FLYING POSTMAN PRESS

弾圧と、そこに生きる人を描く映画

白色テロ時代の台湾、現代のイラン
弾圧により傷ついた人々、その魂の物語

 権力者に異を唱えるだけで処罰される、最悪の場合は命を奪われるような社会がある。そんな社会を生きる人々に焦点を当てた映画が続々公開へ。白色テロ時代の台湾と現代のイランを舞台にした2本の秀作を紹介する。



兄の遺体を探す少女と、元軍人の青年
戒厳令下の台湾で心を通わせるふたり

 『熱帯魚』(1995)や『1秒先の彼女』(2020)で高く評価されるチェン・ユーシュンが監督と脚本を担い、第62回金馬奨において最優秀作品賞を含む最多4冠を達成。1950年代、戒厳令のもとで多くの市民が反政府と疑われ、逮捕・処刑された白色テロの時代を背景に、白色テロによって命を奪われた兄の遺体を探す少女・阿月と、同じく時代の犠牲となって多くの仲間を喪った広東出身の元軍人の青年・趙公道が心を通わせるさまを描いていく。

 『アメリカから来た少女』(2021)のケイトリン・ファンが阿月を、『香港の流れ者たち』(2021)のウィル・オーが趙公道を好演。さらに、台湾の人気歌手で俳優としても活躍する9m88(ジョウエムバーバー)が阿月の姉を、日台合作映画『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』(2026)でも注目されるツェン・ジンホアが阿月の兄を演じる。

 心に深い傷を負ったふたりは出会い、時代に翻弄されながらも未来へと歩み出していく。やがて、運命に導かれた先で待ち受けていた奇跡とは──。


point of view

 台湾における白色テロとは、1949年5月20日の戒厳令施行から、国家暴力の法的根拠となった懲治叛乱条例が廃止される1991年6月3日まで行われた弾圧を指す。政治犯は政治警察による長期勾留や拷問を受けたが、冤罪も多数あった。その被害者の数は2万人を上回るとされている。

 主人公は、白色テロによって命を奪われた兄の遺体を引き取ろうと、なけなしの金と兄の形見の時計を手に、台湾中南部に位置する嘉義から台北へとやってきた少女・阿月。そんな彼女を放っておけずに手を差し伸べたのは、人力車の車夫・公道。中国・広東出身の公道は国民党軍の元軍人として台湾に渡り、多くの仲間を喪ったのみならず故郷に帰ることも叶わず、生活は困窮している。

 いつだって苦しむのは市井の人々だ。権力者が反対の声を上げる人々の活動を力で押さえ込む社会に生きるということ、それが実際にどんなことなのかを阿月と公道は体現している。と言っても、本作の描写は絶望的なものではない。テーマは重厚だが語り口はあたたかく、時には痛快にすら感じられる。真っ直ぐな少女と、お調子者だけれど情に厚い青年が、知恵を絞り、勇気を奮って数々の困難を乗り越えていく様子は、純粋に観ていて楽しい。チェン・ユーシュン監督が描きたかったのは、暗い時代そのものというより、暗い時代に生きながらも希望を捨てずに強く前に進んでいった人たちなのだろう。社会的立場は弱くても心は強くあれるということを、阿月と公道が教えてくれる。

『霧のごとく』

https://www.afoggytale.com

2025年/台湾/134分

監督・脚本 チェン・ユーシュン
出演 ケイトリン・ファン ウィル・オー 9m88 ツェン・ジンホア リウ・グァンティン ビビアン・ソン ほか
配給 JAIHO/Stranger

※5月8日(金)よりシネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町、Strangerほかにて全国順次公開

©2025 Mandarin Vision Co,, Ltd. All Rights Reserved.

偶然捕まえた復讐相手は、人違い?
乗りかかった報復殺人の行き着く先は

 イラン政府当局の度重なる弾圧によって長らく映画製作を禁じられ、自宅軟禁や二度にわたる投獄を経験しながらも、不屈の精神で映画を作り続けるイランの巨匠ジャファル・パナヒが監督と脚本を務めたサスペンス・スリラーの傑作。第78回カンヌ国際映画祭では最高賞のパルムドールを受賞、第98回アカデミー賞でも脚本賞と国際長編映画賞にノミネートされた。2023年に海外渡航禁止を解かれたのちに完成させた本作は、二度目の収監時に刑務所内で出会った人々との交流がインスピレーションの源に。不当な理由で投獄された経験を持つ男女が元看守らしき男を拉致し、復讐を試みる姿を描く。ストーリーやキャラクターはあくまでフィクションだが、パナヒ監督自身の経験と相まって、全編に迫真性をみなぎらせている。

 なお、パナヒ監督は2025年12月、本作のプロモーションでイラン国外に滞在中、明確な容疑を示されないまま、イスラム革命裁判所から懲役1年と2年間の海外渡航禁止、政治団体や社会団体への参加禁止を突如として言い渡された。そして2026年4月にパナヒ監督はイランに帰国。帰国すれば禁固刑が待ち受けているにもかかわらず。

 闘い続ける映画監督の最新作をぜひ劇場で。機知に富んだ風刺とメタファー、強権国家イランを生きる現実も巧みに織り交ぜ、これまでにない社会派サスペンス・スリラーへと仕立てたパナヒ監督に感服の思いだ。


point of view

 現在も、アメリカ(とイスラエル)とイランの戦争は先行きが見えないまま。この先どうなってしまうのか、当事国だけではなく世界が固唾をのんで見守っている。そんな中、日本で公開を迎える本作。イラン政府による度重なる弾圧にも屈せず創作を続けるジャファル・パナヒが最新作で描くのは、とある復讐の行方。不当に投獄された過去を持つ男女が、彼らを拷問した元看守に復讐を果たそうとするが、そう簡単には事は進まない。拉致した人物が本当に復讐すべき元看守なのか、確たる証拠がないのだ。

 復讐劇と聞くと、登場人物の怒りと憎しみが渦巻き、暴力的な展開となると想像する人が多いはず。だが、本作は予想外の方向へと転がっていく。とりわけ、語り口にユーモアがたっぷり含まれていることには驚いた。全編をただならぬ緊張感が包む中、登場人物たちがふと漏らした言葉や、ついしてしまった失敗がおかしくて、思わず笑い声を上げる瞬間もたびたび。不当な弾圧を受け続けているパナヒ監督が怒りや憎しみの先にあるものを描いた、という事実に胸を打たれる。今の世界に必要なのは“赦し”、あるいは“悔恨”なのかもしれない。スリリングで予測不可能、笑いの要素もちりばめられた物語を楽しみながら、ふとそんなことを思った。パナヒ監督の知性と、傷つきながらも懸命に生きる人間たちへの愛情がここに凝縮されている。

『シンプル・アクシデント/偶然』

https://simpleaccident.com

2025年/フランス・イラン・ルクセンブルグ/103分

監督・脚本 ジャファル・パナヒ
出演 ワヒド・モバシェリ マルヤム・アフシャリ エブラヒム・アジジ ハディス・パクバテン マジッド・パナヒ モハマッド・アリ・エリヤ ほか
配給 セテラ・インターナショナル

※5月8日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、 Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国公開

©LesFilmsPelleas