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3月公開:アカデミー賞ノミネート

妙演を味わい、独特の画世界を楽しむ
3月公開のアカデミー賞ノミネート作

 第98回アカデミー賞にノミネートされた作品が続々公開を迎えている。今回ピックアップするのは、3月に日本で公開される3本。伝説の作詞家の忘れられない一夜を描いた物語に、野心家の青年の無茶苦茶な奮闘ぶりを描いた1本、2歳の女の子が見つめる世界を描いたアニメーション映画。3月15日(※日本時間16日)に行われる授賞式を前に楽しみ、オスカーの行方を予想してみては?



リンクレイター監督×イーサン・ホーク
作詞家ロレンツ・ハートの魂の物語

 『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離 』(1995)、『ビフォア・サンセット』(2004)、『ビフォア・ミッドナイト』(2013)から成る珠玉の恋愛3部作や、『6才のボクが、大人になるまで。』(2014)で組んできた、脚本家で映画監督のリチャード・リンクレイターと俳優イーサン・ホークの最新タッグ作。リンクレイターの友人である小説家ロバート・カプロウが初めて手がけた脚本をもとに、アメリカを代表する作詞家のロレンツ・ハートの視点から、彼がかつて名コンビを組んだ作曲家リチャード・ロジャースが別の作詞家と組んでミュージカル『オクラホマ!』を生み出し、その初演の成功を祝う宴が催された一夜を描き出す。

 本作の構想は10年以上前からあったというが、『オクラホマ!』初演の夜、47歳だったロレンツ・ハートの物語をイーサン・ホークが自然に演じられるよう、時間を置くことに。機は熟し、辛辣でウィットに富み、哀愁にも満ちた中年作詞家を見事に体現している。さらに、ハートの良き相談相手であるバーテンダーのエディにボビー・カナヴェイル、ハートが思いを寄せる大学生エリザベスにマーガレット・クアリー。イーサン・ホークの妙演を盛り立てている。

 人は何によって救われるのか。そして、何を手放しながら生きていくのか──。第98回アカデミー賞で脚本賞、主演男優賞にノミネートされている、ある作詞家の忘れがたい夜を深く味わいたい。


point of view

 前述の通り、本作の主人公である作詞家ロレンツ・ハートは作曲家リチャード・ロジャースと共に数々の名作を生み出してきた。本作が描くのは1943年3月31日、リチャード・ロジャースが作詞家オスカー・ハマースタイン二世と組んで作ったミュージカル『オクラホマ!』の初演が大成功となった夜の物語。ハートとロジャースが道を違えた夜、それはハートの視点では、“文化の中心から静かに置き去りにされた夜”と言える。脚本を手がけたロバート・キャプロウは、ハートと、エリザベスという名の若い女性が送り交わした手紙をもとに本作の物語を着想した。もし、ふたりが実際に会っていたら? もし、ハートが彼女に恋をしていたら? そんなふうに想像を膨らませていき、キャリアが下降する中年作詞家の美しくも哀しく、切ない物語を書き綴っていった。

 上映時間100分、主人公のハートはしゃべり続ける。その言葉はウィットに富み、その視点は辛辣で、でも同時に哀しい。そして、わずかしかない“しゃべるのをやめた瞬間”の表情や佇まいがハートの心情を雄弁に物語る。ハート役のイーサン・ホークの妙演に尽きる一作。年齢を重ねて役に追いついた俳優の見事な仕事を堪能したい。

『ブルームーン』

https://longride.jp/bluemoon

2025年/アメリカ/100分

監督 リチャード・リンクレイター
脚本 ロバート・キャプロウ
出演 イーサン・ホーク マーガレット・クアリー ボビー・カナヴェイル アンドリュー・スコット ほか
配給 ロングライド

※3月6日(金)より新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開

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ティモシー・シャラメが最高の最低男に
卓球世界一を夢見る青年が起こす大騒動

 監督と脚本を務めるのは、『アンカット・ダイヤモンド』(2019)などを手がけるジョシュ・サフディ。ティモシー・シャラメを主演に迎え、実在の卓球選手マーティ・リーズマンの人生に着想を得て、野心に燃える青年の世界を股にかけた大騒動を描き出す。第98回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、脚本賞、撮影賞、編集賞、美術賞、衣装デザイン賞、キャスティング賞にノミネート。ティモシー・シャラメは『君の名前で僕を呼んで』(2017)、『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(2024)に次ぐ主演男優賞ノミネートとなり、三度目の正直、と本命視されている。

 さらに、マーティに翻弄される元大物女優のケイ・ストーンに、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)以来の映画出演となるグウィネス・パルトロウ。マーティの幼馴染みで不倫相手のレイチェルに新星オデッサ・アザイオン。そのほか、マーティの親友ウォーリーに世界的ラッパーのタイラー・ザ・クリエイター、マーティの宿敵となる日本人卓球選手のエンドウに東京2025デフリンピック卓球男子団体で銅メダルを獲得した川口功人が抜擢されている。

 大ボラ吹きで夢想家の最低男が、最高のロマンを求めて大奮闘。ひたすら利己的に栄光を追い求めたマーティが見つけた、夢より大事なものとは──。複数のカメラと広角レンズを同時に使って撮影された、臨場感とドラマ性に満ちた卓球シーンにも注目を。


point of view

 やはり注目は、第98回アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされているティモシー・シャラメだろう。ティモシー・シャラメが演じる主人公マーティは鮮烈だ。物語の時代背景である1952年当時は“これからのスポーツ”だった卓球を土台に、マシンガン・トークのニューヨーカーが何がなんでも成功するのだとがむしゃらに行く。正直最初はマーティが承認欲求モンスターに見え、どうしてここまで利己的になれるのかと呆れるほどだった。だが、物語が進むほどにマーティの動機が見えてきて、思いがけず心が動かされることに。繰り返すが、マーティは利己的な人間でその点は最後まで変わらない。それなのについ応援したくなる。ティモシー・シャラメはそんな、憎らしくも魅力的な青年像を結んでいる。ティモシー・シャラメは白でも黒でもない、狭間で揺れる人間を実に魅力的に表現する。三度目の正直となってオスカーの栄冠を手にすることができるのか、注目して見守りたい。

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』

https://happinet-phantom.com/martysupreme

2025年/アメリカ/149分

監督・脚本 ジョシュ・サフディ
出演 ティモシー・シャラメ グウィネス・パルトロウ オデッサ・アザイオン ケビン・オレアリ― タイラー・オコンマ ほか
配給 ハピネットファントム・スタジオ

※3月13日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開

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魔法のような世界を生きていたあの頃
日本生まれのベルギー人女の子の成長譚

 神戸生まれのベルギー人作家アメリー・ノートンによる自伝的小説「チューブな形而上学」を原作に、『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』(2015)などでレミ・シャイエ監督と共に仕事をしてきたマイリス・ヴァラードとリアン=チョー・ハンが監督・脚本家としてデビュー。1960年代の日本で生まれ育ったベルギー人の女の子アメリの目覚めと成長を描き、2025年アヌシー国際アニメーション映画祭で観客賞を受賞するなど、世界の映画祭で注目を集めたほか、第98回アカデミー賞でも長編アニメーション賞にノミネートされている。

 2歳の主人公アメリの目に映る世界はカラフルで生命力に溢れ、彼女の感性と個性を伝える言葉が物語をより豊かにしていく。観る人それぞれの幼少期の記憶を呼び覚まし、出会いや喪失についての物語が普遍的な感動を呼び起こす珠玉のアニメーション映画。日本人作曲家の福原まりが手がけた多彩な映画音楽にも注目を。


point of view

 目覚めて以来自分自身を“神”と思い、無敵かつ魔法のような世界を生きている2歳の女の子アメリ。ベルギー人外交官の家に生まれ、日本の神戸で育った女の子を通して世界を見つめ、世界を知っていく、そんな映画だ。まず注目したいのは、輪郭線のないグラフィック・スタイル。本作はデジタルで制作されているが、手描きのような味わいがある。線画と水彩絵の具の世界、とでも言い表せばイメージしやすいか。形は丸みを帯び、パステル調の色彩は独特の質感を備え、全体的に透明感のある画世界が広がっている。

 何より、物語り方が素晴らしい。子どもの感覚、ものの見方が巧みに映し出されている。アメリが見つめるものはなんでも特別なものに見えるから面白い。家政婦のニシオさんとの交流にも心を揺さぶられる。ニシオさんのあたたかさに包まれながら、ニシオさんの悲しみに触れながら、アメリは心を育てていく。そして、ある真実を見出すことになる。自分は神で世界を創造したものだと思っていたけれど、実は世界の一部だったのだと。

 子どもだったあの頃の感覚は二度と戻らないと思っている大人たちに特におすすめしたい1本。あの頃の感覚がここにある。アメリの目を通して、世界と出会い直すひとときを。


『アメリと雨の物語』

https://littleamelie-movie.com

2025年/フランス/77分

監督 マイリス・ヴァラード リアン=チョー・ハン
声の出演 (日本語字幕版)ロイーズ・シャルパンティエ ヴィクトリア・グロボア ユミ・フジモリ ほか
(日本語吹替版)永尾柚乃 花澤香菜 早見沙織 ほか
配給 ファインフィルムズ

※3月20日(金・祝)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開

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