CINEMASPECIAL ISSUE
のん×堤幸彦監督が贈る痛快逆転劇
一度作ってみてから、壊していく
──のんさん、驚かされた堤監督の演出はほかにもありますか。
のん 加代子がバーでうなだれているところに東十条先生がやってきてちょっかいをかけられるシーンで、「顔の中心に全パーツを持っていくみたいに。梅干し食べているみたいにギューッとしてから台詞を言ってください」と監督に言われたんです。
堤 言った言った(笑)。
のん これも今までにない演出で衝撃でした。“これは難題が来た!”と思いましたね。何が正解なのかがわからなくて、“こういうことかな…?”と思ったものをとにかくやってみて。
堤 いや、もう完璧でしたよ。
のん 本当ですか? なんとか答えを見つけられていたみたいで良かったです(笑)。あと、加代子が遠藤先輩に原稿を出しては突き返されて、ついに加代子が机に倒れ込むところ。監督から「腰から直角に倒れてください」と言われたんです。“え、腰から直角ですか…?”と(笑)。ぜひみなさんにも一度やってみてもらいたいです(笑)。すごく難しいんです。
堤 20代の頃に大量にコントを撮っていたんですよ。で、コントというのはリアクションが重要でね。関西風のコントでは、ボケられたらリアクションは「何言うてんねん!」とか、要は言葉でツッコむことになる。でも、東京風だとそうはならないんです。言葉より、ボディランゲージなんだよね。今のんさんが挙げてくれたふたつは、まさにそういうもので。バーのシーンでは、東十条先生にめちゃくちゃなことを言われるわけです。で、加代子は“顔の中心に全部のパーツが集まって、空気を掴んでいる”みたいなリアクションをする。遠藤のダメ出しの後に倒れるというのも、まさにボディランゲージのリアクション。ああいう時は瞬間的に、漫画的にドタッと倒れないと面白くないんです。若い頃からそういう千本ノックをしてきたものだから、それが染みついている。言われてみれば、確かに今回はそういう東京のコント的なパーツを結構入れてもらいました。お願いするこちらとしては楽しかったけど(笑)。
のん 私も楽しかったです。でもやっぱり難しくて。修行して出直したいぐらいです(笑)。
──堤監督は多くのコメディを手がけていらっしゃいます。ご自身が考える“いいコメディ”とはどんなものですか。
堤 私がいちばん好きなのはウディ・アレンの『アニー・ホール』(1977)なんです。これ、実はジャンルとしてはコメディではない。切なくて都会的な話なんですが、観るたびに爆笑するんです。登場人物がしゃべっている時、字幕で本音が出るんですが、しゃべっていることと本音がまったく違っていて、それがまあ面白い。コメディだからとドタバタし過ぎたり、常軌を逸した動きになり過ぎるより、私は『アニー・ホール』のような、人間の可笑しみがにじみ出るがゆえの笑いが好きです。ほかにも、アキ・カウリマスキ監督作とか。作りとしてはそういう傾向のものが好きです。今回の『私にふさわしいホテル』は派手な方向に振っているかもしれないですけど、“可笑しみがにじみ出る”に類するカットは結構あると思います。
──のんさんはコメディの登場人物を非常に魅力的に演じられます。コメディを演じる上で意識していることはありますか。
のん 作品によって大切にするところは変わりますが、ただ、ウェット感をなくすことは基本的に意識しています。シリアスなシーンでも楽しいシーンでも、コメディ作品においては湿っぽさを抜いて演じるように気をつけていて。あと、感情と感情の間を抜かして演じること。感情のグラデーションを微妙につけながら演じないといけないシーンもありますが、基本は“ポンと一足飛びに飛ぶ”みたいな。そういうことが大切なのかなと思っていて。
堤 なるほどね。それにしても、のんさんは本当にコメディがうまいよね。だから、こちらとしてもどんどんむちゃぶりしてしまうんです(笑)。練習とかはするの?
のん ここは難しいと思う場面は結構、ひとり稽古をしてから撮影に臨みます。
堤 相手役の出方とか現場の演出とかで、予想が大きく外れた時はどうするの?
のん もちろん、現場で変わっていくことが前提ではあります。今回の現場では予想外のことが多かったので、がんばってしがみつきました(笑)。
堤 それはすみません(笑)。でも、わかるな。私も舞台とかではまったく関係ない俳優たちに協力してもらい、稽古前に1回全部作ってみるんです。見えないことが多い作品は一度そうして、設計図を立体にしないとうまくいかなかったりするので。
のん ひとつ何か参考にするものあった上で、それをベースにしながらも壊していく、みたいなことですよね?
堤 そうそう。
のん 演じるほうでも同じようなことをします。
堤 ただ、『私にふさわしいホテル』に関しては全部先に見えていたからね。
のん すごいですね! そう言えば私、監督の作品を改めていろいろと観てからこの作品に臨んだんです。そうしたら、ホン読み(※撮影前の脚本の読み合わせ)の時に監督が「今までの感じで撮りませんから。今まで以上に役者さんの力が重要です」と。“ヤバイ、観ちゃったし、なんかプレッシャーかけられてる!”って、内心だいぶ焦りました(笑)。
堤 「今回は違いますよ。カメラは動きませんよ」って、確かに最初に言いました(笑)。いつもはカメラを動かすことが多いんですが、今回は封印してフィックスで撮ったんです。それが良かったと思いますね。カメラまで一緒におどけていたら具合が悪かったと思う。
──フィックスの画だからこそ、視点が定まっていつも以上に芝居に引きつけられるところがありました。
堤 そういうものになった気がします。これまで映像を凝るタイプと思ってずっとやってきたのに、結局のんさんにぶち壊されたわけだ(笑)。
のん えっ、私なんですか(笑)!?
堤 いい意味でね(笑)。私にとっては新しいことができてありがたかった。とにかく今回は幸運でしたね。山の上ホテルで撮れたのも幸運だったし、役者の組み合わせも最高だった。適切なサイズ感、適切な場所、適切な役者で撮れた。私としてはほくそ笑んで撮る映画でした。