FLYING POSTMAN PRESS

2月公開:アカデミー賞ノミネート作

世界で起きていること、起きたこと
銃を巡って家族の本性が炙り出される
イランの名匠が命を懸けて世に問う物語

 『悪は存在せず』(2020)などによって世界で高く評価されるも、生まれ育ったイランでは自作の映画で政府を批判したとして懲役8年、ムチ打ち、財産没収の実刑判決を受け、2024年に国外へと脱出した名匠モハマド・ラスロフ。本作を世界に問うために命懸けの28日間を過ごしてカンヌへと辿り着き、第77回カンヌ国際映画祭において審査員特別賞を受賞。第97回アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされている。

 舞台は、ある若い女性の不審死に対し、市民による抗議運動が苛烈を極める2022年のイラン。実際に起こった事件と抗議運動を背景に、家庭内で消えた銃を巡り、大きく変貌していく家族の姿を描き出す。国家公務に従事する夫、妻、姉、妹──それぞれの疑惑が交錯する時、物語は予測不能な方向へと加速していく。

 167分と長尺だが、ダイナミックにスリリングに物語が展開するため、心が離れるようなことはない。物語の中心にいる家族の主・イマンは、20年にわたる勤勉さと愛国心を買われ、夢にまで見た予審判事に昇進。しかし、その業務は反政府デモに参加し、逮捕された者たちに不当な刑罰を課すための国家の下働きだった。イマンは苦悩しながらも保身のため、圧政を敷く政府の手先となることを受け入れる。となれば、理不尽に処罰された人々からいつ報復されてもおかしくはないということ。そこでイマンは、護身用の銃を携えることとなる。

 その銃が家庭内で消え、物語は急転する。疑いの目は妻、娘たちへと向けられ、捜査が進むほどに家族の人間関係は変わっていく。社会的立場、ジェネレーション、ジェンダーが火種となり、ある家族の本性を暴き、これまでは気づかなかった、あるいは、気づかないふりをしていた不都合な真実を明らかにしていく。権力者たちが自らの優位性を保つため国民を弾圧し、不当で残酷な処罰を下す国に生きるとはこういうことかと衝撃を受け、心底恐ろしくなる。

 サスペンスフルな家族なドラマの中で、今、世界中の人々が忘れてはならない重要なメッセージを届ける1本。命懸けの創作を心して受け止めたい。

『聖なるイチジクの種』

https://gaga.ne.jp/sacredfig/

2024年/フランス・ドイツ・イラン/167分

監督・脚本 モハマド・ラスロフ
出演 ミシャク・ザラ ソヘイラ・ゴレスターニ マフサ・ロスタミ セターレ・マレキ ほか
配給 ギャガ

※2月14日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次公開

©Films Boutique


1972年ミュンヘン五輪を襲った人質テロ
リアルな緊張感をノンストップで体感

 1972年9月5日、ミュンヘン五輪開催中に起こったパレスチナ武装組織・黒い九月による、イスラエル選手団の人質事件。オリンピックの長い歴史の中で今なお、大会史上最悪の事件として語り継がれるこの事件の一部始終を、スポーツ報道からライブニュース報道へと迅速に切り替える必要に迫られたABCスポーツ番組チームの視点から描き出す。構成が緻密であることに加え、社会性とエンタテインメント性を兼ね備えた脚本が高く評価され、第97回アカデミー賞の脚本賞にノミネートされている。

 その脚本を書き下ろし、監督を務めたのは『プロジェクト:ユリシーズ』(2020)などを手がけたティム・フェールバウム。『パスト ライブス/再会』(2023)のジョン・マガロ、『あの歌を憶えている』(2023)のピーター・サースガード、『ありふれた教室』(2022)のレオニー・ベネシュなどがテレビクルーの面々を演じ、見事な演技のアンサンブルを披露している。

 個人収集家や博物館の所蔵物、放送局の倉庫に至るまで綿密に調べた上で、忠実に再現された1972年当時の五輪中継スタジオ。テレビ中継用の機材も、当時実際に使われていたものばかりだという。また、映画の大部分を事件が起きたミュンヘンで撮影しており、映画用に撮影した映像と1972年当時の映像を組み合わせ、ひとつのシーンに仕立てるといった工夫も。ルックをリアルに再現した上で、報道のありよう、報道に携わる人間たちのありようをリアルに映し出している。

 五輪開催中にテロが起こった時、スポーツ中継するはずだったテレビクルーたちは畑違いではあるが必死に食らいつき、なんとか自分たちの手で真実を伝えようとする。そして、彼らはその最中にある危険性に気づくことになる。ポイントは、彼らが中継することで、視聴者ばかりではなくテロリスト側もリアルタイムで情報を得られるということだ。

 “報道の自由”と“報道がもたらす結果”がせめぎ合う様子は、SNSの普及で人類全体がメディア化した今こそ、対岸の火事とは思えない。メディアとはどうあるべきなのか、受け手側はどんな姿勢でメディアと向き合うべきなのか。鑑賞後はきっと、そう自分の胸に問いかけることになるはず。

『セプテンバー5』

https://september5movie.jp

2024年/ドイツ・アメリカ/95分

監督・脚本 ティム・フェールバウム
出演 ジョン・マガロ ピーター・サースガード レオニー・ベネシュ ほか
配給 東和ピクチャーズ

※2月14日(金)より全国公開

©2024 Paramount Pictures. All Rights Reserved.


立場を超えて助け合うジャーナリスト
パレスチナとイスラエルの命懸けの友情

 イスラエル軍による破壊行為と占領が進行している、ヨルダン川西岸のパレスチナ人居住地区マサーフェル・ヤッタ。その地の現状をカメラで収め、世界に発信することで占領を終結させ、故郷の村を守ろうとするパレスチナ人のバーセル・アドラーと、彼に協力しようとやってきたイスラエル人のユヴァル・アブラハーム。そんなふたりの決死の活動を2023年10月まで4年間にわたって記録。バーセルとユヴァルを含む、パレスチナとイスラエルの若き映像作家兼活動家の4人が、「イスラエル人とパレスチナ人が、抑圧する側とされる側ではなく、本当の平等の中で生きる道を問いかけたい」という信念を持って、共同で監督を担った。その強いメッセージは賞賛され、第74回ベルリン国際映画祭では最優秀ドキュメンタリー賞とパノラマ部門観客賞を受賞。第97回アカデミー賞において長編ドキュメンタリー賞にノミネートされている。なお、バーセルとユヴァルが揃って登壇した受賞スピーチは第74回ベルリン国際映画祭のハイライトとして大きな話題を集めるも、イスラエル擁護の姿勢を示すベルリン市長などから激しく非難された。今なお世界中で論争は続いているが、監督たちは精力的に活動を続けている。

 撮影機材はスマートフォンや簡易な手持ちカメラ。実際にその地で暮らす当事者が至近距離から、“今、本当に起きていること”を映していく。その映像は生々しくショッキングだ。イスラエル軍によって家や学校を破壊され、発電機や大工道具といった生活必需品を奪われ、ライフラインまで止められ、生まれ育った地から強制的に追放されていくパレスチナ人たちの姿がまざまざと記録されている。

 これが現実だと世界に伝えるだけでも十分な役目を果たしているが、さらに意義深いのは友情を描いていること。パレスチナ人のバーセルとイスラエル人のユヴァルという同い年のふたりが対話を重ねる中で、立場を超えた友情を育んでいく、その姿こそが何よりも尊いものだと思える。

 ふたりのような人たちばかりではないことは重々わかっている。明日、明後日に解決するような問題ではないことも承知している。でも、ふたりを観ていると、わずかではあるが希望があると思わずにはいられない。本物のジャーナリズムがここに。鑑賞後、胸に残る思いを大切に留めたい。

『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』

https://transformer.co.jp/m/nootherland/

2024年/ノルウェー・パレスチナ/95分

監督 バーセル・アドラー ユヴァル・アブラハーム ハムダーン・バラール ラヘル・ショール
配給 トランスフォーマー

※2月21日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋ほかにて全国公開

©2024 ANTIPODE FILMS. YABAYAY MEDIA