FLYING POSTMAN PRESS

アートなアニメーション映画

実写×アニメ『化け猫あんずちゃん』
文学×アニメ『めくらやなぎと眠る女』
その芸術性に魅了される夏

 実写×アニメーションで化け猫と女の子の姿を描いた1本に、村上春樹の文学をマジック・リアリズム的に表現した1本。独創的な映像と音を組み合わせて素晴らしいストーリーを伝える、この夏のアニメーション映画を紹介する。



実写×アニメーション、日本×フランス
37歳の化け猫と11歳の女の子の大冒険

 アニメーション作家、イラストレーター、マンガ家と多彩に活躍する久野遥子と、今年すでに『カラオケ行こ!』『水深ゼロメートルから』『告白 コンフェッション』と3本の映画を世に送り出した山下敦弘監督がタッグを組んだ1本。いましろたかしによるマンガ『化け猫あんずちゃん』を原作に、山下監督の指揮のもと実写で撮影し、久野監督がその映像からトレースし、アニメーションにする<ロトスコープ>という手法を採用。37歳の化け猫あんずちゃんを森山未來が、そのあんずちゃんと共に大冒険を繰り広げる11歳のかりんを五藤希愛が演じ、俳優同士が掛け合う中で生まれるリアルな動きや表情をアニメーションに落とし込むことに成功している。

 さらに、ジャンルや国を問わずに優秀なクリエイターたちが集結。脚本をいまおかしんじ、撮影を『リンダ リンダ リンダ』(2005)などで山下監督と組んできた池内義浩、衣装を実写・アニメーション・演劇と幅広く活躍する伊賀大介、音楽を本作のキャストのひとりでもある鈴木慶一が担当。日本有数のスタジオであるシンエイ動画がキャラクターの動きを描き、『めくらやなぎと眠る女』(2022)や『リンダはチキンがたべたい!』(2023)など、芸術性の高いアニメーション映画で国際的に評価されるフランスのスタジオ・MIYU Productionsが背景美術と色彩を担っている。

 アーティスティックな映像と豊かなドラマを備え、肌触りは新鮮な1本。前代未聞のコラボレートに胸を躍らせたい。


point of view

 山下監督の指揮のもと、生身の俳優が撮影現場で実際に演じ、台詞も現場で同時収録したことで、キャストの息遣いがしっかりとキャラクターに備わり、芝居が圧倒的にリアルに感じられる。また、その実写映像をトレースしてアニメーションにしているため映像の質感も写実的かと言うと、そうではない。芝居のリアルさや表現のディテールはキープしつつ、映像の質感としては絵画的でやわらかいというのが面白い。気鋭のクリエイターである久野遥子の足し引きのセンス、バランス感覚が見事に表れている。

 ジャンルや国を問わずに集ったクリエイターたちの味が、ケンカすることなく溶け合った1本。鑑賞感が新しい、実写とアニメーションそれぞれの可能性を広げる映画に仕上がっている。


『化け猫あんずちゃん』

ghostcat-anzu.jp

2024年/日本/95分

監督 久野遥子 山下敦弘
原作 いましろたかし『化け猫あんずちゃん』(講談社KCデラックス刊)
出演(声・動き) 森山未來 五藤希愛 ほか
配給 TOHO NEXT

※7月19 日(金)より全国公開

©いましろたかし・講談社/化け猫あんずちゃん製作委員会



村上春樹原作初のアニメーション映画化
人生に行き詰まった3人の解放の物語

 ミュージシャンでアニメーション作家のピエール・フォルデスが監督・脚本・音楽を務め、村上春樹の6つの短編小説「かえるくん、東京を救う」「バースデイ・ガール」「かいつぶり」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」「UFOが釧路に降りる」「めくらやなぎと、眠る女」を1本の映画に再構築。村上春樹原作初のアニメーション映画として、アヌシー国際アニメーション映画祭2022の長篇部門審査員特別賞や第1回新潟国際アニメーション映画祭コンペティション部門グランプリを獲得。東日本大震災直後の東京を舞台に、置き手紙を残して突如家を出たキョウコ、その夫でキョウコの突然の失踪に呆然としながらも北海道に向かう小村、巨大な“かえるくん”と共に迫りくる大地震から東京を救おうとする片桐の3人が、遠い記憶や夢をさまよいながら自身と向き合い、緩やかに解放されていく姿を描き出す。

 実写撮影をベースにした独特の技法と緻密な音響設計により、村上春樹作品の世界や感覚を見事に形にした1本。オリジナルの英語版はもちろん、深田晃司監督が演出を担い、磯村勇斗、玄理、塚本晋也、古舘寛治らが実写映画のように演じて声を収録した日本語版にも注目を。


point of view

 村上春樹の小説を原作とした映画の中でも、そのクオリティは随一と言っていい。村上春樹の文体の美しさやリズム、ミステリアスなものが絶え間なく問いを生み、受け手の思考を促す様を映画として見事に形にしている。

 台詞は最小限に留められ、めくらやなぎや巨大なミミズ、どこまでも続く暗い廊下といったモチーフも色彩豊かに大胆に動かすと同時に、線やフォルムはできる限り単純化して表現。アニメーションだからこそなし得た、そのマジック・リアリズム的な世界が観客の想像力を刺激する。さらに、音楽が秀逸だ。ミュージシャンでもあるピエール・フォルデス監督が手がけた音楽は、登場人物の感情を強調する類のものではない。感覚的な観点から映画を高めるものであり、それはアニメーション映画の音楽として新しいものになっている。

 現実と心の内側の両方で起こった劇的な出来事が、次第に日常を揺るがしていく。そんな村上春樹の物語の世界を描くには、実はアニメーションが最も適しているのかもしれない。そう思えるほどのハマり具合、ピエール・フォルデス監督の知性と感性に魅了される。


『めくらやなぎと眠る女』

http://www.eurospace.co.jp/BWSW

2022年/フランス・ルクセンブルク・カナダ・オランダ/110分

監督・脚本 ピエール・フォルデス
原作 村上春樹(「かえるくん、東京を救う」「バースデイ・ガール」「かいつぶり」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」「UFOが釧路に降りる」「めくらやなぎと、眠る女」)
声の出演 ライアン・ボンマリート ショシャーナ・ワイルダー マルセロ・アロヨ ほか
配給 ユーロスペース インターフィルム ニューディアー レプロエンタテインメント

※7月26日(金)よりユーロスペースほかにて全国公開

©2022 Cinéma Defacto – Miyu Prodcutions – Doghouse Films – 9402-9238 Québec inc. (micro_scope – Prodcutions l’unité centrale) – An Origianl Pictures – Studio Ma – Arte France Cinéma – Auvergne-Rhône-Alpes Cinéma