FLYING POSTMAN PRESS

不穏さと笑いが同居する映画

ヨルゴス・ランティモス『憐れみの3章』
黒沢清×菅田将暉『Cloud クラウド』
不穏さと笑いが表裏一体となった映画

 3つの別々の物語を同じメインキャストで描いたヨルゴス・ランティモス監督作『憐れみの3章』と、見えない悪意と隣り合わせの怖さを描く黒沢清監督作『Cloud クラウド』。不穏さと笑いが混ざり合う初秋注目の2本を紹介する。



3つの別々の物語、同じメインキャスト
ヨルゴス・ランティモス監督最新作

 『哀れなるものたち』(2023)において第80回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞、第96回アカデミー賞では主演女優賞ほか計4部門でオスカーを獲得するなど、その異才ぶりに世界の映画界が注目するヨルゴス・ランティモス監督の最新作。3つの独立した物語=3章で構成され、各章に同じメインキャストたちが登場して別々のキャラクターを演じるというユニークな手法で、またもや映画ファンを驚かせる。

 描かれるのは、“選択肢を奪われ、自分の人生を取り戻そうと格闘する男”“海で失踪し、帰還するも別人のようになった妻を恐れる警官”“卓越した教祖になると定められた特別な人物を懸命に探す女”の物語。『女王陛下のお気に入り』(2018)、『哀れなるものたち』に続く3度目のタッグとなるエマ・ストーンのほか、『哀れなるものたち』で印象的な演技を見せたウィレム・デフォー、マーガレット・クアリーが再集結。さらに、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(2023)のジェシー・プレモンスが3つの物語でそれぞれ軸となる役どころを担い、ランティモス監督の独創的な世界を支える。

 信念、強制、支配が日常にある強烈な3つの物語は接点がないはずなのにいつしかリンクし、観客の胸をざわめかせる。ランティモス監督が新たに描くのは喜劇か、それとも──。


point of view

 ヨルゴス・ランティモス作品は観ながらゾクッとする上、たびたび笑ってしまう。その笑いは、陽気な笑いや心あたたまる笑いなどではなく、引きつり笑いの類だ。突飛なことが起こり、時折、陰惨ですらあるが、全体を通して浮かび上がってくるのは人間の本質であり、だからこそ“わかる”と、奇妙奇天烈なはずの登場人物の感覚や感情を共有できてしまう。またそれが心の奥底に隠しておきたい類の感覚や感情であるため、ヨルゴス・ランティモスにすべて見透かされているようで恐ろしくなりつつ、同時に自分の愚かさや滑稽さも再確認し、つい笑ってしまうのだ。

 本作の3つの物語は別々のものだが、支配と欲望、愛と服従、信仰と盲信の間で右往左往する人々の姿は同じように奇妙で恐ろしい。だが、前述の通りで人間の本質が描かれているため、ゾクッとしながらも笑ってしまう。不穏さと笑いは相反するようでいて、表裏一体。ヨルゴス・ランティモス作品はそういつも伝え続けている。

 また、観ていると自然と3つの独立した物語を繋げ、最終的にはひとつのテーマを見出していくことになるのも面白い。そのテーマは観る人によって異なるだろう。ヨルゴス・ランティモスの物語り方は強烈だが、たったひとつの答えに強引に導くようなことはしない。観る人それぞれが思考し、さまざま感じ取れるものとなっている。 

 ヨルゴス・ランティモス節は今回も健在。脳と心をかき乱され、ゾワゾワしつつ気まずく笑う、そんな独特の映画時間を。


『憐れみの3章』

https://www.searchlightpictures.jp

2024年/イギリス・アメリカ/164分/R15+

監督 ヨルゴス・ランティモス
脚本 ヨルゴス・ランティモス エフティミス・フィリップ
出演 エマ・ストーン ジェシー・プレモンス ウィレム・デフォー マーガレット・クアリー ほか
配給 ウォルト・ディズニー・ジャパン

※9月27日(金)より全国公開

©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.



監督・脚本:黒沢清×主演・菅田将暉
現代の恐怖を描くサスペンス・スリラー

 『スパイの妻』(2020)で第 77 回ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞した黒沢清が監督と脚本を務める最新作。世間から忌み嫌われる転売ヤーの主人公が知らず知らずに恨みを買い、見えない悪意に追い込まれていく姿を、スリルとユーモアを共存させつつ描き出す。

 主人公の吉井を“真面目な悪党”として演じるのは菅田将暉。吉井の周囲に集う奥底の見えない人々を古川琴音、奥平大兼、岡山天音、荒川良々、窪田正孝らが演じる。

 転売ヤーが意識せずにバラまいていた憎悪の種はインターネット上で闇を吸って成長し、やがては不特定多数の狂気集団へと姿を変え、暴走し始める。狩りゲームの標的となった主人公はどうなってしまうのか。誰もが標的になりえるという、現代社会の恐怖を描いたサスペンス・スリラー。映画後半の怒涛のガンアクションにも注目を。


point of view

 「本格的なアクションをやりたい」という黒沢清監督の願いが本作の出発点だったという。その願いは見事に形となり、映画後半はほぼ銃撃戦だ。その銃撃戦がスリリングなだけではなく、だいぶ笑えるものとなっている。

 転売ヤーとして“コツコツ真面目に”悪を積み重ねる主人公の吉井vs吉井を狙う、互いを知らぬままインターネットを通じて共謀し、狂気的な暴力集団となった人々。そんな構図で、パンパンと乾いた銃声を鳴らしながら殺し合う傍ら、自己弁護の言葉や日常を気にする言葉をぽろりとこぼしたり、“慣れないことをしている感”をあらわにしたり。彼らの言動には人間臭さが、あるいは現代社会を生きる人間としての壊れっぷりが凝縮されていて、恐ろしく思いながらも同時に笑ってしまう。ひたひたと恐怖が迫りくるサスペンス・スリラー、ソリッドなガンアクション、ウィットに富んだコメディが絶妙に折り重なった1本に仕上がっている。


『Cloud クラウド』

https://cloud-movie.com

2024年/日本/123分

監督・脚本 黒沢 清
出演 菅田将暉 古川琴音 奥平大兼 岡山天音 荒川良々 窪田正孝 ほか
配給 東京テアトル 日活

※9月27日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開

©2024「Cloud」製作委員会