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2月公開:アカデミー賞ノミネート作

今年のラインナップは粒揃い
2月公開のアカデミー賞ノミネート作

 第97回アカデミー賞の授賞式を現地時間3月2日に控え、各部門にノミネートされた映画が日本でも続々公開される。今回紹介するのは、授賞式前の2月中に公開となる7本。今年のノミネート作品は粒揃い。授賞式前にチェックしてオスカーの行方を占おう。



最高の栄誉、作品賞に輝くのは
ホロコーストを生き延び、アメリカへ
ある建築家の30年、光と影の半生

 第二次世界大戦下にホロコーストを生き延び、アメリカへと渡ったハンガリー系ユダヤ人建築家ラースロー・トートの30年に及ぶ半生を描いた壮大な人間ドラマ。第97回アカデミー賞では作品賞、主演男優賞、助演女優賞、助演男優賞、監督賞、脚本賞、撮影賞、美術賞、作曲賞、編集賞にノミネートされている。

 監督・共同脚本・製作を担ったのは、36歳の気鋭ブラディ・コーベット。主人公ラースロー・トート役のエイドリアン・ブロディ、ラースローと共に数奇な運命を辿る妻エルジェーベト役のフェリシティ・ジョーンズ、ラースローに大きな影響を与える大富豪ハリソン役のガイ・ピアースら主要キャストがその力を発揮し、複雑な人間模様を描き出す。

 絶望を知るハンガリー系ユダヤ人建築家が希望を抱いたアメリカンドリーム。だが、彼を待ち受けていたのは大きな困難と代償だった。上映時間は215分。主人公の半生を一緒に体験しつつ、そこに圧倒的なヒューマニティを見出せるはず。

 監督・共同脚本・製作を務めたブラディ・コーベットがこだわったという、<第一章100分+インターミッション(休憩)15分+第二章100分>の上映形式が抜群の効果を発揮。また、ストーリーテリングはスリリングで豊潤、移民として生きることがどういうことかも深い洞察力をもって明らかにしている。コーベット作品常連のロル・クロウリーによる、ビスタヴィジョンの70mmフィルム撮影も効果的だ。遠く過ぎ去った記憶を新たに焼きつけたかのような、美しくも独特の手触りのある画世界としている。

 主演男優賞、助演女優賞、助演男優賞にノミネートされたエイドリアン・ブロディ、フェリシティ・ジョーンズ、ガイ・ピアースらが表現する複雑な人間像も興味深い。とりわけ主人公を演じたエイドリアン・ブロディは見もの。圧倒的な才能を持つ建築家であると同時に、欲望に弱く、孤独に苛まれたひとりの人間だったラースロー・トートを、誠実に繊細に体現している。

 すべてを奪われ、絶望を見た建築家は、アメリカで移民としてどう生きることになったのか。その半生には光が、そして影があった。物語に没入する215分。人間の本質を、人生の不可思議さと深みを伝える1本に仕上がっている。

『ブルータリスト』

https://www.universalpictures.jp/micro/the-brutalist

2024年/アメリカ・イギリス・ハンガリー/215分/R15+

監督・共同脚本・製作 ブラディ・コーベット
共同脚本 モナ・ファストヴォールド
出演 エイドリアン・ブロディ フェリシティ・ジョーンズ ガイ・ピアース ほか
配給 パルコ ユニバーサル映画

※2月21(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開

©DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVED.
©Universal Pictures


おとぎ話ではなく、現実=リアル
21世紀のアンチ・シンデレラストーリー

 『タンジェリン』(2015)や『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017)などで社会の声なき声を掬いあげてきたショーン・ベイカー監督。その最新作では、幸せを勝ち取ろうと全力で奮闘するロシア系アメリカ人の若きストリップダンサー、アノーラの姿を描き出し、第77回カンヌ国際映画祭において最高賞のパルムドールを受賞。第97回アカデミー賞では作品賞、主演女優賞、助演男優賞、監督賞、脚本賞、編集賞にノミネートされている。

 主人公のアノーラをエネルギッシュに体現し、主演女優賞の有力候補のひとりになっているのは新星マイキー・マディソン。アノーラに夢中になり、プロポーズするロシア新興財閥の息子イヴァンを演じるのは、“ロシアのティモシー・シャラメ”の愛称で親しまれ、英語劇初挑戦となるマーク・エイデルシュテイン。ふたりの結婚を阻止するべくイヴァンの両親から派遣された男たちのひとり、イゴール役には『コンパートメントNo.6』(2021)で注目を集めたユーリー・ボリソフ。本作でまたも妙演を披露し、実力者が集う助演男優賞のダークホースとなっている。

 これはおとぎ話ではなく、現実=リアル。セクシーでゴージャスでユーモラスな人生賛歌がここに。

 女性ストリッパーmeetsロシアの財閥の御曹司。この設定を聞くと、“身分違いの恋”をロマンティックに描いた『プリティ・ウーマン』(1990)のような映画を連想する人も多いはずだが、うっとりと恋に浸れると思っている人はご注意あれ。ショーン・ベイカー監督は過去作同様に、本作の登場人物たちも平等に見つめる。裕福だとか貧乏だとか、アメリカ人だとかロシア人だとかは関係ない。階級意識や偏見にとらわれずに一人ひとりを描き、その人の本質を浮かび上がらせている。だからこそ観客は、彼らの胸の痛み、あるいは喜びに心を寄せることができる。

 35mmフィルムで、アナモルフィック・レンズ(※スタンダード・サイズのフィルムの中にシネマスコープ・サイズの映像を圧縮して撮影するレンズ)で撮った映像の質感は、レトロ・スタイリッシュとでも表現したら伝わりやすいか。そんなルックでラブストーリーを爆走させつつ、ある瞬間にジャンルを軽やかに飛び越え、ダークでファニーな追跡物語、胸を揺さぶる人間ドラマへと自然に切り替えていく。とことん自由でニュアンスに満ちたそのストーリーテリングもまた魅力的だ。

 キャストもいい。アノーラ役のマイキー・マディソンの爆発力には圧倒されるし、イゴール役のユーリー・ボリソフが表現する“コワモテの外見とは裏腹の誠実さと思慮深さ”もたまらないものがある。ふたりの魅力が、本作の完成度を引き上げていると言っていい。

 繰り返すが、これはうっとり系のシンデレラ・ストーリーではない。幸せを求めて奮闘する人への賛歌をユーモアと真実味たっぷりに描いた、21世紀のアンチ・シンデレラストーリー。最高に刺激的な映画時間となるはずだ。

『ANORA アノーラ』

https://www.anora.jp

2024年/アメリカ/139分/R18+

監督・脚本・編集 ショーン・ベイカー
製作 ショーン・ベイカー アレックス・ココ サマンサ・クァン
出演 マイキー・マディソン マーク・エイデルシュテイン ユーリー・ボリソフ ほか
配給 ビターズ・エンド ユニバーサル映画

※2月28日(金)より全国公開

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ティモシー・シャラメがボブ・ディランに
唯一無二のミュージシャンの青春と葛藤

 『風に吹かれて』『ライク・ア・ローリング・ストーン』『天国への扉』といった名曲の数々を世に送り出し、2016年にはノーベル文学賞にも輝いた偉大なるミュージシャン、ボブ・ディラン。そんな彼はどう誕生し、何を貫いたのか。1960年代初頭のニューヨークの音楽シーンを主要舞台に、ミネソタ出身の無名ミュージシャンだったボブ・ディランが一躍スターとなり、センセーションを巻き起こしていく様子を描いた本作は、第97回アカデミー賞において作品賞、主演男優賞、助演女優賞、助演男優賞、監督賞、脚色賞、衣裳デザイン賞、音響賞にノミネートされている。

 監督を務めるのは、『フォードvsフェラーリ』(2019)などを手がけるジェームズ・マンゴールド。ボブ・ディランにティモシー・シャラメ、無名だった頃のディランと出会い、深くかかわるフォーク・ミュージシャンのピート・シーガーにエドワード・ノートン、当時のディランの恋人スージー・ロトロに着想を得たシルヴィーにエル・ファニング、フォークの女神ことジョーン・バエズにモニカ・バルバロと、個性と実力を併せ持ったキャストが集結している。

 最大の見どころは、ボブ・ディラン役のティモシー・シャラメの全身全霊の演技だ。劇中のディランの歌声はすべてティモシー・シャラメ自身のもの。5年にわたるボイストレーニング、ギターとハーモニカの習得を経て披露するパフォーマンスの再現度は相当高い。また、心情表現も巧みだ。若者の苦悩を演じさせたら、今、ティモシー・シャラメの右に出る者はいないだろう。時代の寵児としてもてはやされ、世界的な名声を得る一方で、“周囲から期待される自分”と“本来の自分”とのかい離に苦悩する。天才音楽家としてカリスマ性を放ちつつ、ただひとりの若者として観る側の共感を誘う、そのアプローチはさすがのひとこと。

 ボブ・ディランの原点がここにある。名曲誕生の瞬間、伝説のステージに胸を躍らせつつ、栄光と苦悩が折り重なるその青春を深く味わいたい。

『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』

https://www.searchlightpictures.jp/movies/acompleteunknown

2024年/アメリカ/141分

監督 ジェームズ・マンゴールド
出演 ティモシー・シャラメ エドワード・ノートン エル・ファニング モニカ・バルバロ ほか
配給 ウォルト・ディズニー・ジャパン

※2月28日(金)より全国公開

©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.