FLYING POSTMAN PRESS

想像と創造――芸術の秋の映画体験

『動物界』と『ロボット・ドリームズ』
想像力と創造性に満ちた映画

 人間が動物化していく奇病が蔓延する近未来を舞台にした父と息子の物語『動物界』に、ドッグとロボットの友情を台詞なしで描いたアニメーション映画『ロボット・ドリームズ』。芸術の秋に観たい、作り手の想像力と創造性に満ちた2本の映画を紹介する。



人間が動物化する奇病が蔓延する近未来
斬新で鮮烈なアニマライズ・スリラー

 これが長編2本目となる新鋭トマ・カイエが監督と共同脚本を担い、本国フランスで観客動員100万人を突破したほか、第49回セザール賞では最多12部門にノミネートされたアニマライズ・スリラー。人間が動物化していく謎の奇病が蔓延し、人間と、“新生物”と呼ばれる奇病にかかった患者たちの分断が激しくなる中で引き裂かれる家族の姿を描き出す。

 奇病にかかった最愛の家族を守り抜こうとする父フランソワを演じるのは、フランスの実力派ロマン・デュリス。人間ではない何かへと変異していく中で葛藤するフランソワの息子エミールに新星ポール・キルシェ。さらに、アデル・エグザルコプロス、トム・メルシエらが映画を盛り立てる。

 人間と、鳥やカメレオン、タコ、セイウチといった多種多様な動物とのハイブリッドの斬新なビジュアル、移民問題やパンデミックを起因とする社会の分断などの現代的なテーマ、父と息子の普遍的な愛の物語が見事に融合し、既視感のない1本に。独創的なその世界を満喫したい。


point of view

 映画冒頭、車が渋滞する市街地で異変が起こる。何かに怯え、逃げ惑う人々や、その状況を暴力をもって制しようとする人々を映しつつ、やがてカメラはその発端である“新生物”にフォーカス。自分が目撃しているものがなんなのか脳の処理が追いつかず混乱し、同時に肌が粟立った。特殊メイクやアニマトロニクス、3DCGなどの技術をシーンごとに組み合わせつつ仕上げられた“新生物”のビジュアルはまさに独創的。映画館で未知に遭遇する瞬間を楽しんでほしい。

 設定とビジュアルが斬新なだけにイロモノにもなりかねない映画だが、そうはなっていないのがまたすごい。人間が動物に変異する奇病が蔓延する世界において、“新生物”を拒絶し、パニックに陥る人々も数多く存在する。本作の舞台となるフランスの政府は社会秩序の混乱を恐れ、“新生物”を隔離していた。この危機に際し、各国政府の対応が異なることも劇中で示唆されるが、その点も含めてコロナのパンデミックの際の、あるいは移民問題に対する反応と重なり、リアルに感じられる。さらに、変異を強いられる人間とその家族や恋人、それぞれが葛藤し、抗い、やがては受容する過程が丁寧に描かれるため、トンデモ設定なのに共感度は高い。強烈なファンタジーを日常に巧みに組み込んだ上で現代性と普遍性を兼ね備える物語としたトマ・カイエ監督、そのセンスが光る。

 と、ここまで書いたものの、予備知識はなるべく得ずに観たほうがいい映画であるのは間違いない。“なんかすごいものが観られる映画”とだけ思っておけば十分。最初から最後までスリリングで予測不能。観ている間中、想像と思考を巡らせることになるはずだ。


『動物界』

https://animal-kingdom.jp/

2023年/フランス/128分/PG-12

監督・脚本 トマ・カイエ
出演 ロマン・デュリス ポール・キルシェ アデル・エグザルコプロス ほか
配給 キノフィルムズ

※11月8日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開

©2023 NORD-OUEST FILMS - STUDIOCANAL - FRANCE 2 CINÉMA - ARTÉMIS PRODUCTIONS. 



世界の映画祭&賞レースを席巻した
ドッグとロボット、特別な友だちの物語

 『ブランカニエベス』(2012)や『アブラカタブラ』(2017)といった良作を世に送り出してきたパブロ・ベルヘル監督とアルカディア・モーション・ピクチャーズの3度目のタッグ作。アメリカのグラフィックノベル作家サラ・バロンの『ロボット・ドリームズ』を原作に、監督にとってもスタジオにとっても初となる2Dアニメーション映画化。1980年代のニューヨークで孤独に押し潰されそうになっているドッグと、その友だちになったロボットの友情を描き、第96回アカデミー賞において長編アニメーション映画賞にノミネートされたほか、世界中で高く評価され、映画各賞を受賞した。

 台詞はなし。あたたかくドリーミングなビジュアルと、アース・ウィンド&ファイアーの『セプテンバー』やレーガン・ユースの『I Hate Hate』、ザ・フィーリーズの『Let’s Go』、ティーラ・ロックの『Breakdown』といった名曲が溶け合い、豊かなストーリーを伝えている。アニメーションという表現の無限の可能性を伝える1本が誕生した。


point of view

 台詞のない本作で物語を伝えるのは、工夫に満ちた映像と登場人物の心情に寄り添った音楽。キャラクターと背景はシンプルな線でデザイン性高く描かれ、かつ、キャラクターが浮かべる表情も細やかに変化し、その胸のうちがよく伝わってくる。随所に差し込まれる“夢のシークエンス”も、それが美しければ美しいほど、一方の現実が過酷であることを知っている観客にとっては切なさが募るものに。うっとりとその美しさに浸りつつも胸が痛み、よりいっそう、ドッグとロボットの友情の物語に引き込まれていくこととなる。

 台詞なしで画と音楽のみで伝えるという共通点があるからだろう。鑑賞感はチャップリンのサイレント映画のそれとよく似ている。アニメーションという表現はこれほど豊かで面白いものだったのだと、改めて感嘆。無限のイマジネーションが織りなす世界に目を輝かせ、胸を揺さぶられるひとときを。


『ロボット・ドリームズ』

https://klockworx-v.com/robotdreams/

2023年/スペイン・フランス/102分

監督・脚本 パブロ・ベルヘル
原作 サラ・バロン
アニメーション監督 ブノワ・フルーモン
編集 フェルナンド・フランコ
アートディレクター ホセ・ルイス・アグレダ
キャラクターデザイン ダニエル・フェルナンデス
音楽 アルフォンソ・デ・ヴィラロンガ
配給 クロックワークス

※11月8日(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開

©2023 Arcadia Motion Pictures S.L., Lokiz Films A.I.E., Noodles Production SARL, Les Films du Worso SARL