FLYING POSTMAN PRESS

日本の名監督たちの新たな挑戦

濱口竜介×海外ロケ、黒沢清×時代劇
日本が誇る名匠たちの挑戦と進化

 今年5月に開かれた第79回カンヌ国際映画祭には日本映画が数多く正式出品され、健闘を見せた。なかでも注目は、“名匠たちが初めてのことに挑戦した映画”。濱口竜介監督の初海外ロケーション作品に、黒沢清監督の初時代劇。名匠たちの新たな一手に、世界中の映画人、映画ファンが注目している。



濱口竜介監督の初海外ロケーション作品
国籍も言葉も超えた、ふたりの魂の邂逅

 『ドライブ・マイ・カー』(2021)で第94回アカデミー賞国際長編映画賞を受賞するなど、新作を発表するたびに世界の映画各賞を賑わせる濱口竜介監督の最新作。原作は、がん転移を経験しながら生き抜く哲学者と、臨床現場の調査を積み重ねた人類学者が交わした20通の往復書簡からなる同名書籍。主人公ふたりを介護施設で理想の介護の在り方を探求するマリー=ルーと、独創的な演劇の演出家でステージIVのがん患者の真理に置き換え、偶然出会ったふたりが友情を超える絆を結ぶさまを描いていく。

 フランス、日本、ベルギー、ドイツの共同製作で、濱口竜介監督が初めて海外ロケーション撮影をして完成させた本作は、第79回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に正式出品され、マリー=ルー役のヴィルジニー・エフィラと、真理役の岡本多緒が揃って最優秀女優賞を獲得。さらに、長塚京三、黒崎煌代らも出演。エフィラは日本語、岡本と長塚はフランス語の演技も披露している。

 撮影はギヨーム・ブラック作品を数多く手がけるアラン・ギシャウア。音楽は、音楽家の石橋英子の推薦により、カナダ系フランス人のサミュエル・アンドレイエフが担当。緻密に繊細に構築された濱口竜介監督の世界に映像と音楽が寄り添い、さらなる奥行きをもたらしている。

 練りに練った会話劇、複雑でいて説得力のある人間関係、映画内演劇、ハッとするほど美しい構図…。生涯忘れられない3時間16分を過ごしたい。


point of view

 主人公をフランス人と日本人に置き換え、職業も変え、それぞれが生きる場所も変えたが、哲学と文化人類学が主人公ふたりの背景にあることは変えず、原作のエッセンスを間違いなく抽出し、その思想を見事に伝えている。主人公の女性たちが積極的に交わす言葉、ふとこぼれ落ちた言葉、口にしなかった言葉から、“自分たちを取り巻く社会”、そして“この世界で生きること”のひとつの真理が見えてくる。緻密な会話を重ねながら主人公ふたりに新しい“何か”が生まれたのを観てこちらもハッとする。そんなことがたびたびあるはずだ。そして、自身が生きるこの世界にも思いを馳せることになるはず。

 濱口竜介監督の初海外ロケーション作品となった本作では、登場人物が扱う言語も母国語である日本語ばかりではない。撮る場所が変わり、言語が変わっても濱口竜介監督作品にある独特の映画言語はそのままに、むしろ、より豊かになっていると感じられた。改めて、濱口竜介監督の筆力と唯一無二のストーリーテリングに感服の思いだ。

『急に具合が悪くなる』

https://www.bitters.co.jp/soudain/

2026年/フランス・日本・ドイツ・ベルギー/196分

監督 濱口竜介
原作 宮野真生子・磯野真穂『急に具合が悪くなる』(晶文社刊)
脚本 濱口竜介 ルディムナ玲亜
出演 ヴィルジニー・エフィラ 岡本多緒 長塚京三 黒崎煌代 ほか
配給 ビターズ・エンド

※6月19日(金)より全国公開

©2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

黒沢清監督×戦国系心理ミステリー
城という密室で登場人物の思惑が渦巻く

 第166回直木賞と第12回山田風太郎賞をW受賞したほか、ミステリー系の文学各賞を席巻した米澤穂信による同名小説を原作に、『スパイの妻』(2020)で第77回ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞するなど、国内外で高い評価を受ける黒沢清が監督と脚本を務めて映画化。黒沢清監督の初時代劇となった本作は第79回カンヌ国際映画祭のカンヌ・プレミア部門に出品され、大きな反響を呼んだことも記憶に新しい。

 舞台は戦国時代。武将・荒木村重が織田信長に反旗を翻し、有岡城に籠城して織田信長に仕える軍師・黒田官兵衛を土牢に幽閉した“空白の1年”に何が起きたのか。史実と、密室と化した城内で次々と起こる怪事件の謎解きを融合させつつ、戦国史上最大のミステリーとも言われる有岡城落城に至るまでの道のりを描いていく。

 主人公の荒木村重を演じる本木雅弘のほか、菅田将暉、吉高由里子、青木崇高、宮舘涼太、柄本佑、オダギリジョーらが集結。個性と実力を併せ持ったキャストが織りなす緊張感に満ちた心理戦は見ものだ。

 果たして、容疑者は、裏切り者は誰なのか。謎の先にある黒幕の狙い、そして驚きの真相とは──。


point of view

 時代劇と聞くと、大迫力の活劇、もしくは日本人の情緒を伝えるような人間ドラマを思い浮かべる人が多いはず。黒沢清監督が初めて挑戦した時代劇はそのいずれでもない。新感覚の戦国系ミステリーに黒沢清監督の演出がハマっている。

 能の様式美を思わせる構図と光は研ぎ澄まされ、“何かが起こっている”不穏さを伝えるモチーフの配し方も巧妙。城主の荒木村重が、幽閉した黒田官兵衛の知恵を借りながら謎を解いていくさまにも、黒沢清監督の熟練の演出が冴えわたる。ふたりの物理的距離は心理的距離に比例して変わっていく上、ふたりの間に漂う空気ごと映すかのような引きの構図も使い、ヒリヒリとした緊張感を備えていく。謎解きの楽しさと、ひとりの武将の苦悩と決断を映した人間ドラマとしての深み、その両方をバランス良く備えているのも見事。黒沢清監督の作家性は、初の時代劇でも健在だ。

『黒牢城』

https://movies.shochiku.co.jp/kokurojo-movie/

2026年/日本/147分

監督・脚本 黒沢 清
原作 米澤穂信「黒牢城」(角川文庫/KADOKAWA刊)
出演 本木雅弘 菅田将暉 吉高由里子 青木崇高 宮舘涼太 柄本 佑/オダギリジョーほか
配給 松竹

※6月19日(金)より全国公開

©米澤穂信/KADOKAWA ©2026映画「黒牢城」製作委員会