CINEMASPECIAL ISSUE
橋本愛主演のエンパワーメント映画
映画『早乙女カナコの場合は』主演 橋本愛が語るエンパワーメントと恋愛
柚木麻子が著した小説『早稲女、女、男』を原作に矢崎仁司が監督を務めた映画『早乙女カナコの場合は』が、3月14日より公開となる。
生真面目で不器用な早乙女カナコと情けなくも憎めない長津田啓士の恋を横糸に、カナコを中心に繋がっていく3人の女性の関係性を縦糸にして、自分らしく生きようと一歩を踏み出す人々の姿を織り上げた本作。多くの人にとって身に覚えがある感情や感覚がちりばめられた、普遍的な恋愛群像劇に仕上がっている。
早乙女カナコを人間味豊かに演じているのは、橋本愛。自身の役柄や作品のテーマについて尋ねるところから始まり、話題はやがて、映画と社会がどうかかわり合うのか、というところへ。俳優としての責任感がにじむインタビューとなった。
写真:徳田洋平 スタイリング:清水奈緒美 ヘアスタイリング&メイクアップ:石川ひろ子 取材・文:佐藤ちほ
女性が女性をエンパワーメントする
──『早乙女カナコの場合は』の出演オファーを受けた際にはどんなことを思いましたか。
橋本 お声がけいただいたのは5年ぐらい前なのですが、まず、柚木(麻子)さんの小説を原作とした映画に携われることが、柚木さんのファンとしてはうれしかったです。その後、時間をかけていろんなことが進んでいってから脚本を読みました。原作小説『早稲女、女、男』では各大学あるあるというか、出身大学でカテゴライズして女性たちのリアルな姿を描いていましたが、映画では大学名は出していません。それでも“こういう人いるよね”と思えるようなリアリティある描き方ができそうだなと、脚本を読んでうれしくなりました。原作小説を読んで私がすごく好きだった言葉がそのままの形で脚本に落とし込まれていたりもして、そういうのもうれしかったです。
──ご自身が演じた早乙女カナコにも共感できるところはありましたか。
橋本 共感ポイントは多かったです。例えば、カナコは男性恐怖症で自分が性的な目線で見られることを忌避しています。それで、あえて女性らしい立ち居振る舞いをしないように、排除したりするんです。そういう感じはすごく身に覚えがあるものでした。あと、この映画ではカナコだけじゃなく麻衣子と亜依子という女性たちの姿も描かれますが、3人はいわゆる恋のライバル関係で。でも、対立したりしないんです。むしろ、お互いに励まし合っている。女性が女性に対してエンパワーメントしていくという、3人の関係性が私はすごく好きだったし、わかるなぁと思いました。また、だからと言って“男なんていらない”と恋愛を拒絶するわけではなく、自分の人生にとって大事なものだからこそ、ものすごく思い悩んでしまう。恋愛によってそれぞれの人間性が浮かび上がるところや、葛藤が具体的に描かれているところも好きでした。
──映画の序盤は大学生だったカナコですが、終盤では社会人になります。大学生のカナコと社会人のカナコの演じ分けは意識しましたか。
橋本 明らかに変えているのは、ヘアメイクと衣裳です。でも、内面は意図的に変えていなくて。“外見はこれだけ変わったのに中身は変わっていないカナコ”を表現したかったので。ただ、大人になるほどに大学時代と同じようには生きられなくなってきている、というところはあって。わかりやすく出ているのは、そばかすですね。原作小説にカナコにはそばかすがあると書かれているんですが、映画でも大学時代のカナコを演じる時はメイクでそばかすを足し、隠さず見えるようにしていました。このそばかすを社会人になってからメイクでカバーするのかしないのか、どちらを選ぶかでだいぶ変わるなと思っていて。最終的にどうなったかと言うと、社会人のカナコはそばかすをメイクでほんのりカバーしています。カメラにはそんなに映っていないところだと思いますが、カナコの実感として、どんどん自分らしく生きられなくなってきている。大人のカナコの窮屈さや息苦しさがそういう部分に表れているのかなと思います。
──カナコの人物像について、矢崎(仁司)監督から何か具体的な言葉はありましたか。
橋本 矢崎監督は役柄について事前に緻密に話されるタイプではなく、私が演じてみたことに対して調整を入れてくださる。その形が主でした。ただ、衣裳合わせはすごく時間をかけました。原作小説には、カナコは実用性重視で外見を着飾ることには興味がないという感じで書かれています。“着飾ることに興味がない自分”として生きているというか。ただ矢崎監督はご自身の作品でいつも、シルエットが見える衣裳にこだわってこられたそうなんです。でも、カナコとしてフェティッシュ過ぎるのはどうかなと。どちらかと言うと、シルエットはそこまで出さないのではないか。出したとしてもスポーティ、あるいはマニッシュに見える必要性があるのかなと思いました。そのあたりのすり合わせを綿密にしていきました。
──完成した映画をご覧になった時はいかがでしょう。矢崎監督の演出で印象深いものはありますか。
橋本 いちばんはダンスのシーンです。原作にはないシーンですが、映画の中では節目節目でカナコと長津田のふたりが踊るんです。そこはすごく、“映画言語”のシーンだなと感じていて。ダンスなので手を取り合う、体が触れ合うんですよね。お話ししたように、カナコは男性恐怖症だし、自分が性的な目線で見られることを忌避しています。そんなカナコにとっては、男性と手を取り合って踊るってすごく怖いことだと思うんです。それなのに、初対面の時からカナコは長津田に手を取られて踊ります。それを違和感なくすんなりと受け入れたこと自体に大きな意味があるような気がして。カナコの長津田に対しての感覚や感情をダンスひとつで表現されていて、さすがだと思いました。