CINEMASPECIAL ISSUE
のん×堤幸彦監督が贈る痛快逆転劇
文壇下剋上映画『私にふさわしいホテル』 のんと堤幸彦監督のコメディ談義
柚木麻子が著した同名小説を原作に、のんを主演に迎えて堤幸彦が監督を務め、不遇な新人作家の文壇下剋上を描いた映画『私にふさわしいホテル』。野心溢れる新人作家の奇想天外な成り上がり作戦が笑える上、作家たちが不意に見せる純粋な創作魂に胸アツ必至。新しい年を迎えようとするこの時期にぴったりの、気持ちが上向く1本に仕上がっている。
俳優として活躍するのみならず、アーティストとしてさまざまな作品を生み出しているのんと、約40年のキャリアを誇る映画監督・演出家の堤幸彦。彼ら自身も創作者であるからこそ、何がなんでも自分の作品を世に送り出すのだと奮闘する作家の姿には共感するところがあったという。さらに、コメディの演技と演出には定評のあるふたり。映画『私にふさわしいホテル』の話に始まり、コメディに対する考えも語ってもらった。
写真:徳田洋平 【のん】スタイリング:町野泉美 ヘアスタイリング&メイクアップ:森 香織 【堤幸彦】スタイリング:関 恵美子 取材・文:佐藤ちほ
創作のエッセンスは受け継がれている
──『私にふさわしいホテル』の物語に最初に触れた際の感想を聞かせてください。
堤 これは柚木(麻子)先生が書く小説の特徴のひとつかと思いますが、主人公はだいぶ変わっている強い女の人、というものが多い。まさにこの物語の主人公もそうで、一筋縄ではいかないわけです。被害妄想の塊というか(笑)、まあ壮絶な世界を生きながら、自分が信じるものを書いて世の中にぶちまけるため、名前もビジュアルも変えながら戦っていく。で、戦いきった後に、それでも満たされないというようなことを話すわけです。私、これが最高に好きでして。原作小説と映画脚本は違うところもありますが、物語の根底にあるもの、その面白さは同じだと思っています。自分が本当に欲しいものに手が届かないもどかしさと、強く生きる主人公のワイルドさが共存している面白さ。それを映画でも描いたつもりです。
のん 私はこの物語の主人公・加代子役をもらえてすごくうれしかったです。性格が悪い役をずっとやりたいと思っていたので。
堤 そうかそうか(笑)。
のん そうなんです(笑)。だから、“よし、がんばるぞ!”と気合いが入りました。加代子の、敵も味方もまるごと巻き込んで突き進んでいく感じが面白くて。昨日まで敵だった人が今日は味方になったり、昨日まで味方だった人が今日は敵になったり。加代子の不運の元凶である作家の東十条先生(滝藤賢一)となんてまさにそうですよね。これまでずっと自分の邪魔をしてきた憎い相手なんですが、小説家としてはリスペクトしているし、共通の目的があれば味方にもしたりする。加代子のそういうところが面白いなと思いました。
──のんさんも創作者ですから、作家の加代子の姿勢に共感するところもあったのではないでしょうか。
のん どんなに打たれてもへこたれず、“下剋上してやるぞ!”と立ち上がるところに共感します。私も“見返してやる!”って思いながらがんばったことがあるので。あと、自分が小説を書けさえすれば良くて、自分がどう思われるかとかはあまり考えていないところも、結構似ているのかなと思います。
堤 加代子役はのんさんにしかできないだろうと最初から思っていました。その予想に違わず、いや、予想以上にしっかり演じていただいた。だから、こんなに楽な作品はなかったですね。通常はキャラクターを作っていくのにすごく時間がかかるものなんです。試行錯誤しながら、手探りで撮影を進めていくのが普通なんですよ。つまり、楽しい苦痛を味わいながら撮っていくのが当たり前。でも、この作品ではそういうことがまったくなかった。「これでいいじゃん」の連続でしたね。実にスッキリ作れた映画です。
──堤監督はのんさんの魅力をどう言い表しますか。
堤 のんさんは役者だけでなく音楽もやっているでしょう? 私は音楽をやっている役者が大好きなんです。彼女が使っているギターが私のいちばん好きなギターというのも良くてね(笑)。また、彼女は私が愛してやまないセブンティーズ・ロックをカバーしていたりもする。おこがましいですが、根底に流れているものは通じ合うと勝手に思っています。私らの世代は特にそうなんですが、作品を通して、世の中に叩きつけるように主張してきたところがある。のんさんの活動を見ていると、そのエッセンスが脈々と受け継がれているように思えるんです。のんさんのそういう部分が加代子を演じる上で身になると思っていたし、実際にしっかりと身になっていたと思います。
──その魅力がいちばん出ていたと思う、本作におけるのんさんのベストアクトは?
堤 加代子の大学の先輩で、今は担当編集の遠藤(田中圭)と行ったスナックでカラオケを歌っているところに電話がかかってきて、文学賞の候補に挙がったものの、東十条先生が選考委員にいるからダメだろうと言われるところ。加代子はそこで焼きそばを食うんですが、現場で私が「箸を鉛筆のように短く持ってかきこんで。犬食いしてください」と、のんさんに言ったんです。それまで楽しい雰囲気だったけれど1本の電話で事態は急展開し、加代子は焼きそばをかきこんだ後にブチ切れる。その温度差ですよ。“焼きそばうまい!”からの“ブチ殺す!”が最高でした。また、あのシーンではある決め台詞を遠藤に向かって放つんですけれど、そこも非常に面白かったし、妙に泣けました。
のん 監督の“箸を鉛筆みたいに持って犬食い”という演出は衝撃でした。脚本のト書きにも書いていなくて、思いもよらないことだったので。
堤 重要だったのが“箸と筆記具が同じ持ち方”ということ。要するに、加代子にとってはものを書くこと以外はどうでもいいわけです。その一種の暴力性が宿っている食い方であってほしいと思って。
のん 映画の最初に登場するのは山の上ホテルの静謐な空間。加代子の趣味はそういう優雅なものなのに、気質はまったくそういうところがないんですよね(笑)。
堤 そうそう(笑)。
のん そのギャップがすごく面白かったです。