CINEMASPECIAL ISSUE
のん×堤幸彦監督が贈る痛快逆転劇
純粋な創作を追い求めて
──FLYING POSTMAN PRESSは<GOOD CULTURE, GOOD LIFE>をコンセプトにしています。おふたりが人生において影響を受けたカルチャー作品を教えてください。
堤 私がいちばん影響を受けたのは、ロックという音楽のジャンルだと思います。特に1970年代に活躍したはっぴいえんど。細野晴臣さんと大瀧詠一さんと松本隆さんと鈴木茂さんがやっていらした日本のロックバンドです。中学の頃は西洋の音楽ばかり聴いていたんです。高校生になって日本語でロックをやっている人たちがいると聞き、音源を入手して聴いてみたんです。そうしたらもう、ひっくり返るぐらいの衝撃を受けた。私は名古屋出身で、昭和の正しい家庭でぬくぬくと育ちました。ただ、若いからやっぱりあったんですよ。世の中や学校というシステムに対する怒りやモヤモヤが。胸のうちにそういうものが渦巻いていて、どうにも解決できないものだった。それをはっぴいえんどは音楽でちゃんと表現していた。しかも日本語で。おそらく、松本さんの歌詞によるところが非常に大きかったと思います。また、細野さん、大滝さん、鈴木さんの音楽作りはそれまでの日本のものとはまるで違っていて。要は洋楽のセンスでもって音楽を作るんだと。そのギャップにもシビれましたね。特に『春よ来い』という曲が好きで、何千回、何万回と聴いていくうちに、名古屋でぬくぬくしていてはいけないという思いを強くしていった。はっぴいえんどの音楽が醸し出す風景の中にいたいと、大学受験を決意して東京に出てきた。それがすべての始まりです。
のん 私は、イラストレーターの宇野亞喜良さんの『創作の現場』という画集に影響を受けました。高校生の頃、本屋さんのレジの前に置かれていたのを見つけて。その画集で初めて宇野さんの絵を観たんですが、それが本当に格好良かった。もともと絵を描くことが好きだったんですが、色を乗せるのがうまくないと自分では思っていて、あまり色を使っていなかったんです。でも、宇野さんの絵はカラフルでありながら、ダークな雰囲気もあって。その独特の色使いにシビれて、私も絵に色をつけ始めたんです。あの時、宇野さんの絵に出会えたのはかなり大きかったと思います。
──今では創作者として作品を送り出す側にいらっしゃいます。日々何を大切にしながら創作していますか。
堤 ひとつ、コロナ以前と以降ではまるっきり変わったことがあります。コロナ以降は、より自分の思いでものを作っていくことを大切にするようになりました。つまり、自分でテーマを見つけてゼロから企画を立ち上げ、オリジナルでストーリーを作っていく。そういうやり方に以前よりもこだわるようになりました。
──例えば、3人の俳優と一緒に自主制作映画として作られた『truth ~姦しき弔いの果て~』(2021)のように。
堤 その通りです。コロナですべての企画が止まってしまってね。そんな時に3人の女優たちに「沈んでんじゃねぇよ」と発破をかけられてね(笑)。ああいう純粋な創作ですよね。結局はそれに尽きると思います。
──のんさんも同じ時期に初長編監督作『Ribbon』(2021)を手がけられました。あの映画もまさに純粋な創作だと感じられるものでした。
のん ありがとうございます。コロナの時は「不要不急の外出は控えて」と言われていましたよね。その時、インターネット上で、不要不急にあたるものは何かと仕分けの議論がされていたのを目にしました。芸術やエンタメは不要不急の中に振り分けられていて、それがすごく悔しかったんです。私自身は芸術やエンタメがないと生きていけないと思っていたので。実はちょっと不安にもなってしまって、妹に電話して、「私がこの仕事やっていなかったら、どうなっていたと思う?」と聞いてみたんです。そうしたら妹が、「その辺で野垂れ死んでいたでしょ」って(笑)。
堤 言われたんだ(笑)。
のん はい(笑)。妹にまでそう思われていたのかと衝撃を受けるのと同時に、その言葉で腹をくくりました。私にはいろんな仕事ができるわけじゃないし、私が今生きているのは役者をやってきたからなんだと、改めて思えて。そういうことを証明するためにあの映画を作りました。
堤 共通するものがありますね。私もコロナが契機になったから。
のん はい。でも、監督は本当にすごいです。これまで止まることなく作ってこられて。
堤 いやいや、そろそろ限界が近づいてきているよ(笑)。
のん 本当ですか? 次々と作品を発表されているのに。
堤 死に急いでいるみたいだよね(笑)。私はもうすぐ70歳になるんだけど、70代で作るものは全部遺作のつもり。棺桶に持っていくつもりで作りますよ。自分が本当に面白いと思うものをもっと純粋に追い求めていかないと、と思いますね。
のん すごく格好いいです。私もがんばります。
のん
1993年生まれ、兵庫県出身。俳優・アーティスト。音楽、映画製作、アートなど幅広いジャンルで活動している。俳優業の近作に映画『私をくいとめて』(2020)、『さかなのこ』(2022)、舞台『私の恋人beyond』(2022)、監督を務めた映画に『Ribbon』(2021)など
堤 幸彦(つつみ ゆきひこ)
1955年生まれ、愛知県出身。近年の監督作に映画『ファーストラヴ』『truth ~姦しき弔いの果て~』(いずれも2021)、『SINGULA』(2023)、『夏目アラタの結婚』(2024)など。2025年3月に映画『STEP OUT にーにーのニライカナイ』が公開予定
『私にふさわしいホテル』
https://www.watahote-movie.com
2024年/日本/98分
監督 | 堤 幸彦 |
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原作 | 柚木麻子『私にふさわしいホテル』(新潮文庫刊) |
出演 | のん 田中 圭 滝藤賢一 ほか |
配給 | 日活/KDDI |
※12月27日(金)より全国公開
©2012柚木麻子/新潮社 ©2024「私にふさわしいホテル」製作委員会