらも圧倒的な画力を秘めた同学年の京本。漫画へのひたむきな思いで結ばれたふたりの13年間の軌跡を、繊細かつ瑞々しく描き出す。

 藤野を演じるのは、Netflixシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』(2023)で是枝監督作品を経験した出口夏希。京本を演じるのは、是枝監督作品常連の蒔田彩珠。子ども時代の藤野と京本には七瀬ふうりと岡田六花が起用され、フレッシュな魅力を放っている。さらに、中学生のふたりが漫画を持ち込んだ出版社の編集者・前田に菅田将暉、ふたりが出会うきっかけを作った小学校の先生・玉井に宮藤官九郎らが集い、映画を盛り立てていく。

 撮影は主に秋田県のにかほ市で、四季を通して行われた。巡る季節の中で漫画を描くことに情熱を注ぎ続け、かけがえのない時間を共に過ごしたふたり。少女たちの成長と喪失を描く物語に胸を打たれる。


point of view

 漫画を描くことに情熱を傾けられる喜び、その情熱を誰かと共有できる幸せが全編に溢れている。『海街diary』(2015)では、湘南の四季折々の風景と、主人公である四姉妹それぞれの葛藤を丁寧に描き、“大きな時間の流れ”を感じさせた是枝監督だが、本作にはそれと通じるところがある。主に秋田県のにかほ市を撮影地とし、春夏秋冬それぞれの風景を丁寧に映しながら、漫画を描くことに情熱を傾けるふたりの創作者の揺れ動く心を繊細に描いた本作。たったひとつのものに出会い、どんな困難があっても、ただひたすらに努力し続け、その道を往こうと決めた人間の強さ、美しさがスクリーンいっぱいに満ちている。人間のひたむきさを形にした1本。淡く静かでありながら、同時に豊かで力強い創作者たちの物語がここに。

『ルックバック』

https://k2pic.com/film/lb

2026年/日本/99分

監督・脚本・編集 是枝裕和
原作 藤本タツキ「ルックバック」(集英社ジャンプコミックス刊)
出演 出口夏希 蒔田彩珠 七瀬ふうり 岡田六花 野呂佳代 宮藤官九郎/菅田将暉 ほか
配給 K2 Pictures

※9月11日(金)より全国公開

©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社

遺産の屋敷と絵画に秘められた謎を解く
19世紀<ベル・エポック>への時間旅行

 『ダンサー イン Paris』(2022)など、パリの街と人々を繊細かつ洒落た語り口で物語り続けるセドリック・クラピッシュ。現代のフランス映画を象徴する作家のひとりであるクラピッシュが、フランスの画家クロード・モネ没後100年の記念年に、19世紀<ベル・エポック>と現代を行き来する時間旅行へと観客を誘う。先祖が遺した屋敷を売ってほしいと自治体から迫られた親族4人が家族のルーツを探る旅の道連れとなり、屋敷に遺された1枚の絵画に秘められた謎を解き明かしていく。

 現代パートの主人公セブを演じるのは、クラピッシュに見出されたアブラム・ヴァプレ、19世紀パートの主人公アデルを演じるのは、名優ヴァンサン・ランドンとサンドリーヌ・キベルランを両親に持ち、『スザンヌ、16歳』(2020)で監督・主演デビューも果たすなど、多才ぶりを見せるスザンヌ・ランドン。そのほか、現代パートにヴァンサン・マケーニュ、ジュリア・ピアトン、ジヌディーヌ・スアレム、過去パートにポール・キルシェ、ヴァシリ・シュネデール、ヴァランタン・カンパーニュらが顔を揃えた。

 過去パートでは、クロード・モネを筆頭に、ルノワール、ドガ、セザンヌ、ピサロ、ベルト・モリゾ、シスレーなどの画家、著名写真家のフェリックス・ナダール、伝説の女優サラ・ベルナール、「レ・ミゼラブル」の著者ヴィクトル・ユゴーらが登場するほか、彼らのたまり場だったカフェ「ル・ラ・モール」や、モネが『印象、日の出』を描いたとされるホテル「ル・トラン・ブルー」も再現されて映し出される。さらに現代パートでも、オランジュリー美術館やオルセー美術館、アンドレ・マルロー美術館にカメラが入り、美術館巡りをしているかのような気分に。芸術と共にある人生に注目を。


point of view

 インターネット上ですべてのやり取りができてしまう現代人たちが、実際に会って心を通じ合わせることに喜びを見出す物語と、印象派誕生の軌跡を辿る物語が見事に調和している。クラピッシュ作品の大きな魅力である、芸術を愛する人々の日常をやさしさとユーモアたっぷりに物語る語り口、詩情に満ちた自然と都市の映し方が極まっている印象だ。登場人物たちの葛藤や胸の痛みはしっかりと伝えつつも決してユーモアは忘れず、“ここではないどこか”を旅すればこその出会いがあると、これまでとは違う視点で人生や芸術を見つめればこそ気づけることもあると、軽やかに伝えている。

 また、19世紀末から20世紀初頭にかけ、新しい文化が繁栄したパリの最も華やかな時代=<ベル・エポック>の絵画や写真といった芸術作品や、エレガントで絢爛豪華な建築物、過去と現在のパリの街並みを堪能できるのもいい。まさに、芸術の秋に観るのにふさわしい1本に仕上がっている。

『モネと時間旅行』

https://monetojikan.com

2025年/フランス/126分

監督・脚本 セドリック・クラピッシュ
出演 スザンヌ・ランドン アブラム・ヴァプレ ヴァンサン・マケーニュ ジュリア・ピアトン ジヌディーヌ・スアレム ポール・キルシェ ヴァシリ・シュネデール ほか
配給 セテラ・インターナショナル

※9月18日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国公開

©STUDIOCANAL - COLOURS OF TIME - CE QUI ME MEUT - Emmanuelle Jacobson-Roques

監督・脚本:深田晃司×主演:松たか子
彫刻家と建築家、ふたりが過ごす9日間

 監督と脚本を担うのは、国内外で高く評価される深田晃司。第39回岸田國士戯曲賞を受賞した平田オリザの代表作「東京ノート」に着想を得て、同作の精神を受け継ぎながらも、岡山県奈義町をモデルとした架空の町「ナギ」を舞台に新たな物語を紡ぐ。

 「ナギ」でひとり創作に打ち込む彫刻家の寄子と、彼女のもとを訪ねてきた建築家で元義理の妹の友梨。ふたりの関係性を軸に、自分が選んだ土地で生きる人々の孤独や葛藤、自分や他者と向き合う中で生まれる希望を描いていく。

 寄子を演じるのは名優・松たか子、友梨を演じるのは、NHK連続テレビ小説「ブラッサム」の主演を務めることも話題の石橋静河。さらに、寄子の幼馴染みで役場に勤める好浩に松山ケンイチ、好浩の息子・春樹に川口和空、春樹の親友・圭太に藤原聖らが集結している。 価値観が多様化し、選択肢が溢れるこの時代を生きる人々に寄り添う1本。観る側も自分自身の生き方を見つめ直す時間となるはずだ。


point of view

 彫刻家の寄子は、一度は離れた故郷「ナギ」に戻り、近くの山から切り出される木を素材に、ひとりで彫刻を作り続けている。酪農や絵画教室を生活の糧にしながら、創作し続けるその姿に心を動かされた。とても孤独でありながら、同時に強くて美しい。創作は自己表現であり主張なのだと、寄子の姿を観て自然と思い至った。

 見渡す限りの豊かな自然の中に、ぽつんと現代アートの美術館があるさまも面白い。ちょっとだけファンタジーを感じてしまうその光景が、「ナギ」の人々にとっては当たり前のものであるという点に、芸術というものの本質が現れているように思えた。つまり、芸術は本来人々の暮らしに根づいているもの、というわけだ。

 これは、芸術と共に生きる人々の自己表現と解放の物語。語り口は穏やかながら強い覚悟がにじむ1本に仕上がっている。

『ナギダイアリー』

https://starsands.com/nagidiary

2026年/日本・フランス・シンガポール・フィリピン/110分

監督・脚本 深田晃司
出演 松たか子 石橋静河/松山ケンイチ ほか
配給 スターサンズ

※9月25日(金)より新宿ピカデリー、ユーロスペースほかにて全国公開

©2026 ナギダイアリー・パートナーズ (スターサンズ/八朔ラボ/ワンダーストラック) / Survivance / Momo Film Co.