FLYING POSTMAN PRESS

映画が描く、スリルと人間ドラマ

追い込まれるほどに人間性が浮かび上がる
スリルと深い人間ドラマが溶け合う映画

 手を取り合った加害者の息子と被害者の娘、パレスチナ・ガザ地区で銃撃下の車内に閉じ込められた少女を救おうとした人々、“ワンオペ”状態で精神崩壊寸前のママ。追い込まれた人々が直面する状況をスリリングに描きながら、その中で情感豊かな人間ドラマを届ける新作映画を紹介する。



東野圭吾作品の真骨頂にして最終到達点
禁断のバディが殺人事件の真相に迫る

 作家・東野圭吾の同名小説を原作に、『あゝ、荒野』前・後篇(2017)などを手がける岸善幸が監督を、日本映画界を代表する脚本家のひとりである向井康介が脚本を務めて映画化。ある殺人事件の容疑者の息子と被害者の娘が手を取り合い、隠された真相に迫っていくさまを描き出す。

 容疑者の息子・倉木和真を演じるのは、『夜明けのすべて』(2024)や『ファーストキス 1ST KISS』(2025)などに出演し、その演技力が高く評価される松村北斗。被害者の娘・白石美令を演じるのは、NHK連続テレビ小説『あんぱん』(2025)のヒロインを務めて幅広い支持を得た今田美桜。さらに、事件の鍵を握る父親たちに三浦友和と中村芝翫、和真と美令が出会う警視庁捜査一課の刑事に柄本佑。そのほか、前原滉、井川遥、吉田羊、風吹ジュンらが集い、複雑な人間ドラマを織り成していく。

 なぜ父は人を殺したのか? なぜ父は殺されないといけなかったのか? 名作『白夜行』や『手紙』の系譜を継ぎ、<罪と罰>というテーマを重厚に描いた1本。心を揺さぶられる東野ミステリーの傑作がまたひとつ生まれた。


point of view

 容疑者の自供によって解決したはずの殺人事件に、容疑者の息子と被害者の娘は違和感を抱く。自分の知っている父親が人を殺した、あるいはこんなふうに人に殺されるとはどうしても思えなかったのだ。あろうことか、ふたりは協力してその背景を調査し、真相に迫っていく。

 メディアや世間からバッシングされ、心身共に追い詰められていく容疑者の息子。真相に迫るにつれて思いがけず苦しみが増していく被害者の娘。それでもふたりは逃げ出したりはしない。その姿には誠実さと強さがにじみ、心が動かされる。

 殺人事件にかかわる人々の背景や思いを丁寧に描きながら、謎を解き明かしていくという物語り方もいい。トリックで観客を驚かせることはあっても、そこに重きを置くことはない。あくまで主題は、事件を追う中で浮かび上がる人間の哀しさや愚かしさ、美しさだ。

 複雑に入り組んだプロットを楽しみながら、いつの間にか登場人物たちに深く共感し、どうにも胸が熱くなる。東野圭吾が著した小説、あるいは、その小説が原作となった映像作品を観ながら、そんな状態になったことがある人も多いはずだ。本作もそのうちの1本、東野ミステリーの真骨頂であり、最終到達点であるとも言える。

『白鳥とコウモリ』

https://movies.shochiku.co.jp/eiga-hakuchotokomori/

2026年/日本/145分

監督 岸 善幸
原作 東野圭吾『白鳥とコウモリ』(幻冬舎文庫)
出演 松村北斗 今田美桜 柄本 佑 中村芝翫 三浦友和 ほか
配給 松竹

※9月4日(金)より全国公開

©2026「白鳥とコウモリ」製作委員会

助けを求めてきたのは6歳の少女だった
これは、ガザの痛みを伴う真実の物語

 第82回ヴェネツィア国際映画祭において銀獅子賞(審査員大賞・グランプリ)を含む8冠を達成し、第98回アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされた衝撃の1本。2024年1月29日、パレスチナのガザ地区で銃撃下の車内に閉じ込められた6歳の少女ヒンド・ラジャブから緊急通報を受けた人道支援組織・パレスチナ赤新月社のボランティアチームが、ヒンドと電話を繋いだまま、彼女を救出するべく手を尽くす姿を描いていく。

 監督と脚本を務めるのは、『皮膚を売った男』(2020)、『Four Daughters フォー・ドーターズ』(2023)などを手がけるカウテール・ベン・ハニア。フィクションとドキュメンタリーの境界を探求し続けてきたチュニジア出身の監督は、ニュースやSNSで世界中に拡散されていた“ヒンドの声”を聞いたことをきっかけに映画化を決意。フィクションの形をとりながら、赤新月社に保管されていた実際の音声や現地の映像も組み込み、極限のリアリティを追求している。

 ヒンド救出のために奮闘する赤新月社のチームメンバーを演じるのは、エキストラも含めてすべてパレスチナ人俳優たち。心して、ガザの痛みを伴う真実の物語を見届けたい。


point of view

 2024年1月29日、人道支援組織・パレスチナ赤新月社に1本の電話がかかってきた。イスラエル軍の攻撃を受けるガザ地区からで、声の主は6歳の少女ヒンド・ラジャブだった。ヒンドは震える声で「あたしを撃ってる」と言い、助けを求める。今すぐにこの少女を助けたい。観客は電話を受けたスタッフと同じように、切実にそう思うはずだ。ところが、救出作戦は難航する。ヒンドがいる場所からわずか8分の場所に、救急車が控えているというのに──。

 ただ、親族と共に銃弾が降り注ぐ戦地から離れようとしていた6歳の少女に銃弾を浴びせていい理由なんか、世界中のどこにもない。6歳の少女ひとりを救えない世界なんて終わっている。どうしてもそんな考えが頭をよぎってしまう。でも、絶望して思考停止してはいけない。救出作戦が遅々として進まないことに苛立ちを募らせ、無力感に覆われながらも、最後まで奮闘し続けた赤新月社のスタッフたちを観ながら、そう痛切に思った。

 今の世に正義を問う社会派映画であり、残虐にも高潔にもなる人間を描いた深いドラマでもあり。あの日、あの時、少女の叫びに向き合った人々の奮闘や苦悩をこれ以上ないほどの緊迫感を持って描いた1本。ヒンドと彼女を救おうとした人たちに寄り添いながら、思い巡らせたい。

『ヒンド・ラジャブの声』

https://hindrajabjp.com

2025年/チュニジア・フランス/89分

監督・脚本 カウテール・ベン・ハニア
出演 サジャ・キラニ モタズ・マルヒース アメル・フレヘル クララ・フーリ ほか
配給 スターキャットアルバトロス・フィルム

※9月4日(金)より新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほかにて全国公開

©MIME FILMS — TANIT FILMS

夫は長期出張中、病気の娘とふたりきり
“ワンオペ”ママの魂の叫び、崩壊前夜

 本来は複数人で分担すべき業務、育児、介護などをひとりで担うことを強いられる“ワンオペ”。いわゆる和製英語だが、職場や家庭における過酷な環境で孤立した人が、慢性的な疲労とストレスに苛まれる状況は日本だけではなく世界中で見られ、現代の社会問題として認知されている。

 心理学の修士号を持ち、国立病院で子どもを対象としたプレイセラピーに携わった経験があるメアリー・ブロンスタインが監督と脚本を務め、重病の娘と共にモーテルで暮らした自身の体験から着想を得た本作。原因不明の摂食障がいを抱える幼い娘の世話だけでも手一杯なのに、セラピストとして向き合う厄介な事情を抱えた顧客、娘の担当医、出張中の口うるさい夫と、全方位から重圧を受ける女性リンダを主人公に、現代人を蝕む“ワンオペ”問題に切り込んでいく。メアリー・ブロンスタインの2本目の長編監督作であり、A24とのタッグ作となった本作は2025年の賞レースを席巻。とりわけ主人公のリンダを演じたローズ・バーンは絶賛され、第 75 回ベルリン国際映画祭において銀熊賞(主演俳優賞)を受賞、 第98回アカデミー賞では主演女優賞にノミネートされた。

 鋭い社会性をみなぎらせながら、スリラー、心理ドラマ、ダーク・コメディが渾然一体となり、主人公の日常とアイデンティティが崩壊していく悪夢を観客に体感させる1本。恐怖と笑いが渦を巻く“ワンオペ”映画が誕生した。


point of view

 家庭でも職場でも、次から次へと容赦なく緊急のタスクが降りかかり、その中でリンダは神経をすり減らし、不安を募らせ、やがては現実と妄想が混ざり合う狂気的な世界へと入り込んでいく。そんなリンダを演じるローズ・バーンが見事だ。緻密で豊かな感情表現、独特で繊細なユーモアを的確に届けるセンスをもって、リンダという女性に真実味と深みを備えている。

 そして、メアリー・ブロンスタイン監督の演出が素晴らしい。クローズアップを多用するさまには、徹底的に“リンダの世界”を描こうという強い意志が感じられる。また、病気の娘の姿を直接映さなかったり、アパートの天井と娘のおなかに空いたふたつの“穴”を象徴的に表したりと、意表を突いて本質も突く演出が冴え渡る。さらに印象的なのは、精神的に追い詰められるリンダの世界を、恐怖と笑いが表裏一体となったブラックユーモアをちりばめて描いていること。笑ってしまうほど、もう限界。そんな主人公の心の叫びがありありと伝わってくるはずだ。

『ワンオペレーション』

https://synca.jp/oneoperation/

2025年/アメリカ/113分/PG12

監督・脚本 メアリー・ブロンスタイン
出演 ローズ・バーン コナン・オブライエン エイサップ・ロッキー ダニエル・マクドナルド ほか
配給 東京テアトル シンカ

※9月18日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開

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