CINEMA
この冬続々公開、坂下雄一郎監督作

新感覚の人間ドラマ、オリジナルの喜劇 坂下雄一郎監督の新作2本に注目
“入れ替わりもの”に新しい風を吹かせる人間ドラマ『君の顔では泣けない』。そして、自身の作家性を強く押し出したシニカルでブラックなコメディ『金髪』。『決戦は日曜日』(2022)などを手がける坂下雄一郎監督の新作2本が続々公開へ。坂下雄一郎の創作に焦点を当てつつ、紹介していく。

高校1年の夏、体が入れ替わったふたり あれから15年──30歳の夏の選択
第12回小説野性時代新人賞を受賞した君嶋彼方による同名小説を原作に、坂下雄一郎が監督と脚本を務めて映画化。ある日突然誰かの体と入れ替わってしまうという“入れ替わりもの”に、“15年入れ替わったまま”というかつてないアイディアを取り込み、相手の人生を守りたいという思いと、一方では自分の人生を失っていくという切なさが交錯する、新感覚の人間ドラマに仕立てている。
高校1年生の夏に体が入れ替わった坂平陸と水村まなみを演じるのは芳根京子と髙橋海人。芳根は“外見がまなみで中身が陸”を、髙橋は“外見が陸で中身はまなみ”を、絶妙にグラデーションをかけながら演じている。さらに、中沢元紀、前原滉、林裕太、大塚寧々、赤堀雅秋、片岡礼子、山中崇らがふたりを取り巻く人々を演じ、映画を盛り立てる。
映画化にあたって加えられた、“戻れる方法を見つけたかもしれない”という設定。15年もの間、体が入れ替わったのちに、“元に戻ったほうが良いのか、そのままでいたほうが良いのか”と、陸とまなみは自分自身に問いかける。30歳の夏、ふたりが出した答えとは──。
point of view
坂下雄一郎は“オリジナルで脚本を書き下ろし、自ら監督する”映画作家という印象が強いが、本作では君嶋彼方が著した小説を原作にして脚本を書き、監督している。だからか、 “らしさ”と“新しさ”が入り交じるものとなっている。第一に、坂下雄一郎監督作と言えばコメディだが、本作はコメディではない。 “他人の人生を生きる=自分の人生を失う”という点にフォーカスし、当事者ふたりの揺れ動く心情を丁寧に描く人間ドラマになっている。“らしさ”を感じるのは、ユーモアをちりばめているところ。時折、クスクスと笑ってしまう描写が入り交じることでエンタテインメント性は上昇。ユーモアがあることで、かえって悲しみや切なさが強く伝わってきたりもする。そのあたりのバランスは絶妙だ。坂下雄一郎が映画作家としての幅広さを示した1本。原作小説の芯をしっかりと捉えつつ自分のものとした、その手腕が光る。

『君の顔では泣けない』
https://happinet-phantom.com/kiminake
2025年/日本/123分
| 監督・脚本 | 坂下雄一郎 |
|---|---|
| 原案 | 君嶋彼方「君の顔では泣けない」(角川文庫/KADOKAWA刊) |
| 出演 | 芳根京子 髙橋海人 ほか |
| 配給 | ハピネットファントム・スタジオ |
※11月14日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開
©2025「君の顔では泣けない」製作委員会

岩田剛典、初の教師役はダサくてイタい 大人になりきれない教師vs金髪デモ
坂下雄一郎が監督と脚本を務め、日本独特のおかしな校則、ブラックな職場環境、暴走するSNSやネット報道といった社会問題を背景に、大人になりきれない中学校教諭が、生徒たちの金髪デモに振り回されながら成長していく様子を、皮肉と愚痴と笑いを交えて描き出す。ミュージシャンとして俳優として幅広く活躍する岩田剛典が、“ダサくてイタい”中学校教師・市川を好演。さらに、金髪デモを発案した市川のクラスの生徒・板緑に『流浪の⽉』(2022)の白鳥玉季。そのほか、門脇麦、山田真歩、田村健太郎、内田慈らが顔を揃える。
知っているふり、気づかないふり、大人のふりですべてを解決…してきたつもりの中学校教師を襲った世間を揺るがす大騒動。果たして主人公は、“イタい大人”から“まともな大人”へと成長し、すべての試練を乗り越えられるのか──。
point of view
坂下雄一郎がオリジナル作品で見せる基本的な姿勢は、シニカルな目線で人間の愚かさを浮き彫りにし、笑いに変えていくというもの。本作においては、“大人になりきれていない中学校教師”が思いがけぬ事態に翻弄されながらも少しずつ成長していく姿を、皮肉と愚痴と笑いたっぷりに描いている。岩田剛典が主人公の中学校教師・市川として表現する“爽やかさの向こう側のからっぽ具合”がだいぶ笑える上、ダサくてイタい主人公が“がんばってみる”姿には思いがけず感動させられたりもする。市川と生徒・板緑との絡みもいい。何度か出てくる市川と板緑が中学校の廊下を歩きながら言葉を交わすシーンは、本作の見どころのひとつ。本質を突く板緑の言葉に内心動揺しまくりの市川にクスクスと笑いながらも、観ているこちらもハッとさせられ、いつの間にか、当たり前だと思われていることが果たして本当に当たり前なのかと、考えを巡らせることになるはずだ。
『君の顔では泣けない』が坂下雄一郎の“らしさ”と“新しさ”が入り交じる1本だとしたら、本作『金髪』は“らしさ”全開の1本。現代の日本映画界で指折りの喜劇作家であることを改めて示している。

『金髪』
2025年/日本/103分
| 監督・脚本 | 坂下雄一郎 |
|---|---|
| 出演 | 岩田剛典 白鳥玉季 門脇 ⻨ 山田真歩 田村健太郎 内田 慈 ほか |
| 配給 | クロックワークス |
※11月21日(金)より全国公開
©©2025「金髪」製作委員会
