FLYING POSTMAN PRESS

アジアでヒット中の茉ひるとは?

SNS総フォロワー90万超
アジアでヒットの茉ひるがメジャー進出

 2024年にリリースした『フレグランス』がSpotifyの台湾バイラルチャートで1位を獲得、続いて香港でも1位を記録し、チケットは即完売するなどアジア圏で大きな話題となっているシンガーソングライター・茉ひる。

 2025年から国内外を回る<ASIA TOUR 2025-2026 「Serendipity」>を敢行し、新曲『百日草』をワーナー・ミュージックからリリースした彼女は、アジアツアーでどんな景色を見て今何を感じているのか。

 話を進めていくうちに見えてきたのは、好奇心旺盛で歌うことが好きな女の子、という印象。一方で、自分を追い込んで一つひとつの課題と向き合い、より良い形を求めていくストイックさが、まだ誰も歩いたことのない道を築き上げていく、茉ひるの力強さなのかもしれない。

ヘアメイク:宇野優美
取材・文:俵本美奈



アジアツアーでは変わらない愛を感じた

──2025年から始まった<ASIA TOUR 2025-2026 「Serendipity」>が1月31日の三重公演で一旦ファイナルを迎えますが、ここまで回ってきて、いかがですか?

茉ひる 日本はもちろん、海外をたくさん回るなかで、どこへ行っても変わらない愛ってあるんだなということを強く感じました。セットリストの最後を私の代表曲でもある『フレグランス』にしていたのですが、どの会場でも最後に日本語詞の『フレグランス』をみんなで歌ってくださって。

──感動的ですね。

茉ひる その大合唱に感動して、涙はツアーファイナルまで残しておきたいと思っていたのですが、思わず飛び出しそうになりました。嬉しかったですね。

──追加公演として5月に決まった台湾公演も、すでにソールドアウトしています。台湾はやはり特別な場所ですか?

茉ひる そうですね、訪れるごとに人の温かみを感じて、どんどん特別になってきています。ライブごとに歌ってくださる方も増えていますし、ライブで私の涙腺が危なくなった時には「大丈夫だよ」と声をかけてくださったり、ライブ終了後にお客さんと1対1でお話ししたり撮影する時間を設けているのですが、その時は私の顔が少しでも小さく写るように「ちょっと後ろに下がって」と気遣いしてくださったり(笑)。「小さく見えたいでしょ?」って。そんなことまで言ってくれるんだとびっくりしました。

──ここまでアジア圏で大ヒットしているのは、茉ひるさんに何か繋がりがあったり言語が話せたからというわけではないんですね。

茉ひる まったくありませんでした。毎回伝えたい思いをその土地の言葉で練習しては行くのですが、言葉を話せるわけではなくて。それでも「覚えてきてくれてありがとう」と喜んでいただけるので、私の活力にもなっています。

──他に台北、高雄、韓国、香港、タイ…とアジア各地を回る中で思い出に残っていることはありますか?

茉ひる 台北、高雄でのライブの時に、ライブ中に臭豆腐を食べてみたんです。後から「日本人でやった人を見たことがない」と言われたんですけど(笑)。独特の香りがする臭豆腐をステージで食べてみたらどうなるかなとライブの前日に思いついて、マネージャーには驚かれたんですけど、実行しまして。

──台北、高雄の方にとってはソウルフードのようなものですもんね。お客さんの反応はいかがでしたか?

茉ひる その日一番盛り上がったんじゃないかというくらい、『フレグランス』と同じくらい盛り上がりました(笑)。その後に歌う曲は、マイクと口の間で臭豆腐の臭いが漂っていましたが、楽しかったですね。国によってお客さんの乗り方が違ったりレスポンスが違ったりするのも面白くて。どこも皆さん優しくて、ごはんもおいしくて、良い旅でした。

──海外を回ることで、歌うことや楽曲作りに何か変化はありましたか?

茉ひる ありました。例えば失恋ソングを日本で歌うと、皆さん歌詞に集中してしんみり聴いてくださることが多いのですが、私の楽曲は失恋ソングでもBPMを上げている曲が多いので、海外で歌う場合は、同じ歌でも皆さん歌詞の意味にとらわれず、盛り上がってくださるんです。だから失恋ソングはBPMを下げて思い切りバラード曲にすれば、海外の皆さんの反応はどう変わるだろうというのが、今私の気になっているところです。

──なるほど。確かにそれは変わるかもしれないですね。

茉ひる いろいろ試してみて、そこでわかることがあって、という繰り返しなのかなと思っています。

──茉ひるさんの音楽活動の始まりはストリートライブとのことですが、その前は何かされていましたか?

茉ひる その前は、ひとりでカラオケに行って歌っていました(笑)。中学生の頃は「歌うことが好き」というのを誰にも言えなくて、親に内緒で電車に乗ってひとりでカラオケボックスに行って歌ったり、自分の部屋で勉強中に小声で歌ったりしていました。

──そこからプロシンガーの道へ進むまでにはどのような経緯があったのでしょうか。

茉ひる 私は高校を卒業して工場で働くようになったのですが、そしたらコロナ禍が始まって。

──2020年ですね。

茉ひる はい。カラオケで歌う以外に社会人陸上を続けていたのですが、競技場が使えなくなって陸上もできなくなってしまったんです。何のために生きているのかわからなくなって、さらに失恋もしてどうしようみたいな気持ちになってしまって。そんな時にたまたま路上ライブというものを初めて観て、思わず立ち止まって聴きたくなる歌声に感動したんです。そのシンガーの方に「歌ってみたら?」と言っていただいたことが始まりでした。

──そこからわずか5年ほどでアジアを回るようになるという未来が待っているんですね。

茉ひる 路上ライブで自分が歌うことでこうして聴いてくれる人がいるんだということに気づけたのが大きかったのだと思います。私は飽き性なところがあるので、何が起こるかわからないくらいのほうがいつも新鮮な気持ちでいられて面白いのかもしれません。