FLYING POSTMAN PRESS

アカデミー賞ノミネート外の注目作

人手不足の満床病棟、ある看護師の遅番
現代社会の歪みを目撃し、体感する92分

 監督を務めるのは、スイス出身で現在はドイツのベルリンとアメリカのNYに拠点を置いて活動するペトラ・フォルペ。ドイツ出身で、『ありふれた教室』(2022)や『セプテンバー5』(2024)の演技が高く評価され、今や世界的に引く手あまたのレオニー・ベネシュを主演に迎え、誠実で献身的な看護師の視点で世界が向き合うべき病院の現実をスリリングに描き出す。第 75 回ベルリン国際映画祭でワールド・プレミア上映されて称賛されたほか、アメリカの映画批評サイト「Rotten Tomatoes」では 97%フレッシュを獲得(2026年2月時点)。第 98 回アカデミー賞国際長編映画賞の最終候補リストにも選出されるなど、世界の映画界から高い評価を受けている。さらにスイスで4 週連続で興行収入1位を記録したほか、近隣のドイツ、オーストリアでも大ヒット。批評・興行の両面で成功した1本として注目されている。

 少子高齢化が進む日本では医療・福祉に携わる人材の需要が高まるばかりで、現場は慢性的な人手不足にあえぎ、過酷な労働環境の改善が求められている。そしてこれは日本のみならず世界の問題であることが、本作を観るとよくわかる。

 人手不足の満床病棟で、絶え間なく看護師に降りかかる激務と不測のトラブル。観ながら主人公の看護師に同化し、8時間の壮絶な勤務をリアルに体感することになるはずだ。


point of view

 スイスのとある州立病院の外科病棟に勤める看護師フロリア・リントのある日の遅番(8時間勤務)を描いた本作。役作りのために州立病院でのインターンシップを修了し、医療機器の操作や薬品の扱い方を習得したというレオニー・ベネシュの説得力に満ちた身体表現、主人公に寄り添い、その心の動きまで生々しく捉えたカメラワーク、計算された音楽。そのすべてをしっかりと噛み合わせ、医療ものと聞いて思い浮かべるものとは別次元の高みへと本作を引き上げている。

 ただでさえ人手不足の職場だが、この日のフロリアは普段以上に過酷な状況にある。看護師チームのひとりが病気で休んだため、フロリアはもうひとりの同僚と手分けして 26 人の入院患者を看て、看護学生の指導もしなくてはならない。それでも誠実に患者たちに接しようとするフロリアだったが、各患者の要望やクレーム、ほかの病棟からひっきりなしにかかってくる電話、緊急のナースコールへの対処を迫られ、やがては臨界点に達する。フロリアの焦燥や葛藤がまざまざと伝わってきて、観ているこちらも息苦しくなってしまうほどだった。

 主人公だけではなく、患者たちも細やかに描写している点がまた素晴らしい。かわいそうな患者、あるいは迷惑な患者というようにカテゴライズするのは避け、それぞれの人間性や複雑な事情もしっかりと感じ取らせる。だからこそ、フロリアと患者たちの物語は奥行きのある人間ドラマに。病院で生と死の狭間に置かれた人々の切実な感情が本作には息づいている。

 まさに、今そこにある危機。見て見ぬふりをする現代人への警鐘の1本。フロリアの8時間を心して見届けたい。


『ナースコール』

https://nursecall-movie.com

2025年/スイス・ドイツ/92分

監督・脚本 ペトラ・フォルペ
出演 レオニー・ベネシュ ソニア・リーゼン アリレザ・バイラム セルマ・ジャマールアルディーン ほか
配給 スターキャットアルバトロス・フィルム

※3月6日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて全国公開

©2025 Zodiac Pictures Ltd / MMC Zodiac GmbH

ハマスに拉致された娘の救出のため
分断を超えて奔走する家族を追いかける

 第75回ベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞し、第98回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞の最終候補リストにも選出された1本。

 2023年10月7日、ハマスとそのほかのパレスチナ武装勢力がイスラエル南部のガザ包囲域に武力侵攻した。監督を務めるブランドン・クレーマーが兄のランスと共にイスラエルの親族に安否確認したところ、親族のイェフダの娘リアットと夫のアヴィヴがガザ地区で人質となった可能性が高いことを知り、イェフダら家族の姿を記録する必要があると感じたという。そして、本作が生まれた。ハマスに人質として拉致されたリアット・ベイニン・アツィリとその夫アヴィヴを生還させるために奔走するイスラエル系アメリカ人家族を追いかける。

 リアットの父イェフダはフィラデルフィア出身のアメリカ人で、1973年に妻のハーヤと共にイスラエルに移住。リアットもアメリカで生まれ、イスラエル国籍のほかアメリカ国籍も持つことから、イェフダはバイデン政権に働きかける代表団の一員に。しかしそこで、人質家族の存在がイスラエル政府による戦争継続の理由として利用されている現実を知り、愕然とする。

 ハマスに家族を拉致されたイスラエル人家族を追ったドキュメンタリーだが、視点は一方的なものではない。家族の救出を巡り、家族それぞれの考え方、価値観の違いも浮き彫りになっていく、というのがポイント。イスラエル・パレスチナ問題に多層的な視座をもたらすドキュメンタリーが誕生した。


point of view

 ハマスに拉致されたリアットとその夫アヴィヴを救出するために奔走するイスラエル系アメリカ人家族。人質解放や激化する戦争の終結、和解への道筋について、家族のそれぞれの考え方が違うことが浮き彫りになり、ハッとした。つまり、家族が拉致されるという最悪の事件が、家族一人ひとりのアイデンティティや思想、価値観を見つめるきっかけとなったわけだ。この多層的な視座こそ本作の軸となるもの。彼らがその違いをどう受け止め、時にはすれ違いながら、最終的にどう乗り越えていくのか。その姿に大いに考えさせられることとなった。

 本作に登場する家族のような人たちばかりではないことはわかっている。でも、彼らを観ていると、この先に希望がないわけでもないと思えてくる。何より、本作のラストである人物がある答えを出すさまに大いに心が動かされることとなった。さまざまな視点を知り、さまざまな角度から物事を見つめ、考える大切さを痛切に感じる1本。本作が何かのきっかけになることを願わずにはいられない。


『ホールディング・リアット』

https://unitedpeople.jp/liat

2025年/アメリカ/97分

監督 ブランドン・クレーマー
出演 リアット・ベイニン・アツィリ イェフダ・ベイニン ジョエル・ベイニン ほか
配給 ユナイテッドピープル

※3月7日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて全国順次公開

©Meridian Hill Pictures