現われたのは、昔の自分にそっくりな男
理想と現実が反転する究極の不条理劇

　A24が気鋭の映画監督で脚本家のアーロン・シンバーグの才能に惚れ込み、初タッグで世にも奇妙なスリラーを完成させた。主人公は、顔に極端な変形を持つ俳優志望のエドワード。外見を劇的に変える治療を受けて念願の新しい顔を手に入れ、別人として順風満帆な人生を歩み出すが、その矢先、かつての自分の顔にそっくりな男オズワルドが現われ、運命が予想だにしない方向へと転がっていくさまを描き出す。

　アイデンティティを失う主人公を演じるのは、『アプレンティス：ドナルド・トランプの創り方』（2024）で抜群の演技力を示したセバスチャン・スタン。『わたしは最悪。』（2021）の演技が高く評価されたレナーテ・レインスヴェが主人公の隣人で劇作家志望のイングリッドを、『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』（2013）のアダム・ピアソンがオズワルドを演じる。

　自分とは一体どんな存在なのか？ 外見が変われば、なりたい自分になれるのか？ 観る側の価値観をも揺さぶる異色作が誕生した。

　顔に極端な変形を持つ主人公は、画期的な治療を受けて新しい顔を手に入れる。身体的に別人になったことで人生が変わる、という流れを思い浮かべる人も多いだろう。だが、その予想は気持ち良く裏切られる。新しい顔になってからの展開がひねりまくりで、既視感はゼロ。確かに新しい仕事も得て成功したし、女遊びもできるようになった。でも、本質が変わったのかと問われれば、そうとは言えない。そんな描き方がユニークだと感じる一方、恐ろしくもなってしまう。

　かつての自分の顔とそっくりな男との対比がまた鋭く強烈だ。かつての自分との格差にショックを受けてアイデンティティが揺らぐ主人公を見つめながら、自分自身の胸にも問いかけることになるはず。自分という存在は一体なんなのか、何をもって自分と言えるのかと。アーロン・シンバーグの洞察力に感服。衝撃のコメディ・サスペンスがここに。偏見の根源に気づき、ハッとさせられること間違いない。

驚愕のチャプターかく乱スリラー
女と男、巧妙に張り巡らされた愛の罠

　シリアルキラーによる連続殺人事件が世間を震撼させる中、“レディ”という女と“デーモン”という男の出会いに始まる物語が予測不能な方向へと走り出す。時系列を巧妙に組み替えつつ、さまざまな罠を仕掛けつつの全6章構成で観る側を翻弄していく。

　監督・脚本を務めるのは、本作でその才能を高く評価され、今年の9月に全米公開となるスティーヴン・キング原作の映画『死のロングウォーク』では脚本を手がけるJ.T・モルナー。レディをウィラ・フィッツジェラルド、デーモンをカイル・ガルナーが鮮烈に演じ、一躍注目を集めている。さらに、プロデュースに加え、初めて撮影監督も担うのは俳優として活躍してきたジョヴァンニ・リビシ。光と影、色味を綿密に計算しつつ、全編を35mmフィルムで撮影し、恐怖とスリルと美しさと甘さが同居する独特の画世界を構築している。

　何もかもが尋常ではない1本。新感覚のチャプター・ツイスト・スリラーにハマるひとときを。

　6つの章仕立てであることが明かされたかと思えば、次の瞬間、3章から物語の幕が開く。近年まれに見る“掴み”に驚きつつも、一気に引き込まれていった。

　“非線形によって生み出されたストーリーテリング”は、一歩間違えると小手先のテクニックだけのものとなってしまったりもする。だが、本作は違う。章の並びは監督と脚本を担うJ.T・モルナーがひらめいた順になっているというが、これがただの“変わったアイディア”では終わらず、完璧に機能している。ハチャメチャな構成のようで、観る側の理解の度合いや心の動きを置いてきぼりにはしていないし、いつしか“レディ”と“モーガン”というふたりの人間の核心に迫っていくという流れも見事。おぞましくスリリングなジャンル映画でありながら、スウィートでエロティックなラブストーリーでもあり、物悲しさすら漂う人間ドラマでもあり。J.T・モルナーの手腕が光る、鑑賞満足度の高い1本に仕上がっている。