FLYING POSTMAN PRESS

三宅唱監督×シム・ウンギョン

“消えたラストシーン”を演じたい

──三宅監督は初対面の際、ウンギョンさんに“希少なものを見た時のような感動“を覚えたということでしたが、その魅力はカメラが回っている時も感じられましたか。

三宅 そう思います。まさにそういうものが映っていると思うので、本当に多くの人に観てもらいたいです。シム・ウンギョンさんを知っている方々には新しい一面を発見してもらえたらうれしいですし、知らないという方々には「え、こんな人がいるの!?」と、夢中になってもらえたら最高です。

──なかでもベストアクトを選ぶとしたら?

三宅 全部ですが、あえてひとつだけ申し上げるならラストですね。実はこの映画のラストシーンは、脚本に一度書いたものの、ある段階で僕が削除したシーンだったんです。それをウンギョンさんが、「あれ撮りましょうよ。使わなくてもいいから」と言ってくださった。さらに、キャメラマンの月永(雄太)さんも撮影の休みの日に、「監督が消しちゃったラストのいい場所が見つかりました。ここだったらあれ撮れるんじゃないか」と提案してくださって。

ウンギョン そうなんですね。

三宅 そうそう。それで撮ることにしたんですが、あの時現場で起きたこと、ウンギョンさんのアクションというのがまあ、この映画を象徴してくれるような素晴らしいものだった。すべてが結晶したようなものだった。あれを撮れたというのが、我々の旅のひとつのゴールだったのかなと思います。

──ウンギョンさん、消えたラストシーンをどうして演じたいと思ったんですか。

ウンギョン 私が最初にこの台本を読んで抱いた感情は、ちょっと切ないものでした。“人生はやっぱり孤独で、ひとりぼっちで歩いていくものなんでしょうね”という感情を抱いて。それで、李がひとりでぼちぼち、誰もいない道を歩いていくというラストシーンがあってほしいという気持ちが強かったんです。それで、「もしも三宅監督がよろしければあのラストシーンを生かしてほしい」とお願いしてみました。

三宅 提案してくれて本当に良かった。

ウンギョン これは私の勝手なイメージですが、『ローマの休日』(1953)でグレゴリー・ペックが演じる記者のジョーが去っていくシーンがあるじゃないですか。『旅の日々』の最後のほうで、なぜかあのジョーが去っていくシーンのイメージが浮かんでいまして。

三宅 そうなんだ。

ウンギョン はい、なぜか。李が歩いていくシーンが、ジョーが去っていくシーンみたいにできあがったらいいんじゃないかと勝手に思ったんです。

三宅 できあがったらチャップリンみたいになったよね。

ウンギョン あ、確かにチャップリンみたいですよね。自分がそんな動きをしようとはまったく思っていなかったんですけど(笑)。

三宅 あの場所がね。

ウンギョン そうなんです。実際に歩こうとするとちゃんと歩けなくて(笑)。あそこは田んぼですよね。

三宅 そう、田んぼの上に雪が積もったという。

ウンギョン 道じゃないんです。だから、普通に歩けなくて変な歩き方になっちゃって。編集の時にやっぱりカットされるかもしれないなと思っていたんですけど、完成した映画を観たらちゃんとラストシーンになっていて。また、あのラストシーンがこの映画でみなさんに届けたいメッセージと繋がっているように思えました。やっぱり三宅監督は素晴らしいな、さすがだなって思いました。

三宅 いや、僕じゃないよ。僕は一度、そのシーンをカットしていたわけだから(笑)。

ウンギョン でも、なんでしょうね。すごく変な歩き方をしているのに、観ているとなんとも言えない気持ちになる。これが映画の力なんだなと改めて感じた瞬間でした。あのラストシーンはとてもうれしかったです。


三宅 唱(みやけ しょう)

1984年生まれ、北海道出身。映画監督。脚本と監督を務めた近年の映画に『きみの鳥はうたえる』(2018)、『ケイコ 目を澄ませて』(2022)、『夜明けのすべて』(2024)など。『旅と日々』(2025)では第78回ロカルノ国際映画祭で金豹賞を受賞。国内外で高く評価されている

シム・ウンギョン

1994年生まれ、韓国出身。俳優。韓国のみならず日本でも活躍している。主な出演作に映画『サニー 永遠の仲間たち』(2011)、『怪しい彼女』(2014)、『新聞記者』(2019)など。NHK放送100年特集ドラマ『火星の女王』が12月13日(土)より放送スタート

『旅と日々』

https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/

2025年/日本/89分

監督・脚本 三宅 唱
原作 つげ義春「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」
出演 シム・ウンギョン 堤 真一 河合優実 髙田万作 佐野史郎 ほか
配給 ビターズ・エンド

※11月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、テアトル新宿ほかにて全国公開

©️2025『旅と日々』製作委員会