FLYING POSTMAN PRESS

毎熊克哉主演映画『安楽死特区』

生と死、愛を描く映画『安楽死特区』
主演・毎熊克哉が振り返る撮影の日々

 在宅医として2,500人以上の患者を看取った医師で作家の長尾和宏による同名小説を原作に、高橋伴明が監督を、毎熊克哉と大西礼芳が主演を務めた映画『安楽死特区』が1月23日(金)より公開される。

 もしも近未来の日本で<安楽死法案>が国会で可決されたら――。そんな仮定のもとで、“死にたいと願う人たち”と、“生きていてと願う人たち”の姿を描いた本作。毎熊克哉は、回復の見込みがない難病を患う主人公・酒匂章太郎を演じている。

 尊厳とは何か、日本人の死生観、愛とはどんなものなのか。観客にそんな問いを投げかける1本、その撮影の日々を毎熊克哉が振り返る。

写真:徳田洋平 スタイリング:カワサキ タカフミ ヘアスタイリング&メイクアップ:星野加奈子 取材・文:佐藤ちほ



言葉で生きてきた人間だからこそ

──近年、安楽死をテーマとする映画は世界的に多くなっていますが、『安楽死特区』の鑑賞感は新しかったです。それぞれの主張がぶつかり合うさまがスリリングでしたし、“死にたい側”と“生きていてほしい側”の思いがせめぎ合うさまも、日本的な価値観に基づいているように感じました。

毎熊 確かにそういうものが映画に入っていると思います。安楽死をテーマにしつつ、そこからもっと大きな死生観みたいなものまで描いている。おそらくその死生観には、日本人独特のものがあるのかなと思います。

──『「桐島です」』(2025)に続く高橋伴明監督とのタッグ作ですが、企画としては本作のほうが先にあったとか。

毎熊 そう聞いています。『安楽死特区』を撮るつもりで動いていたところ、桐島聡(※1974年と1975年に起こった東アジア反日武装戦線による連続企業爆破事件の被疑者で、全国指名手配されていた。2024年1月25日に偽名で入院中、自ら本名を名乗り、4日後に死亡した)のニュースが流れた。これは一刻も早く撮らないと、ということで『「桐島です」』を企画し、先に動かすことになったそうです。「2本どうだ?」という感じで、同時にオファーをいただきました。

──2本の映画への出演を同時に打診されるというのは、なかなかない形ですね。

毎熊 そうですね。また、脚本を読ませてもらったら、まったく違う方向に難しい2作品だったので。『「桐島です」』は2024年の夏に、『安楽死特区』は2024年の12月に撮影したので、数カ月は空いたんです。その間、また別の作品の撮影もしつつですが、『安楽死特区』のテーマである安楽死のことや、僕が演じる章太郎という役が背負っている病のことを調べてみたりしました。ただ、ひとつギリギリまで準備できなかったことがあって。章太郎はラッパーという設定なのですが、ラップだけは楽曲ができあがらないことには練習ができなかった。ラップの練習を始めたのは、クランクイン2週間前ぐらいだったと思います。

──脚本を読んだ上で、章太郎の人物像はどう感じていましたか。

毎熊 いちばんは“言葉”ですよね。自分の言葉を持っている人間としてずっと生きてきたけれど、若くして難病を患ってしまった。『安楽死特区』は安楽死法案が国会で可決された近未来の日本を舞台にしていますが、章太郎は安楽死に反対の立場にあって、特区の施設に監視目的で入るんです。施設に入ってからも“安楽死に反対な自分”を貫こうとしつつ、同時に揺れ動いてしまってもいる。章太郎は言葉で生きてきた人間だからこそ、言葉で嘘はつきたくないんですよね。自分が揺れ動いてしまっているものだから、言葉が出てこなかったりもする。そういうところがこの人物の面白いところだと思っていました。あと、台詞自体がすごく音楽的というか。表現が難しいんですけど、台詞っぽくないというか。

──確かに、ラップのリリックのような雰囲気があります。

毎熊 そういうところがあるんです。また、章太郎だけではなくて、章太郎以外のキャラクターの台詞にもそんな雰囲気があると感じていて。こればかりは、実際に自分の口から放ってみないことにはわからないなと思いました。自分の一部になった言葉を放って音にしてみる。その音でセッションする、みたいな。

──撮影前に脚本の読み合わせをする作品も多いかと思いますが、本作は?

毎熊 なかったです。初めて合わせたのは現場でした。ホン読みをするかしないかというのは座組によるものですが、(高橋)伴明監督はどちらかと言うと、なるべく少ない回数で撮ろうとされる。この作品もそうでした。現場で一度だけテストをして、その後はどんどん本番を撮っていく感じでした。

──まずテストで言葉を放ってみて、本番前に調整する、という流れになったのでしょうか。

毎熊 そうですね。まず言葉を放ってみてからいろいろ考え、都度調整はしていったと思います。ただ、具体的にここはこう考えて…みたいなことではなかった気がします。相手と波長を合わせていくのも無意識のうちに、という感じでした。特に章太郎と、パートナーの歩の掛け合いはそうでしたね。歩役の大西(礼芳)さんとは1年のうちに二度共演する機会があり、お互いの感じをわかっていたというのも大きかったと思います。そんなにがんばって合わせようとしなくても良かったというか。

──大西さんの演技の魅力と言うと?

毎熊 ご本人は「私、あまり考えていません」と言いますが、おそらく、いろいろ考えていると思うんです。かつ、ちょっと動物的というか。どんな感じで来るのか想像がつかないところがあって。だから、大西さんと一緒に芝居するとすごく生っぽくなる。そういう感覚があります。

──大西さんの演技を受け、ご自身が想像していなかったものが出る瞬間もあるわけですか。

毎熊 あります。歩が章太郎に、「安楽死に反対だよね」という感じで確認するシーンが映画の初めのほうにあって。反対だと答える章太郎に対し、歩は「そうだよね」と言いながらも、本当は章太郎が内心では揺れ動いていることに気づいているんじゃないかなと。大西さんの芝居を受け、なんとなくそんな気がしました。また、大西さんの芝居ってすごいエネルギーがあって。章太郎の内心の揺れに気づいている感じがありつつ、「そうだよね」という返しはすごく強く来る。大西さんのそんな感じに、想像していた以上に励まされました。ラップを作っている時、ふたりが「まだまだ」と言い合うところもそうでしたね。章太郎が内心では「もう…」と思っているところに、大西さんが「まだまだ」と強く来ることで、そうだよね、まだまだだよねと思えるところがあった。歩の思いと共鳴したというか。脚本を読んでいる時には、あの場面でそうなるとは思っていなくて。大西さんと一緒に演じたことで、あの感情が芽生えたんだと思います。