CINEMASPECIAL ISSUE
三宅唱監督×シム・ウンギョン

監督:三宅唱×主演:シム・ウンギョン 映画『旅と日々』、その豊かな創作の日々
『ケイコ 目を澄ませて』(2022)や『夜明けのすべて』(2024)などを手がけ、国内外で高く評価される三宅唱監督の最新作であり、第78回ロカルノ国際映画祭において日本映画では18 年ぶりとなる金豹賞(グランプリ)に加え、ヤング審査員賞特別賞をW受賞した『旅と日々』が11月7日(金)より公開される。
原作は、つげ義春の「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」という名作2篇。前者は、夏の海辺を舞台に若い男女のさりげなくも淡い出会いを描いた物語。後者は、雪国を舞台に旅人とやる気のない宿主が奇妙な交流を重ねるさまを描いた物語。後者の主人公を映画の主人公に据えつつ、人と人との出会い、その背景にある時間と空気までをも丁寧に掬いあげ、観る人に“そこにある”ことの豊かさを思い起こさせる。クスクス笑えて、なんだか胸がざわめき、ふとした瞬間にグッときて、最後には“よし、生きていこう”と爽やかに思える、そんな1本。主人公の脚本家・李としてユーモアと知性をにじませつつ、ただ“そこにある”のは、『新聞記者』(2019)のシム・ウンギョン。三宅唱監督とシム・ウンギョンが撮影の日々を振り返る。
写真:徳田洋平 取材・文:佐藤ちほ 【シム・ウンギョン】スタイリング:島津由行 ヘアスタイリング&メイクアップ:MICHIRU for yin and yang(3rd)
映画はみんなで一緒に作るもの
──つげ義春さんが著した「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」を原作に1本の映画にするにあたって、「ほんやら洞のべんさん」の主人公を映画の主人公とし、その性別と国籍を変更されました。女性にした主人公の脚本家・李をシム・ウンギョンさんに託した意図を聞かせてください。
三宅 当初は原作通り、日本人の男性想定で脚本を書いていたんです。でも、行き詰まった時にふと、シム・ウンギョンさんが主人公を演じたら面白いんじゃないかなというアイディアが浮かびまして。ワクワクしましたね。そのアイディアが先にあり、結果的に性別や国籍が変わったということです。重要だったのは、主人公がよそからやってきた人物である、というところだと思います。主人公が旅先で出会うおんぼろ宿のべん造と共通点がまったくないということ。違いがある、他者であるということが重要だと気づきました。ウンギョンさんが快諾してくださったことで、テーマがよりクリアになったと思います。
──シム・ウンギョンさんがオファーを受けた理由は?
ウンギョン オファーをいただいたと事務所から連絡をもらった時には「本当でしょうか? 念願の三宅監督作ですか?」と何度も繰り返し聞いた記憶があります。それぐらい、信じられない気持ちでした。その後、いただいた台本を読んでみたら、この数年で読んだ台本の中でいちばん良かった。と言うのも、私が演じた李というキャラクターが抱えている苦悩が、まさに今自分自身が抱えているものと似ていると思えたんです。キャラクターとシンクロしたというか、親近感を持ちました。もしも今、自伝を書いたとしたらこんな映画みたいになるかもしれないと思ったぐらいです。この映画の話が私のところに来たのは、もしかしたら運命じゃないかなと思いました。私はもともと運命は信じていませんが、こればかりは運命だと感じて、“やらなくちゃ”と思いました。
──それぞれ、相手と仕事してみたいと思っていたんですね。お互いのどんなところに魅力を感じていたのでしょうか。
三宅 もちろん、出演作も観ていますが、それ以上に初めてお会いした時の印象ですね。これがインパクトがあった。なんて言うんでしょう…こんな人には会ったことがないと思ったんです。博物館とかにあるじゃないですか、この世にひとつしかないものが。宇宙から飛んできた石とか、氷河から発見された何かとか、「へぇ、これは地球にひとつしかないんだ、すごい!」みたいな。そういう、非常に貴重なものを見た時の感動が最初にお会いした時点であって。一緒に仕事してみて、どういう人なのかをより知りたくなった。なんかごめんね、生きている人に「貴重なもの」とか言って(笑)。
ウンギョン いえいえ(笑)。私はイチ映画ファンとして三宅監督の映画が大好きなんです。特に『ケイコ 目を澄ませて』(2022)に魅了されましたし、『夜明けのすべて』(2024)もとても好きです。三宅監督の映画を観ると、“ああ、この世の中を生きている私たちが主人公なんだな”と思えるというか。映画と映画を観ている自分が共有できるものがあると感じられる。そういうことこそ映画の力だと思っていまして。それでずっと三宅監督とご一緒したいと思っていたんです。でも、お話しした通りで、まさかこんなに早くチャンスが訪れるとは思っていなかったので驚きました。『旅と日々』は三宅監督の映画らしくもあり、同時に三宅監督の新しい色、新しいテイストを味わえる映画だとも感じています。そんな作品でご一緒できて光栄でした。
三宅 こちらこそ。ありがとうございます。
──撮影前、三宅監督は全スタッフ、キャストにご自身の考えを記した資料を配られたそうですね。「僕たちが捉えようとするものは蝋燭の炎のようなものです。あるいは、粉雪の中に飛んでいる羽毛を見つけるような仕事をこれからします。ひょんなことですぐ消えて、見えなくなるものです」と書き記し、全員で一緒に作っていきたいという思いを伝えられたとか。
三宅 毎作毎作チャレンジではありますが、今回はなかなか言葉にならないものを捕まえたいからこそ、その準備のために言葉が必要だと思いました。スピーチがうまければ、全員集合した時に僕が見事な演説をすればいいわけですが、残念ながら僕にはそんな能力はないわけです。なので、紙で配ったほうが伝わるだろうと。それと同時に、映画を作ろうとする時、正解が監督の頭の中にあると思われるのも自分としては違うんです。正解なんてないですよ。頭の中をなるべく全部出して、その上でみんなで一緒に考えたいという思いがあって。答えが出ていないところ、その時点で自分が悩んでいることまでスタッフ、キャストと共有して臨みたいというのは、ちょっと甘えですけど(笑)。でもまあ、せっかくみんなで作れるのが映画で、それこそが映画作りの醍醐味だから、と。
ウンギョン 三宅監督のお手紙を読んでグッとくるものがありました。映画ってそれぞれで作るものじゃなくて、一緒に作るものなんだと改めて感じられた瞬間でした。あと、冬編の撮影の初日にはスタッフ、役者のみなさんが集まって自己紹介する時間がありまして。
三宅 全員ね。
ウンギョン はい、全員。あの時、“ああ、映画はみんなで作るものだし、みんな同じ目標を持っているんだ”と改めて思いました。 “一緒”という気持ちをこれだけ強く感じられたのは、大人になってお芝居する中では初めてだった気がします。こんな経験は三宅組でしか経験できないことだなと。すごく特別な経験だったと思います。

