FLYING POSTMAN PRESS

染谷将太の映画観、受け継いだもの

面白い人たちと繋がっていける場所

──『BAUS 映画から船出した映画館』の主舞台となる<吉祥寺バウスシアター>には、よく通っていたそうですね。

染谷 学生の頃からよく行っていました。吉祥寺という街は、自分にとってはバウスシアターに行く入口だったんです。毎回、バウスシアターに行く時はちょっとした遠足感覚でしたね。吉祥寺駅を降りた瞬間から始まっていて、劇場に向かう道のりすら楽しかった。ワクワクしながらアーケードを抜けて劇場に辿り着けば、そこには誰かしら知っている人がいて、2本立ての合間に1本目の映画の感想を話しながらごはんを一緒に食べたり、お茶をしたり。受け皿の大きな劇場で、映画に限らず、音楽とか演劇とか、さまざまなジャンルの方々が一堂に会するのも面白かったです。バウスシアターに行けば誰かしら面白い人に出会えて繋がっていける。僕にとってはそんな刺激的な場所でした。

──青春時代に<吉祥寺バウスシアター>で観てインパクトを受けた映画と言えば?

染谷 バウスシアターは爆音で映画を上映するということを始めた劇場で、『ナチュラル・ボーン・キラーズ』(1994)を爆音で観たことがあります。ものすごく刺さり、ぶち上がりました。で、ぶち上がった状態でロビーに出たら、そこに三宅唱監督がいて。「どうも、観ていたんですね」と話していたら、柄本佑君もいるんです(笑)。三宅さんと佑君はその時が初対面で。その出会いをきっかけにしてみんなで遊ぶようになり、『きみの鳥はうたえる』(2018)という映画ができました。そんなふうに繋がっていったこともあり、忘れられない経験です。あと、自分が監督した『シミラー バット ディファレント』(2013)を爆音映画祭でかけてもらったことがあって。『BAUS 映画から船出した映画館』にも出てきますが、同じように本作のプロデューサーである樋口泰人さんがサウンドチェックをしてくれて。それも忘れられない思い出です。

──それだけ思い入れのある場所を守り続けた家族のひとり、サネオを演じる上では何を大切にしていましたか。

染谷 自分が演じたサネオの息子である(本田)拓夫さんが書いた映画の原作本『吉祥寺に育てられた映画館 イノカン・MEG・バウス 吉祥寺っ子映画館三代記』には、モデルとなっている本田實男さんについての描写もあります。本に出てくる實男さんはもちろん、吸収させてもらいました。あとは、自分がバウスシアターに通っていて感じていたことですね。寛大で受け皿の大きな劇場だと思っていたんですが、守っていた方の人柄がにじみ出ていたように思うんです。寛大さというのもヒントにして演じていたところがあります。