FLYING POSTMAN PRESS

近浦啓監督と森山未來の楽しい共作

父の人生を息子が辿る『大いなる不在』
監督・近浦啓×主演・森山未來の対話

 近浦啓の長編監督2作目であり、第71回サン・セバスティアン国際映画祭ではオフィシャル・コンペティション部門最優秀俳優賞とアテネオ・ギプスコアノ賞をダブル受賞。そのほかの国際映画祭でも話題を呼び、賛辞を受けた映画『大いなる不在』が7月12日より公開される。

 近浦監督の実体験に着想を得て、父の逮捕の一報を受けた主人公が認知症を患う父と再会し、父とその再婚相手に何があったのか、その謎を探っていく姿を映した本作。主人公・卓役には森山未來、近浦監督たっての希望で実現したキャスティングだったという。

 第一に“面白い”と思い、その後で“人間の存在とは…?”と考えを巡らせずにはいられない、エンタテインメント性と芸術性が両立する映画はどう作られたのか。その製作の背景には、映画監督・近浦啓と主演俳優・森山未來の深い対話があった。

写真:徳田洋平 スタイリング:杉山まゆみ ヘアスタイリング&メイクアップ:河西幸司(アッパークラスト) 取材・文:佐藤ちほ



面白い立ち上がり方をした映画

──近浦監督、『大いなる不在』の主人公、認知症の父・陽二(藤竜也)の息子で俳優の卓役は森山未來さんが演じることを想定したアテ書きだったとか。

近浦 啓(以下:近浦) そうですね。

森山未來(以下:森山) え、そうなんですっけ?

近浦 そうだよ、言ったじゃん(笑)。

森山 だったのかもしれない(笑)。でも、その後起こったこととか、啓さんと話したことの印象があまりに強過ぎて、そんな中で紐解かれていった部分が大きかったので、最初のところの記憶がすっ飛んでいますね(笑)。

近浦 長編2本目はまったく違う作品を進めていたんですが、その時から森山さんには出てもらいたいと思っていたんです。そんな時にコロナのパンデミックになって、企画が大きく変わった。それでもやっぱり主人公は森山さんだったんですよね。

──つまり、森山未來さんとどうしても仕事がしてみたかったということですか。

近浦 そうですね、とにかく早く仕事してみたかった。

──そこまで森山さんに惹かれた理由とは?

近浦 いちばん大きなきっかけは、2012年に『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』という舞台を観たことでした。その頃お世話になっていた人に「この役者は絶対に生で観ておいたほうがいい」と言われ、それでShibuya O-eastに観に行ってみたらもう衝撃的で。声はいいし、色気がある。“これはいつか仕事したい”と思いましたね。長編1本目の『コンプリシティ/優しい共犯』にも、2本目の『大いなる不在』にも出演してもらっている藤竜也さんも、“どうしても仕事がしたい”という一心でオファーしたのが始まりで。それと同じです。まったく迷いはなかったですね。

──森山さん、近浦さんからオファーを受けた際はどんなことを思いましたか。

森山 脚本は一読しただけでは理解が難しかったというのが正直あって。時系列が動く構造だし、主人公の父親が認知症で、それによって物語が錯綜していくところもあり。チャレンジングな戯曲だと思いましたし、トライしてみたい思いもありましたが、失礼ながらオファーを受けた当初は僕は啓さんのことをちゃんと知らなかったんです。また、どういう経緯でこのプロダクションが立ち上がり、どう会社が運営されていて、どう映画を作っていくのか。そこが企画書だけでは見えにくいところもあった。もっと正直言うと、ペライチの企画書ではうさん臭さもあって(笑)。

近浦 また、僕も森山さんの公式サイトのお問い合わせフォームから連絡したし(笑)。

森山 それは別にいいんですよ(笑)。例えば、『PERFECT DAYS』もそうですけど、映画会社ではない企業が映画の企画を立ち上げて製作するとか。そういうスタイルの映画も最近ちょこちょこあるじゃないですか。

近浦 確かにあるね。

森山 映画会社が映画を作るとか、インディペンデントの映画会社が映画を作るとか、監督個人が企画を立ち上げて映画を作るとか、いろんな作り方があるとは思いますが、啓さんからオファーをいただいて企画書を読んでも、その出どころがよくわからなかったんですよ。それで実際に会って話を聞くと、その立ち上がりの経緯が面白かった。今の日本映画界によくある立ち上がり方とはまた違うプロセスで、かつちゃんと映画作りがしたいという思いや考え方に惹かれましたね。脚本も面白かったですけど、それ以上にこの映画の立ち上がり方に興味を覚えた。それで、関わってみたいと思ったんです。

──森山さんのおっしゃる通りで、近浦監督の映画の作り方はこれまでの日本映画界ではそうなかったもののように思います。

近浦 いや、実はそう珍しいものでもないと僕は思っていまして。

森山 そうなのかな?

近浦 例えば、「1千万円で映画作ります」という話はたくさんあると思うんですよ。

森山 それは確かにそうですね。

近浦 ただ、決して大きな規模ではないものの、この座組みで35mmのフィルムで映画を撮ろうと。それをインディペンデント映画でやるのは非常に難しい、というのはありますね。僕にとってインディペンデントという言葉は重要なんです。日本ではインディペンデント映画≒小規模予算映画ですが、僕は本来、インディペンデント映画はクリエイティブな面とビジネス面の両方の責任を担って作るものだと思っています。そう思いながらプロデュースし、監督し、作家もやってきたので。

森山 若干、草鞋履き過ぎですけど(笑)。

近浦 そうそう、映画のクレジットを作る時に“なんか一個外そうかな”と思うぐらい、自分でもうさん臭く感じていて(笑)。

森山 そうなんだ(笑)。

近浦 でも、少なくとも新人監督と呼ばれる2本目までは、自分でもがいて道を作っていきたい。そういう思いでやっています。