FLYING POSTMAN PRESS

空海も見つめた至宝が上野へ


十二神将立像 [卯・辰・巳神]吉野右京・大橋作衛門等 江戸時代・17世紀 京都・神護寺蔵

空海の寺、神護寺
真言密教の源流1200年の至宝集結

 現在、上野の東京国立博物館では特別展「神護寺―空海と真言密教のはじまり」が開催されている。

 神護寺は京都市の西北に位置し、紅葉の名所として知られる。もとは高雄山寺という寺院であったが、天長元年(824年)に神願寺とひとつになり、神護国祚真言寺(神護寺)が誕生。中国(唐の時代)で密教を学んだ空海が帰国後に活動の拠点としたことから、神護寺は真言密教始まりの地となった。そんな神護寺に伝わる寺宝の数々を一挙展示する本展。空海が生きた時代に制作された彫刻・絵画・工芸の傑作をはじめ、国宝・重要文化財を含む約100件を目の当たりにできる貴重な機会となっている。


序章 紅葉の名勝 高雄 展示室内風景


弘法大師・空海に触れる

 展覧会の始まりは約1200年前、平安時代の神護寺草創期の様子から。

 1世紀以上前のことである上、本展の中心にある平安時代初期の僧・空海という名に聞き覚えはあっても、身近に感じる人はそう多くはないかもしれない。だが、本展を通じてその距離はきっと近づくはずだ。展示された作品の数々を通じ、真言宗の開祖・空海が歩んだ道のりを垣間見ることができる。

 展示品のひとつである「御請来目録」には、空海が留学先の唐から持ち帰った密教に関わる品々が書かれている。そして、そこには唐で空海を導いた師・恵果とのやり取りも記録。「あなたに会えることを楽しみにしていた」と、青年・空海に対し、恵果があたたかい励ましの言葉を向けたことも書き残されている。さらに、空海が帰国後に高雄山寺で行った仏教儀式への“参加者名簿”であり、空海の直筆の「灌頂暦名」も展示。走り書きのメモのようなものだが、自由闊達で生き生きとした筆遣いが見て取れ、さすが、「弘法筆を選ばず」と謳われた空海といったところ。こうしてみると、空海は私たちと同じように確かにこの世に生きた人だったのだと感じられるから面白い。


目の前に広がる密教の宇宙

 密教においては、文字を通して仏教の知識を深めるだけではなく、絵や仏像などの造形物を通して仏教の教えや世界観を理解することも大切だと考えられていた。そのため多くの密教美術の名品が生まれている。

 そのうちのひとつが、国宝「両界曼荼羅(高雄曼荼羅)」。唯一、空海が直接制作に関わった日本最古の両界曼荼羅であり、江戸時代以来、およそ230年ぶりに修理された姿が本展でお披露目される。

 4m四方に大日如来を中心とした密教の世界観・宇宙観が示され、深い紫の絹地に、金銀の顔料で丁寧に描かれた仏の姿が浮かび上がる。視界いっぱいに広がる重厚な紫紺と静かなきらめきは、どことなく宇宙を感じさせる。その宇宙は金剛界・胎蔵界というふたつに分かれているという。会場には詳細解説もあるので、作品と照らし合わせながらその構造を知り深めてほしい。


国宝 両界曼荼羅(高雄曼荼羅) 胎蔵界 平安時代・9世紀 京都・神護寺蔵
【胎蔵界展示期間】7/17~8/12 【金剛界展示期間】8/14~9/8


源頼朝も尽力し再興
美の源泉・神護寺

 空海ゆかりの由緒ある寺院・神護寺だが、度重なる火災などで荒廃した時期もあった。そんな衰退期、平安末期から鎌倉初期にかけて活躍した真言宗の僧侶・文覚が復興を決意。当時、隆盛を極めた後白河法皇や源頼朝に支援を仰いだことで、神護寺は復興する。こうした時代を経て、さらに発展していった神護寺の寺宝の数々も本展では観賞することができる。

 仏教儀式の場にしつらえられた優美な山水屏風に、誰もが一度は日本史の教科書で見たことがあるだろう源頼朝像。鎌倉時代に描かれたこれらの作品は、江戸時代には古典として重要視され、前述の両界曼荼羅などと共に、多くの絵師たちによって模写されている。寺院としての役割を果たしていたのはもちろん、数百年にわたり、神護寺が人々にとって美の源泉であったことも窺える。


国宝 山水屏風 鎌倉時代・13世紀 京都・神護寺蔵  後期展示(814〜9/8)


「かっこいい」、その一言

 会場のクライマックスにおいては、寺外初公開となる本尊の「薬師如来立像」や、現存最古の「五大虚空蔵菩薩坐像」など、神護寺に祀られている仏像が集結する。

 寺院で見る仏像が一番魅力的なのでは? そんなふうに思う人もいるかもしれない。しかし、寺院と美術館・博物館では照明などの設備も異なる。展覧会で観る仏像の良いところは、ともかく「かっこいい」こと。美術品でもある仏像が最も美しく見えるようにライティングが施され、配置されている。

 頭に十二支の動物をのせた十二神将はどれも個性的で、今にも動き出しそうな躍動感と力強さは骨太なロックを思わせる。薬師如来立像は、その厳かな眼差しに思わず呼吸を止め立ちすくんでしまう。さまざまな技術が進んだ現代では、印刷物や映像を通して目にする仏像も十分美しく、細密に見えるものだ。しかし、実物の細密さに勝るものはなく、その「かっこよさ」もやはり格別だ。

 さらに本物は、視覚のみならず五感にも働きかけてくる。こちらが緊張せざるを得ないほどの、圧倒的な存在感。本物の薬師如来立像から伝わってくる威厳。その姿に吸い込まれるように観賞するうちに、1200年を経ても変わらぬ意志のようなものを、作品から受け取ることができるはずだ。

 うだるような暑さが続く今日この頃。涼を求めて博物館へ足を運び、1200年の歴史に触れ、心も落ち着かせてみては。


創建1200年記念 特別展「神護寺―空海と真言密教のはじまり」
会場 東京国立博物館 平成館(上野公園)
会期 2024年7月17日(水)~9月8日(日)
※展示替えあり 前期:7月17日(水)〜8月12日(月・休) 後期:8月14日(水)〜9月8日(日)
開館時間 9:30~17:00
毎週金・土曜日は~19:00 ※注 ただし8月30日・31日は除く (入館は閉館の30分前まで)
主催 東京国立博物館、高雄山神護寺、読売新聞社、NHK、NHKプロモーション
6日間限定開催「東博縁日」

東京国立博物館では期間限定の縁日イベントも開催される。お祭りステージや、本展の夜間観覧、ライトアップなどが行われる予定。詳細は特設サイトへ。
会期:2024年8月27日(火)~9月1日(日)