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“超高濃度”の展覧会! 「大吉原展」

喜多川歌麿《吉原の花》(部分) 寛政5年(1793)頃 ワズワース・アテネウム美術館 Wadsworth Atheneum Museum of Art, Hartford. The Ella Gallup Sumner and Mary Catlin Sumner Collection Fund

相反するものが一体となった「吉原」
そこで生まれた美術と文化

 現在、上野の東京藝術大学大学美術館では「大吉原展」が開催されている。

 江戸の吉原は、約250年続いた幕府公認の遊廓。遊廓は前借金の返済に縛られ、自由意志でやめることのできない遊女たちの犠牲の上に成り立っていた、現在では決して許されない制度である一方で、江戸時代における吉原は文芸やファッションなど流行発信の最先端でもあった。その様子は多くの浮世絵師たちによって描かれ、蔦屋重三郎ら出版人、大田南畝ら文化人たちが吉原を舞台に活躍した。また、吉原芸者が屋外で芸を披露する8月の俄(にわか)など、吉原の年中行事は江戸庶民に親しまれ、地方から江戸見物に来た人々も吉原を訪れたという。

 国内外から吉原に関する美術作品を集め、その一つひとつを丁寧に検証しつつ、江戸時代の吉原の美術と文化を再考する機会として開催中の本展をレポートする。

勝川春潮《吉原仲の町図》 寛政(1781-1801)前期 大英博物館 ©The Trustees of the British Museum.



遊女たちの悲しみ・苦しみを伴って

 まずレポートに先立って、これから足を運ぶという方にささやかながらアドバイスをさせていただけるのであれば、「十分な時間を確保すること」と、お伝えしたい。本展は、吉原という場所に凝縮された歴史、芸術・文化、そこに生きる人々の生き様などを一挙展示する“超高濃度”の展覧会で、それを味わいきるには時間の確保が必須。そして入場前に糖分・水分も補給できるとなお良い。ご参考まで。

 さて、「吉原」と聞くと、妖艶な遊女・花魁たち、男女の駆け引き、華やかな行事といったきらびやかなイメージを思い浮かべる人も多いだろう。しかし本展を観る前と後では、その印象はきっと変わるはず。というのも、前述したように、現在では決して許されない遊廓という制度や、当時の遊女たちの置かれていた、あまりに過酷な生活環境がよく理解できる展示となっており、そこで生まれた芸術・文化には、遊女たちの苦しみや悲しみが伴っていると気づかされるからだ。

 第一部では「入門編」として、吉原の文化やしきたり、生活などが、厳選された浮世絵作品や映像を交えてわかりやすく解説されている。なかでもわかりやすいのは、遊女たちの1日を描いた喜多川歌麿による浮世絵シリーズ、「青楼十二時」。朝4時頃泊まり客を送り出し、形ばかりの睡眠をとったのち、10時頃には入浴・食事。そして正午頃には早々に身支度を開始し、14時の昼見世〜夜見世の営業を終えるのは深夜0時頃。疲れきった夜中に、解けた髪と着物を引きずり上草履に足を差し込む姿や、身支度をしながらも馴染み客からの手紙に目を通し、駆け引きに思考を巡らせる姿。遊女たちの生活を描きつつ、その中で遊女たちが垣間見せる一瞬の人間性を捉えた浮世絵は、のちに「青楼の画家」とも称された歌麿だからこそ。審美眼を持った浮世絵師によって、遊女たちの表面的なきらびやかさが削ぎ落とされ、その中身が浮かび上がるようだ。

左 高橋由一《花魁》[重要文化財] 明治5年(1872) 東京藝術大学
右 溪斎英泉《新吉原全盛七軒人 松葉屋内粧ひ にほひ とめき》 文政(1818-30)後期 山口県立萩美術館・浦上記念館 ※展示期間:4月23日(火)~5月19日(日)


虚構の世界で生まれた芸術

 第二部では、風俗画や美人画を中心に吉原約250 年の歴史を辿る。

 遊廓と言っても幕府公認。格式を備え、洗練された文化の発信地となっていった吉原。その立役者のひとりといえば、吉原に生まれ、出版によって吉原文化を発信し続けた文化人・蔦屋重三郎だ。ここでは、重三郎による吉原のガイドブック「吉原細見」なども展示されている。重三郎が当時新進気鋭の浮世絵師であった喜多川歌麿を起用し、ヒット作を生み出していった様子など、後世に残る文化が生まれたその過程を辿ることができる。

 修復後初のお披露となる、高橋由一による油彩《花魁》も展示されている。この作品が描かれたのは、吉原が下火になりつつあった明治の初め。廃れゆく吉原の花魁を留めようとしたものであったが、奇しくも「芸娼妓解放令」が施行された年の作品となった。解放といっても実態は以前の転売人への引き渡しであり、吉原は消滅したわけではなく、自らの意志で身を売る遊女たちの「貸屋敷」に名を変えて営業が続けられた。これにより、江戸時代にあった身売り奉公を受け入れざるを得なかった遊女への共感や同情、敬意は薄まっていったという。

 最後の第三部では展示室全体で吉原の五丁町が演出され、まさに吉原に足を踏み入れたかのような感覚を味わうことができる。先ほどまで俯瞰して眺めていた吉原の只中に一気に入り込んだ感じだ。華やかな提灯のもと、3月にだけ桜を植えて花見を楽しむ仲之町の桜や、遊女の供養に細工を凝らした盆燈籠を飾る7月の玉菊燈籠など、季節ごとに町を挙げて行われた催事や、制限された中でも粋なおしゃれを楽しむ遊女たちのファッションなど、テーマごとに吉原を紹介している。その華やかさに心奪われながらも、第二部までの展示を経たからこそ、これらの展示作品の本当の美しさや意味を感じ取ることができるように思う。

 贅沢に非日常が演出され仕掛けられた虚構の世界・吉原、その芸術性と非人道性、華やかさと侘しさ、愉みと苦しみ…。相反するものが一体となり、そこで生まれた美術と文化に触れられる展覧会。ここでは到底紹介しきれない奥深さを、その目で確かめてほしい。


「大吉原展」
会場 東京藝術大学大学美術館(台東区・上野公園)
会期 2024年3月26日(火)~5月19日(日)
開館時間 10:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日 月曜日(ただし4月29日(月・祝)、5月6日(月・振休)は開館)、5月7日(火)
主催 東京藝術大学、東京新聞、テレビ朝日

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締切:5月1日(水)