FLYING POSTMAN PRESS

クリエイターを繋ぐ対談連載CREATOR × CREATOR

異なるフィールドで活躍する若手クリエイターふたりがモノ作りの楽しさや面白さ、大事にしていることなどを語り合う本連載。第11回のゲストは、団地のベランダから落ちた植木鉢を巡る偽りと真実を描いた映画『誰かの花』の奥田裕介監督×3/30に4枚目のフルアルバム『ミメーシス』のリリースを控えるミュージシャンの日食なつこ。

Vol.11映画監督・奥田裕介 × ミュージシャン・日食なつこ

  • 奥田裕介
  • 日食なつこ

「観た後にコミュニケーションが生まれる映画が好きだし、そこをめざしたい」(奥田)

モノ作りを始めたきっかけは?

奥田「子どもの頃、友だちが『ゴジラ』などを映画館に観に行っている時、僕は母と一緒にイランや台湾の地味な映画を観ていまして。横浜シネマ・ジャック&ベティとかに。振り返るとそれが僕の映画の原体験です。あと、子どもの頃に父親が寝る前に日本昔ばなしみたいなものをしてくれていたんですが、一回も本当の話はしてくれなくて。“日本うそばなし”だと勝手にアレンジして話すんです(笑)」

日食「へぇ(笑)」

奥田「でも、そういうのが影響したのか子どもの頃から創作は好きでした。それでも映画監督になるなんて考えてはいなかったんですが、母の実家がある岩手に行く時。ある映画監督がデビュー作を撮るまでの自叙伝をなんの気なしに手に取りまして。その本を新幹線の中で読み終えた頃には映画監督になろうと決めていました。著者の映画監督に会いたい一心で、監督と仲がいいという俳優のきたろうさんを駅の改札で3日間張ったこともあります。会えなかったんですが(笑)」

日食「私にはそんなキャッチーなエピソードはありません(笑)。音楽好きでもなんでもない普通の家庭の二番目の子として生まれ、姉がピアノを習っていて、“あなたも習ってみたら?”となんとなく私もピアノを習い始めて。小学生の5、6年生の頃に覚えた技を使ってみたいと思い、16小節、20秒ぐらいの曲を作ってみたんです。同じ頃、物語を書くのも好きだったので合わせたら歌になるのではないか、と。それで曲作りを始めたという、完全に自己完結型でした。今もそれは変わらないですね。“誰になんと言われようとこうです”という出しっ放しコースの作り方が自分には合っていると思います」

奥田「僕はオリジナルの脚本にこだわってやりたいと思っています。自分の経験の中で、あるいは周りにいる人たちの話を聞いて抱いた違和感を大事に書いていきたい。『誰かの花』の脚本も実体験を交えて書きました。書き上げるのに4年かかったんですけど」

日食「4年も!」

奥田「はい。書きながら、自分のそこまでの人生を清算するようなところがあって。そういう意味では脚本を書き上げるまでは僕も自己完結型なのかもしれない。ただ、映画を作った後はお客さんが完成させてくれたらいいと思いますね。子どもの頃に母親と観た映画のように、観た後にコミュニケーションが生まれる映画が好きだし、そこをめざしたいと思っているので」

日食さんも身の回りの出来事が創作の源になったりしますか?

日食「99%そうです。一時期は想像だけで作ってみようとしたこともありましたが、やっぱり想像だけで作った曲は“外側”しかなく、“中身”がないという感覚がすごくあって。納得のいく重みが出ないなと。人が五感でちゃんと感じたものじゃないと私はうまく曲にはできないですね」

奥田「ドリップ・アンチ・フリーズ Tourのファイナルの映像を観たんですが、『峰』という東陽町の喫茶店の曲が気になりました」

日食「『峰』は東陽町の駅の近くにあった喫茶店です。東陽町のテレビ局で収録がある時、よく行っていて。テレビの収録ってすごい数の人たちが動き回るんです。その現場のスピード感の中に飛び込む前に、いい意味で昭和が残る『峰』に行って気持ちを作っていました。それが2020年の秋口に閉店したと聞いて衝撃を受け、その日のうちにあの曲を作ったんです」

奥田「『誰かの花』の舞台は横浜の団地ですが、実際にいろんな団地を見に行ってそこで脚本を書いたりもしたんです。住人のおじいちゃん、おばあちゃんが通り過ぎるのを見ながら、ここは高齢化社会の象徴的な場所だなと感じてメモを取ったり。その場の空気を感じながら作る、というのは大事なことですよね」