FLYING POSTMAN PRESS

舞台に立つ人の人生を描いた映画

自分自身の心、人生と向き合うその時
ステージに立つ人々の人間ドラマ

 ステージに立って素晴らしいフォーマンスを披露し、観衆を魅了する俳優やアイドルは別世界の住人のようだが、彼らも人間。ステージに立つ人々がさまざま思い悩み、もがきながらも自らの人生と真摯に向き合うさまを描いた映画がこの冬、続々公開となる。



ジェシカ・ラングが迫真の演技を披露
誇り高き大女優、人生最後のステージへ

 『トッツィー』(1982)で第55回アカデミー賞助演女優賞、『ブルースカイ』(1994)で第67回アカデミー賞主演女優賞を受賞。そのほか、エミー賞 3回、トニー賞1回受賞という輝かしい経歴を誇る名優ジェシカ・ラングの主演最新作。俳優、映画監督、脚本家、舞台演出家として幅広く活躍するマイケル・クリストファーが監督を務め、長らく演劇界の第一線で活躍してきた大女優リリアン・ホールが認知症を患い、病状が悪化する中でも執念で逆境をはねのけ、キャリアのフィナーレとなるアントン・チェーホフの戯曲「桜の園」のブロードウェイ公演に挑む姿を映していく。主人公リリアンのモデルはブロードウェイの伝説的女優であり、晩年は認知症に苦しんだマリアン・セルデス。実話の映画化ではないものの、セルデスの姪にあたるエリザベス・セルデス・アナコーンが脚本を手がけ、ドラマに真実味を帯びさせている。

 リリアンの苦境を陰ながら支えるアシスタントのイーディスを人間味豊かに演じるのは、『ミザリー』(1990)で第63回アカデミー賞主演女優賞を受賞したキャシー・ベイツ。『007』シリーズの5 代目ジェームズ・ボンドとして知られるピアース・ブロスナンがリリアンの隣人である元芸術家のタイに扮し、小粋なユーモアを添える。さらに、ブロードウェイ女優として活躍し、名優ジル・クレイバーグと脚本家デヴィッド・レーブの娘であるリリー・レーブが芸術一家の特殊な環境で育ったリリアンの娘、マーガレットの苦悩をリアルに体現している。

 病魔に抗いながら理想の人生の締めくくり方を追求するリリアンの勇気と情熱、リリアンと苦楽を共にしてきたアシスタントとの友情、芸術仲間や若き演出家との交流、わだかまりを抱えた娘との和解…。それらが重層的に織り込まれた本作は、誰しもに訪れる人生の晩秋についてのさまざまな示唆に富み、この上なく深い感動を呼び起こす。

 認知症についての物語ではない。舞台に立つ女優として致命的な危機に直面した主人公が、長きにわたって全身全霊で演劇に取り組んできた自分自身とどう向き合い、どうエピローグを生きるのか。つまり、過酷な運命に直面した人間の勇気を描いた物語と言える。

 なんと言っても、主人公であるブロードウェイの大女優リリアン・ホールを演じるジェシカ・ラングがすごい。その代表作には映画では『女優フランシス』(1982)や『ブルースカイ』(1994)、舞台ではブロードウェイ・デビュー作の「欲望という名の電車」(1992)などが挙げられるが、それらの作品で演じたのはいずれも神経症的な役柄だった。もちろん、過去に演じた役柄と同じというわけではないが、本作の主人公リリアン・ホールにはそれらと通じるものがあり、“辿り着いた役柄”という印象がある。精神の崩壊がどう人間に影響するのかを表現させたら、右に出る者はいない。さらに言えば、ジェシカ・ラングは自身が長くうつ病と闘ってきたことを告白している。演者と役柄の人生が重なり、その演技はこれ以上ないほど迫真性に富んでいる。

 自身のすべてを演劇に捧げてきた誇り高き大女優が、輝かしいキャリアの代償と向き合いながら、最期の舞台へと執念を燃やすその姿には圧倒されること請け合い。主人公リリアン・ホールと、主人公を演じたジェシカ・ラング。ふたりの大女優の人生とその仕事ぶりに拍手を送りたい。

『喝采』

http://lillianhall.ayapro.ne.jp/

2024年/アメリカ/110分/PG12

監督 マイケル・クリストファー
声の出演 ジェシカ・ラング キャシー・ベイツ リリー・レーブ ジェシー・ウィリアムズ ピアース・ブロスナン ほか
配給 彩プロ

※1月9日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開

©2024 Crazy Legs Features LLC


冷戦下のスイス、劇団に潜入する警察官
ようこそ、恋と嘘が戯れる舞台へ

 『Der Freund(原題)』(2008)や『Die Standesbeamtin(原題)』(2009)、『まともな男』(2015)などを手がけたスイスの映画監督ミヒャ・レビンスキーの最新作。舞台は1989年、ソ連の共産主義に対する恐れが蔓延する冷戦下のスイス。反体制派の情報収集と監視のため、デモ活動を展開していた劇場への潜入捜査を命じられた警察官が、監視対象の主演女優と恋に落ち、劇団員たちとも交流を深めるうち、自らの任務に疑問を抱くようになる様子を映していく。

 主人公の警察官ヴィクトール・シュエラーをフィリップ・グラバー、彼が恋する主演女優のオディール・ヨーラをミリアム・シュタインが好演。そのほか、演劇をメインフィールドに活躍する俳優たちが劇団員役を担い、稽古や本番のシーンにリアリティを備える。

 政治的なテーマを、ユーモアとロマンスを巧妙に織り込みながら届けるバランスの良い1本。従うべきは任務なのか、それとも心なのか──。笑い、胸が高鳴り、やがては気づきを得られるポリティカル・ロマンスコメディがここに。

 ミヒャ・レビンスキー監督は劇場という空間を、「外の世界の現実を映し出す小さな世界」と考えている。つまり、劇場内の人間模様は“社会を映す鏡”というわけだ。当時のスイスの社会全体がそうだったように、劇場という閉ざされた世界でも人々は監視し合い、疑いの種をあちらこちらに蒔いている。その状況をどうしたら打破できるのか。主人公は、“自分とは違う人”に好意を抱き、その人のことを知ろうとする中で新しい価値観やものの見方に触れ、やがてはこれまでの自分の生き方を省みることになる。それも、とびっきりユーモラスでロマンティックな流れの中で。

 さらに言えば、劇中劇となるシェイクスピアの「十二夜」は“鏡の中の鏡”となる。「十二夜」の世界と主人公の現実世界が重なり、やがては映画を観ている人たちの現実世界まで重なっていく。その重層構造も面白い。

 “政治的なテーマを重厚に語る”というものではない。むしろ、トーンはロマンティック・コメディに近い。テーマの重さと語り口の軽さがいい塩梅となっている。舞台俳優のフリをする警察官のドタバタぶりを笑っていたら、いつの間にか深いテーマについて考えを巡らせていた。そんな楽しみ方ができるはずだ。

『役者になったスパイ』

https://culturallife.co.jp/yakushaspy

2020年/スイス/102分

監督 ミヒャ・レビンスキー
出演 フィリップ・グラバー ミリアム・シュタイン マイク・ミュラー ミヒャエル・マールテンス ほか
配給 カルチュアルライフ

※1月23日(金)より恵比寿ガーデンシネマ、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開

©Langfilm / Bernard Lang AG 2020


深田晃司監督作×齊藤京子映画初主演
心を縛るルールに迫る、かつてない物語

 『淵に立つ』(2016)で第69回カンヌ国際映画祭ある視点部門において審査員賞を受賞し、前作『LOVE LIFE』(2022)が第79回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門に選出されるなど、世界の映画界が注目する深田晃司監督。第78回カンヌ国際映画祭カンヌ・プレミア部門への正式出品を果たした最新作では、元アイドルの女性が恋愛禁止ルールを破り、賠償命令が言い渡された実際の裁判に着想を得て、自ら企画、共同脚本も手がけ、日本独自のアイドル文化とその暗黙のルールに鋭く切り込んでいく。

 オーディションで「これは自分がやるべき映画だ」と強い思いを語り、主人公・山岡真衣役を射止めたのは、アイドルグループ日向坂46の元メンバーであり、2024年にグループを卒業してからもドラマにバラエティ番組にと引っ張りだこの齊藤京子。初主演映画となった本作で、清廉さの裏に隠されたひとりの女性としての葛藤をリアルに表現し、高い評価を受けている。さらに、真衣と恋に落ちる中学時代の同級生・間山敬に倉悠貴、野心的なマネージャー・矢吹早耶に唐田えりか、事務所の社長・吉田光一に津田健次郎。主人公が所属する劇中アイドルグループ「ハッピー☆ファンファーレ」のメンバーには仲村悠菜、小川未祐、今村美月、桜ひなのら、俳優であり、現役&元アイドル、ミュージシャンでもある面々が集結。音楽プロデューサーを務めるagehaspringsの玉井健二による劇中アイドルソング、数々のアイドルやアーティストを手がける竹中夏海による振り付けも完璧にこなし、映画に説得力を持たせている。

 アイドルグループに所属するメンバーの“恋愛禁止ルール”は、日本においては暗黙の了解と言っていいだろう。暗黙の了解どころか、本作の主人公が所属する事務所では、所属アイドルと結ぶ契約書に“恋愛禁止ルール”を明文化しているぐらいだ。ファンはアイドルと疑似恋愛を楽しむ一方で、アイドル本人たちは恋愛を禁じられる。そんな矛盾を抱えながらも夢を追いかけるアイドルがある日、恋をした。やがては事務所に訴えられ、裁判を闘う中で改めて、“恋愛禁止ルール”と向き合うことになる。

 主人公の山岡真衣を演じる齊藤京子がいい。ステージ上のパフォーマンスやファンとのふれあいに説得力があるのはもちろん、“アイドルを職業にしているひとりの女性”の心の揺らぎを見事に伝えている。自分が正しいと信じてきたものは本当に正しかったのかと自問自答し、自分の人生を取り戻すために闘い抜こうとする主人公を観ながら、観客は自らの胸にも問いかけることになるはず。そして、正しさの基準が更新されるかのような感覚を味わえるはずだ。

 誰かを好きになるという、人間としてごく自然な感情がなぜ罪として裁かれるのか──。きらびやかな業界に存在する“心”を縛るルールに迫る、かつてない物語が誕生した。

『恋愛裁判』

https://renai-saiban.toho.co.jp/

2025年/日本/124分

企画・脚本・監督 深田晃司
共同脚本 三谷伸太朗
出演 齊藤京子 倉 悠貴 唐田えりか 津田健次郎 ほか
配給 東宝

※1月23日(金)より全国公開

©2025「恋愛裁判」製作委員会