CINEMASPECIAL ISSUE
やっぱり冬はラブストーリー

献身的な恋愛、大人の恋愛、本能の恋愛 心の温度を上げる冬のラブストーリー
今年の冬も続々とラブストーリーが公開となる。切なくまぶしいラブストーリー×ミュージカル、肌触りリアルな大人の恋愛映画、“愛の激情”を映像と音でたたみかける不朽の名作。肌寒くなってきた今日この頃、さまざまな愛に触れて心の温度を上げるひとときを。

恋に“トリツカレ”た男が大奮闘 切なくまぶしい恋物語×ミュージカル
いしいしんじが著した同名小説を原作に、『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』(2014)などを手がける髙橋渉が監督を、劇団ロロを主宰し、『サマーフィルムにのって』(2020)などで脚本家としても活躍する三浦直之が脚本を担当してアニメーション映画化。何かに夢中になるとほかのことが目に入らなくなる“トリツカレ男”のジュゼッペが風船売りのペチカに一目惚れし、トリツカレて会得した数々の技を使って彼女が抱える心配事を解消しようとするさまをミュージカル仕立てで描き出す。
Aぇ! groupのメンバーであり、幼い頃からミュージカルに出演し、声楽を学んだ経験もある佐野晶哉が主人公ジュゼッペの、俳優のみならずアーティスト・adieuとしても活躍する上白石萌歌がペチカのボイスキャストを務め、それぞれミュージカルシーンの歌唱も担当。ドラマティックにエモーショナルに歌声を響かせ、映画を盛り立てていく。さらに、ジュゼッペの親友であるハツカネズミのシエロに、やはりミュージカルへの出演豊富な柿澤勇人。そのほか、山本高広、川田紳司、水樹奈々、森川智之らがジュゼッペとペチカを取り巻く人々の声を担当している。 主題歌「ファンファーレ」を担当するのはAwesome City Club。同バンドのatagiが手がけた多彩な劇中歌と劇伴にも注目を。

絵筆の運びを感じさせる画世界とでも言えば伝わるだろうか。カラフルであたたかくて躍動的でもあるその画世界で描かれるのは、献身的な愛の物語だ。自分の気持ちよりも好きな相手の気持ちを優先し、どうすれば相手が笑顔になるのかと一生懸命考え、自分にできる限りのことをする。その切なくも美しいジュゼッペの献身性は、どこか『街の灯』(1931)でチャールズ・チャップリンが演じたホームレスの男や、戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』の主人公の男のそれを彷彿とさせる。
ミュージカルシーンも効果的だ。ショーとして完成度が高いだけではなく、キャラクターたちの感情が歌になり、踊りになっていくさまがとても自然で、しっかりと心動かされるものになっている。
ラブストーリーとミュージカルシーンの相性の良さを再確認することにもなった。恋に落ちた瞬間のなんとも言えない浮遊感も、思いが届かずに感じる胸の痛みも、歌と踊りに乗ることで倍増。歌と踊りは、恋する人間の“感情のジェットコースター”を観る側も体感できるようにする仕掛けとも言えるのかもしれない。
『トリツカレ男』
https://toritsukareotoko-movie.com
2025年/日本/98分
| 監督 | 髙橋 渉 |
|---|---|
| 原作 | いしいしんじ『トリツカレ男』(新潮文庫刊) |
| 声の出演 | 佐野晶哉(Aぇ! group) 上白石萌歌 柿澤勇人 山本高広 川田紳司 水樹奈々 森川智之 ほか |
| 配給 | バンダイナムコフィルムワークス |
※11月7日(金)より全国公開
©2001 いしいしんじ/新潮社 ©2025映画「トリツカレ男」製作委員会

堺雅人と井川遥が初恋の相手同士に もう若くはない男女の、大人の恋の物語
第32回山本周五郎賞を受賞した朝倉かすみによる同名小説を原作に、『花束みたいな恋をした』(2021)の土井裕泰が監督を、日本映画界を代表する脚本家のひとりである向井康介が脚本を務めて映画化。中学時代の初恋の相手同士である男女が時を経て再会し、惹かれ合う姿を、原作では断片的に書かれていた初恋の記憶を掘り下げつつ、描いていく。
離婚して地元に戻り、印刷会社で働く主人公の青砥健将を演じるのは堺雅人。近年は強烈なキャラクターを演じることが多かった堺雅人だが、本作では普通の中年男性を年相応に演じている。青砥の初恋の人である須藤葉子に、堺雅人とはドラマ『半沢直樹』(2020)以来の共演となる井川遥。つらい過去を抱えながらも今を太く生きる女性を好演する。
原作の舞台と同じく、埼玉県の朝霞市、新座市、志木市などを中心にロケーション撮影を敢行。地方都市の日常の風景に溶け込む、地に足のついた大人の男女の恋物語。そのリアルな肌触りを堪能したい。

主人公の青砥健将と、その中学時代の同級生であり、初恋の相手でもある須藤葉子は50歳。互いに結婚歴があるものの今は独り身、酸いも甘いも噛み分ける大人の男女が久しぶりに再会し、徐々に距離を近づけていく。もう、勢いだけで突き進める年齢ではない。寂しいから、ひとりでは大変だからと、それだけで相手に寄りかかったりもできない。友情と恋愛とを行き来しながら、ゆっくりとじっくりと関係を深めていくさまがとてもリアルに描かれている。それは熱く燃え上がる大恋愛ではなく、静かに燃え続ける大人の恋愛。中学校の頃のように互いを「青砥」「須藤」と名字で呼び合ったり、地元の公園のベンチに並んで座って何気ない話をしたり、居酒屋で酒を酌み交わしながら近況報告したり、“いい年して恥ずかしい”と思いながら自転車ふたり乗りをしてはしゃいだり。そんな本当に何気ない、だからこそかけがえのない瞬間を積み重ねながら心を近づけていく様子に引きつけられ、心が動かされた。
日本映画ではなかなかお目にかかれない、リアルな大人の恋愛映画。「青砥」と「須藤」同様に、ゆっくりとじっくりとその恋愛模様を楽しみたい。
『平場の月』
2025年/日本/118分
| 監督 | 土井裕泰 |
|---|---|
| 原作 | 朝倉かすみ「平場の月」(光文社文庫刊) |
| 脚本 | 向井康介 |
| 出演 | 堺 雅人 井川 遥 坂元愛登 一色香澄 成田 凌 塩見三省 大森南朋 ほか |
| 配給 | 東宝 |
※11月14日(金)より全国公開
©2025映画「平場の月」製作委員会

愛の激情──光と音のスペクタクル カラックスの代表作が4Kになって甦る
唯一無二の映像詩人レオス・カラックスが『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983)、『汚れた血』(1986)に続いて、アレックスという名の青年を主人公にした3部作の完結編『ポンヌフの恋人』(1991)。レオス・カラックスの代表作と言われる本作は興行的にも成功を収め、1990年代のカルチャー・シーンを席巻。日本では1992年に公開され、渋谷にあったシネマライズで27週のロングランを記録した。
そんな伝説的な1本がこの冬、4Kレストア版となってスクリーンに甦る。カラックス本人の協力のもと、オリジナルの35mmネガフィルムからデジタルレストアし、同作の撮影監督を務めた故ジャン=イヴ・エスコフィエに代わって、近年カラックスとタッグを組んでいる撮影監督のキャロリーヌ・シャンプティエが修復と色彩補正を監修。音響は、カラックス作品をはじめ、多くのフランス映画に関わる整音ミキサーのトマ・ゴデールが担当している。
描かれるのは、パリ最古の橋ポンヌフで出会った、天涯孤独で不眠症に苦しむ大道芸人アレックスと、失恋の痛手と目の奇病による苦しみを抱えた画学生ミシェルの恋の軌跡。アレックスをドニ・ラヴァンが、ミシェルをジュリエット・ビノシュが演じ、その本能の叫びが世界中の映画ファンの心に永遠に刻まれることとなった。
鮮やかな色彩と臨場感を取り戻し、再誕する不朽の名作。リアルタイムで観たという映画ファンにとっても、スクリーンで観るのはこれが初めてという若い映画ファンにとっても、新鮮な映画体験となるはずだ。

恋愛にもいろいろある。穏やかでぽかぽかと心があたたまるような恋愛もあるだろうし、甘酸っぱくて切ない恋愛もあるだろう。本作で描かれる恋愛は、原始的で本能的なものと言っていい。ひとことで言えば、“愛の激情”を描いた1本と言える。
アレックスとミシェルという底なしの孤独を抱えたふたりが出会い、激しく求め合い、ぶつかり合い、やがては再生へと向かうさまを1カット1カット、衝撃の映像と音でたたきつけるように描いていく。美しいと思いながらも同時に畏れ、引き込まれながらも同時にのけぞってしまうような、ぐちゃぐちゃの約2時間を過ごすことになるはずだ。
革命記念日の花火が上がる中、アレックスとミシェルがもつれ合いながら乱舞するさまを映した名シーンも、最新の技術がその魅力を最大限引き出している。映像、音の設備が整った映画館で観ることで、衝撃と感動はさらに大きくなるはず。
『ポンヌフの恋人』は生半可なラブストーリーではない。カラックスが可視化、可聴化した“愛の激情”にノックアウトされること請け合い。初めて観る人にとっては、その映画観を変えることことになるかもしれない1本。この冬、忘れられない映画体験を。
『ポンヌフの恋人』
1991年/フランス/125分/PG12
| 監督 | レオス・カラックス |
|---|---|
| 撮影 | ジャン=イヴ・エスコフィエ |
| 出演 | ジュリエット・ビノシュ ドニ・ラヴァン ほか |
| 配給 | ユーロスペース |
※12月20日(土)よりユーロスペースほかにて全国順次公開
©1991 STUDIOCANAL - France 2 Cinéma
