FLYING POSTMAN PRESS

世界的ベストセラー作家の物語論

現実と地続きにあると感じてほしい

──FLYING POSTMAN PRESSは<GOOD CULTURE, GOOD LIFE>をコンセプトに展開しています。レイチェルさんの人生において、カルチャー作品に大きな影響を受けたことはありますか。

レイチェル たくさんあってひとつ挙げるのが難しいくらいです(笑)。映画では『赤い風船』(1956)というフランス映画でしょうか。パリに飛んできたたくさんの風船が、いじめられている主人公の少年を奇跡のように逃がしてくれるというストーリー。本当に大好きな映画で、小さい頃からからずっと心を動かされてきました。映画や小説以外にも、普段の生活の中で目にしたもの、耳にしたものによって自分が変化することもよくあります。例えば、最近レストランで見た光景。グループで食事に来ていた中で、ある女性ひとりがまったく会話に参加していない、という光景を目撃しました。私はその様子を見ながら、“なんで周りの人は彼女に話しかけないんだろう? 失礼なんじゃないの?”と思っていたんです。でも、料理が来た時に彼女が自分にとって必要ないくつかの行動を取っているのを見て、気づきました。“周りの人は彼女を無視していたんじゃないんだ。彼女に必要なスペースを確保できるように配慮していたんだ”と。自分の価値観だけで勝手に決めつけてはいけないんだと気づき、ハッとさせられた出来事でした。

──日常にも“気づき”はちりばめられていて、それが創作の源にもなり得るわけですね。

レイチェル そうです。例えば、『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』でハロルドが道中で出会う人たち。彼らに具体的なモデルがいるわけではないのですが、残り香とでもいうんでしょうか…。どこかで誰かが話していたことや街で行き交った人の様子。人間からだけではなく、自然の風景からもインスピレーションは得ているんだと思います。

──ストーリーテラーであるレイチェルさんは、物語の魅力をどう言い表しますか。

レイチェル 私は物語を書く時には必ず、現実を入れ込むようにしています。フィクションは架空のものですが、現実と地続きにある世界の物語だとみなさんに感じてもらいたいと思っているんです。自分が経験していないことを経験したかのように思え、またその経験によって自分が広がっていくような感覚になる。物語にはそんな魅力があると思います。『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』も、ぜひそういうふうに楽しんでいただきたいですね。

──ご自身では映画『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』はどんな魅力を持った作品になったと感じていますか。

レイチェル 例えば、風景。もちろん、小説の中でも言葉を尽くしてハロルドが見た風景を表現したつもりですが、映画の場合はそのままバーンと映像で見せることができる。それは映画ならではの魅力のひとつだと思いますね。例えば、小さなブラックベリーにズームしてから、この先何kmも続いていくだろう、ものすごく広大な風景を映してみたり。美しいディテールと広大な風景がひとつになっている。映画だからこそ、そういうものを観ることができるんだと思います。


レイチェル・ジョイス

イギリス生まれ。俳優・脚本家としてキャリアを重ね、本作の原作「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」で小説家デビューを果たし、2012年にイギリス文学の最高峰の賞であるマン・ブッカー賞とコモンウェルス作品賞にノミネート。同作は世界37カ国で刊行され、600万部を売り上げた

『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』

https://movies.shochiku.co.jp/haroldfry/

2022年/イギリス/108分

監督 へティ・マクドナルド
原作・脚本 レイチェル・ジョイス「ハロルド・フライのまさかの旅立ち」(亀井よし子・訳/講談社文庫)
出演 ジム・ブロードベント ペネロープ・ウィルトン ほか
配給 松竹

※6月7日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほかにて全国公開

©Pilgrimage Films Limited and The British Film Institute 2022