CINEMA
戦争と人、映画が伝えられること

戦争は人や社会をどう変えてしまうのか 映画が、伝えられることがある
加害者の視点からヴェトナム戦争を見つめる物語、現在進行形の愛国プロパガンダを記録したドキュメンタリー、戦後の日本に実在した名もなき子どもたちの物語。今こそ観たい、戦争と人と社会を描いた新作映画を紹介する。

戦争は被害者を、そして加害者を生む 戦争の現実を訴えたヴェトナム帰還兵
国内外で高く評価される塚本晋也が監督・脚本・撮影・編集を担い、「今、必ず作らなければいけない」と決意して作り上げた最新作。描くのは、あるヴェトナム帰還兵の実話だ。1965年に18歳で海兵隊に入隊し、沖縄のキャンプ・ハンセンで人を殺すための実践的訓練を受け、1966年にヴェトナムの戦地へと赴いたニューヨーク出身のアフリカ系アメリカ人、アレン・ネルソン。彼が著した自伝を原作に、“加害者の視点”から戦争の恐ろしい現実と拭いきれない精神的苦痛を描いていく。
壮年期のアレン・ネルソンを演じるのは、ブロードウェイ・ミュージカル『RENT』のオリジナルキャストとして知られるロドニー・ヒックス。ネルソンのカウンセリングを担当した心理学者ニール・ダニエルズに、『シャイン』(1995)や『英国王のスピーチ』(2010)などに出演するジェフリー・ラッシュ。さらに、青年期のネルソンを新星マーク・マーフィー、ネルソンの妻となるリンダをタチアナ・アリ、戦争体験者でPTSDを患った父親を持つ黒井をリリー・フランキーが演じている。
ニューヨーク、ヴェトナム、タイ、沖縄を巡って撮影を敢行、塚本晋也作品史上最大のスケールで描いた戦争映画。ある加害者の告白を心して受け止めたい。
point of view
ヴェトナム帰還兵であるアレン・ネルソンの戦争体験を、時系列ではなく回想形式で描いていく。青年期のネルソン視点による残虐で暴力的な戦争シーンと、壮年期のネルソン視点によるカウンセリングルームのシーンが交互に映り、その動と静のコントラストが独特の緊張感を生み出している。ネルソンの物語は本当におぞましく、目を背けたくなるような場面も多い。アメリカ軍兵士たちの非道ぶりに恐怖し、怒りがこみ上げるだけではない。戦場がどれだけ人間を変えてしまうのか、戦場で数多の残虐な行為をしてきた人間はその後、どんな心の傷を負うことになるのか。いざ戦場に赴き、殺すか、殺されるかという状況に追い込まれたら、多くの人間はこうなってしまうかもしれない。もしかしたら自分も……。そんな考えに至ってしまうのが心底恐ろしい。
ウクライナ、パレスチナのガザ地区、イランなど、世界各地で戦争や紛争が長期化、激化の一途を辿る今こそ観て、胸に芽生えた思いを大切に留め置きたい。

『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
2026年/日本/116分/PG12
| 監督・脚本・撮影・編集 | 塚本晋也 |
|---|---|
| 原作 | アレン・ネルソン『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』(講談社文庫刊) |
| 出演 | ロドニー・ヒックス ジェフリー・ラッシュ マーク・マーフィー リリー・フランキー タチアナ・アリ ほか |
| 配給 | キノフィルムズ |
※9月11 日(金)よりkino cinéma 新宿ほかにて全国公開
©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA

子どもたちを飲み込む愛国プロパガンダ ある教師が記録した、今そこにある現実
国家が市民を扇動して戦時下へと突き進んでいくプロパガンダの実態をひとりの教員の視点から映し出し、第98回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した珠玉のドキュメンタリー。
本作を背負って立つのは、ロシアのウラル山脈の麓の小さな田舎町にあるカラバシュ初等・中等学校で、イベント企画・撮影担当の教員として働いていたパヴェル・タランキン。子どもたちの何気ない日常や成長の瞬間をビデオカメラで収め、良き話し相手として彼らを支える自身の職業を、タランキンは心から誇りに思っていた。しかし2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻が始まったことでその日常は一変する。プーチン大統領の教育令により、学校は子どもたちに戦争参加を使命として教え込み、訓練する“愛国教育”の場へと変貌していく。逆らう者は国家の敵とみなされる絶対的な命令のもとで葛藤する教師たち、“愛国者”として積極的に子どもたちに“愛国教育”を施す教師、たちまち戦時教育に染まっていく子どもたち、次々と徴兵され、戦地へと送られる卒業生たち……。そのすべてをタランキンは記録し、ロシア学校教育の現状を世界に告発するため、デンマークを拠点に活動するアメリカ人ドキュメンタリー作家のデヴィッド・ボレンスタインと共同で本作を極秘裏に制作。ロシア国内では数多くの戦争批判者が投獄され、厳しい監視体制が敷かれている極めて危険な状況の中、約2年間をかけて完成させた。ひとりの教師の魂の記録に衝撃を受け、戦慄が走り、胸が熱くなること間違いない。
point of view
自由と民主主義、イベント企画・撮影担当の教員という自身の職業を愛するパヴェル・タランキンは、ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、日常が様変わりする中、こんなことを言う。「ひとりのバカが決めたことに、世界中が脅かされてる」。
戦時教育を受け、“愛国者”としてスピーチしたり、歌ったり、“愛国者”として銃器について学んだりする子どもたち。タランキンはそんな彼らの姿を慎重に冷静に、かつウィットに富んだ考察を交えつつ映していく。現在進行形の愛国プロパガンダの実態を、当事者の視点でこれほど鮮明に映したドキュメンタリーはほかにない。
権威主義体制がいかにして国民をコントロールし、その心を折るのか。いかにして子どもたちを“愛国者”に染め上げるのか。そして、そんな体制下で信念を貫き、アウトサイダーとして生きるというのはどういうことなのか。これは、ひとりの教師が記録した、今そこにある現実。ここに映る“愛国教室”を反面教師にしなければいけないと痛切に思う。
なお、本作は世界中で注目を集め、絶賛されたが、その影響力を問題視したロシア当局は国内での上映禁止を決定。そしてタランキンは国家反逆者として事実上の国外追放を言い渡され、徹底的な弾圧にさらされている。改めて、タランキンに感服の思いだ。

『プーチンの愛国教室』
https://transformer.co.jp/movie/mrnobody
2025年/デンマーク・チェコ/90分
| 監督 | デヴィッド・ボレンスタイン パヴェル・タランキン |
|---|---|
| 配給 | トランスフォーマー |
※10月3日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開
©2025 made in copenhagen Aps, Pink Productions s.r.o.

西川美和監督が描く戦後の日本 “名もなき子どもたち”の過酷な現実
西川美和が原案・脚本・監督を担い、初めて本格的に戦後の日本を描く。前作『すばらしき世界』(2021)の制作過程で、戦後の日本に実在した12万人以上もの“名もなき子どもたち”の存在を知り、企画を始動。戦争で家族も家も、大好きだった音楽も失った12歳の少女・琴子の視点から、戦後の日本で“名もなき子どもたち”がどう生きてきたのか、戦争とはなんだったのかを丁寧に描いていく。
オーディションを経て主人公の琴子役に抜擢されたのは、当時11歳だった小八重葵美。かつて軍国主義教育のもとで琴子に教えていた教師の曽根に二階堂ふみ。さらに、役所広司、田中裕子、岡田准一、竹野内豊、吉田羊、坂東龍汰、北村有起哉ら、日本映画界を代表する俳優陣が集い、“あの頃を生きた大人”として子どもたちとかかわっていく。
スタッフも一流揃いだ。クラシック、現代音楽、環境音を自由に横断しながら物語る劇伴を生み出したのは、『国宝』(2025)を手がけた作曲家の原摩利彦。撮影の笠松則通、美術の三ツ松けいこ、衣装デザインの小川久美子、ヘアメイクデザインの酒井夢月、録音の白取貢ら、西川美和監督作を支えてきた腕利きのスタッフたちも集結。そして、『ゴジラ-1.0』(2023)を手がけた映像制作プロダクションの白組がVFXを担い、戦後の日本の街並みをリアルに再現している。
今を生きる人々が知るべき物語がここに。戦争によって人生を変えられながらも懸命に生きた子どもたちの命の輝きと、その命を信じ、それぞれの選択で未来へと繋いだ人々の姿が胸に迫る。
point of view
戦争によって何もかもを失い、孤児となった主人公の琴子は、自分が女性であることが危険に繋がるという現実を知り、少年として生きていくことを決意する。絶望の中、性を棄て、自分を見失いそうになりながらも懸命に生きる琴子の姿に、胸が張り裂けそうな思いがした。戦争は誰も幸せにはしない。とりわけ、社会的弱者を苦しめる。自分を守ってくれる大人を失ってしまった子どもたちのような存在を。
大人の姿も印象的に描かれる。とりわけ、琴子の教師だった曽根の姿は胸を打つものがある。かつて軍国主義教育のもとで教師として琴子に教えた曽根もまた、戦後は過酷な現実を生きることに。そして彼女は自身の罪悪感と向き合うことになる。
広島県出身の西川監督にとって、戦争や平和は幼少期からの教育を通じてあまりに身近であるがゆえに、その重々しいテーマから逃れていたい気持ちがあったという。でも、本作でついにそのテーマに挑んだ。今を生きる多くの人々が知らない、でも、誰もが忘れてはいけない子どもたちの物語を受け継いでいくために。稀代の映画作家が覚悟を決めて送り出した1本は、観たことを一生忘れない1本となるはずだ。

『わたしの知らない子どもたち』
2026年/日本/150分/PG12
| 原案・脚本・監督 | 西川美和 |
|---|---|
| 出演 | 小八重葵美 二階堂ふみ 坂東龍汰 岡田准一/田中裕子 役所広司 ほか |
| 配給 | K2 Pictures |
※10月16日(金)より全国公開
©2026 K2 Pictures・AOI Pro.

