FLYING POSTMAN PRESS

奥山大史監督作『ぼくのお日さま』

スケートリンクで3つの心がひとつに
“新しい”日本映画『ぼくのお日さま』

 大学在学中に手がけた長編初監督映画『僕はイエス様が嫌い』(2019)で、史上最年少の22歳で第66回サンセバスチャン国際映画祭の最優秀新人監督賞を受賞した奥山大史の長編2本目であり、商業デビュー作。『僕はイエス様が嫌い』同様に監督・撮影・脚本・編集の4役を担い、珠玉の1本を作り上げた。

 子どもの頃に7年間フィギュアスケートを習っていた奥山監督が、フィギュアスケートを題材にした映画を撮りたいと企画を始動。「雪が降り始めてから雪が解けるまでの少年を描きたい」と、プロットを考える中でハンバート ハンバートのアルバム『むかしぼくはみじめだった』に収録された名曲『ぼくのお日さま』と出会い、その歌詞から着想を得て物語が一気に動き出す。そして、ハンバート ハンバートの『ぼくのお日さま』は本作の主題歌に。バンドにとって大切な楽曲だからこそ、これまで映像作品の主題歌オファーがあっても断ってきたが、奥山監督からの手紙を読んでオファーを快諾したという。

 主要登場人物は3人。アイスホッケーが苦手で吃音のある少年タクヤと、フィギュアスケートを学ぶ少女さくら、さくらのコーチであり、元フィギュアスケート選手の荒川。スケートリンクで出会った3人の“雪が降り始めてから雪が溶けるまでの物語”を、3人の視点で紡いでいく。

 タクヤ役は本作が初主演映画となる越山敬達、さくら役は本作が演技デビュー作となる中西希亜良、コーチの荒川役は日本映画に欠かすことのできない俳優・池松壮亮。越山はスケートの経験はあったものの、劇中で披露するアイスホッケーとアイスダンスは初挑戦。池松はスケート初心者、中西は4歳から現在までフィギュアスケートを習う上級者と、経験の差はあったものの、いずれも集中して練習を重ね、劇中で説得力のある滑りを披露している。そんな彼らの姿を、奥山監督自らスケートを滑りながら撮影。スタンダードサイズで捉えられた映像はあたたかくて懐かしくて、同時に“新しい”と感じられるものになっている。

 雪の降る田舎街のスケートリンクで、ひとつになってほどけていく3つの心。切なくも清らかなその光景が印象深く刻み込まれる。


point of view

 フィギュアスケートを題材にし、滑るシーンも多々あるが、本作はスポーツ映画ではない。フィギュアスケートを知って夢中になる少年タクヤと、夢をあきらめて恋人の地元でフィギュアスケートを教える元選手の荒川、荒川のことが少し気になるフィギュアスケート少女のさくら。そんな3人の淡くて切ない恋模様と、それぞれの成長や変化を丁寧に描いた映画だ。

 画面サイズはスタンダードサイズ。そう聞いてもピンと来ない人は、アナログ放送時代のテレビの画面サイズを思い描いてみたらいい。やわらかさとざらつきという、相反するものを兼ね備えているように思える映像の質感も面白い。ひとことで言えば、それは奥山監督の独特の映像表現。観ていて胸があたたかくなるのと同時に胸がざわめく、そんな世界が広がっている。

 また、本作では吃音のある少年や同性カップルの姿も描かれるが、熱量高く声高に叫ぶのではなく、あくまで日常と地続きにある表現になっているのもいい。だからこそ、彼らの胸の痛みは自分の近くにいる誰かが今感じている痛みなのかもしれないと、自然と思いを馳せることができる。

 改めて、奥山大史監督の才能に感嘆。いつまでも胸に残る、そして、日本映画界のこれからに希望を持てる1本がここに。


『ぼくのお日さま』

https://bokunoohisama.com

2024年/日本/90分

監督・撮影・脚本・編集 奥山大史
出演 越山敬達 中⻄希亜良 池松壮亮 若葉⻯也 山田真歩 潤浩 ほか
配給 東京テアトル

※9月6日(金)よりテアトル新宿、TOHO シネマズシャンテにて先行公開
※9月13日(金)より全国公開

©2024「ぼくのお日さま」製作委員会/COMME DES CINÉMAS