FLYING POSTMAN PRESS

沁みる、ゾクリ、ワクワクの夏映画

沁みる日本映画、ゾクゾクするスリラー
夏を味わい、夏を感じる新作映画

 うだるような暑さが続く今日この頃、涼む場所にぴったりの映画館へ。夏の長崎を舞台にした人間ドラマを深く味わうのもよし、スリラーで肝を冷やすもよし。夏に観たい映画を紹介する。



日本の夏、沁みる夏
オダギリジョー×髙石あかり×松たか子
夏の長崎、止まっていた心が動き出す

 長崎出身の劇作家・演出家の松田正隆による、読売文学賞 戯曲・シナリオ賞受賞の傑作戯曲を原作に、劇団・玉田企画主宰であり、映画『そばかす』(2022)なども手がける劇作家・演出家の玉田真也が監督・脚本を務めて映画化。雨が降らず乾ききった長崎を舞台に、息子を亡くした喪失感から時間が止まってしまった主人公と、悲しみを共有できず共に歩んでいくことができない夫へ静かな怒りを募らせる妻、主人公と突然の共同生活を送ることになった姪が、それぞれの痛みと向き合いながら、乾ききった心に小さな希望の芽を見つける姿を描き出す。

 主人公の小浦治を演じるほか、共同プロデューサーも務めるのはオダギリジョー。姪の優子に2025年度後期NHK連続テレビ小説『ばけばけ』のヒロインに抜擢された髙石あかり、妻の恵子に松たか子。さらに優子の母で治の妹・阿佐子に満島ひかり、優子に思いを寄せる立山に高橋文哉、治が働いていた造船所の元同僚・陣野に森山直太朗、同じく元同僚の持田に光石研と、魅力的なキャストが集結している。

 愛を失った男、愛を見限った女、愛を知らない少女、それぞれの言葉にできない思いを感じ取りつつ、ささやかだけれど確かに再生の一歩を踏み出すさまを見守りたい。

 昨年の9月、暑い盛りにオールロケで捉えられた長崎の街が主要登場人物のひとりであるかのように存在感を放ち、その光景に登場人物たちの深い悲しみや静かな怒り、諦念がにじんでいるように感じられる。オダギリジョーが演じる主人公は坂の上にある家に住んでいる。汗をかきながら坂道を上り、自分の家へと向かっていく主人公の姿を見つめながら、強烈な渇きを覚えた。暑さを疑似体験しただけではない。心がカラカラに乾ききっていることがその姿に現われていたから。子を喪った後、自身の思いを言葉にしないでいた。言葉にしない時間が長く続き、やがては言葉にできなくなっていった。最終的には言葉にすることをあきらめた。表に出さない思いは主人公の中に淀み、もはや、自分でもよくわからないものになってしまったのだろう。感情の一切が抜け落ちたような表情、無気力な佇まいから、自然とそんなことを感じ取っていた。 姪の優子を演じる髙石あかり、妻の恵子を演じる松たか子がまた見事だ。3人の素晴らしい俳優たちが伝えるややこしくて矛盾した人間らしい感情が、強烈な蝉時雨と入り交じりながら響いてくる。

 登場人物が何を言葉にしたかではない。登場人物の言葉にできない思いをいかに観る側の心に沁み込ませるのか。その点に注力し、見事に形にした1本と言える。

映画『夏の砂の上』

https://natsunosunanoue-movie.asmik-ace.co.jp

2025年/日本/101分

監督・脚本 玉田真也
原作 松田正隆 戯曲『夏の砂の上』
出演 オダギリジョー 髙石あかり 松たか子 森山直太朗 高橋文哉 満島ひかり 光石 研 ほか
配給 アスミック・エース

※7月4日(金)より全国公開

©2025映画『夏の砂の上』製作委員会