CINEMA
日本映画界のレジェンドたちの新作

日本映画界が誇る俳優、監督、撮影監督 秋の映画館でレジェンドに魅了される
俳優・吉永小百合、撮影監督・木村大作、映画監督・山田洋次、俳優・倍賞千恵子。日本映画界のレジェンドたちの新作映画がこの秋、続々公開を迎える。その特別な存在感、仕事ぶりに改めて着目しつつ、紹介していく。

吉永小百合が伝説の登山家に 壮大なスケールで描く山と家族の物語
“女性だけで海外遠征を”を合言葉に女子登攀クラブを設立し、1975年にエベレスト日本女子登山隊の副隊長兼登攀隊長として、世界最高峰のエベレストの女性世界初登頂に成功した田部井淳子。その後も挑戦は続き、生涯で76カ国の最高峰・最高地点の登頂を成功させた。そんな日本を代表する登山家をモデルにした多部純子とその家族の40年にわたる人生を描いていく。
主人公・多部純子を演じるのは吉永小百合。映画出演124本目にして初の登山家役に挑み、挑戦者としての力強い姿から、母として妻として葛藤する姿まで、ひとりの女性のいくつもの顔をしっかりと表現する。純子を長年にわたって支えた夫の正明には佐藤浩市、純子の親友であり、エベレスト登頂の相棒ともなった北山悦子には天海祐希。それぞれ吉永小百合とは『北の桜守』(2018)、『最高の人生の見つけ方』(2019)で共演しており、本作でも息の合った演技を披露している。さらに、青年期の純子をのん、純子と正明の長女・教恵を木村文乃、長男・真太郎を若葉竜也、青年期の正明を工藤阿須加、同じく青年期の悦子を茅島みずきが演じ、純子の人生を彩っていく。監督として実力派揃いのキャストを導くのは阪本順治。『北のカナリアたち』(2012)以来となる吉永小百合とのタッグで、ひとりの登山家の人生をスケール感と情感たっぷりに描いていく。
登山シーンの撮影は実際の山にこだわり、富士山、日和田山、御霊櫃峠、立山室堂で敢行。厳しくも美しい自然の描写にも目を奪われる。
point of view
1957年に俳優デビュー、1959年にスクリーンデビューし、68年に及ぶ俳優生活において124本の映画に出演。まさに日本映画界の最高峰に立つ吉永小百合が、エベレストという世界最高峰に挑んだ女性登山家を演じる。“てっぺん”まで行くのだと決めたからには、自分自身で道を選択しながら一歩一歩進んでいくしかない。これは登山に限ったことではない。人生だってそうだし、俳優としてのキャリアだってそうだろう。時に迷い、立ち止まりながらも、呼吸と心を整えて一歩前へと足を踏み出し、それまでとは違う自分になっていく。1本ごとに変化し続けてきた吉永小百合は、まさしく適役だと感じられる。
日本で生まれ育った人であれば、吉永小百合の演技を一度や二度は目にしているはずだ。本作を観て改めて、その魅力に目を奪われた。第一に、笑顔が特別に輝いている。困難に見舞われても、打ちのめされても、ふとした瞬間に笑みを浮かべる純子を観て、なんだか明るい気持ちになった。観る側に希望を抱かせる笑顔を浮かべられる俳優はそうはいない。頂点を極めた存在としての異次元感を放ちながら、同時に物語に自然な形で存在できるというのもすごい。本作においてもその息遣い、足の運びに人間性をにじませ、観る側が心を寄せられる主人公像を結んでいる。改めて、吉永小百合という映画俳優のすごさを実感できる1本だ。

『てっぺんの向こうにあなたがいる』
2025年/日本/130分
| 監督 | 阪本順治 | 
|---|---|
| 原案 | 田部井淳子「人生、山あり“時々”谷あり」(潮出版社) | 
| 出演 | 吉永小百合 のん 木村文乃 若葉竜也 天海祐希 佐藤浩市 ほか | 
| 配給 | キノフィルムズ | 
※10月31日(金)より全国公開
©2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会

藤井道人監督×木村大作×舘ひろし 元ヤクザと弱視の少年の12年、絆の物語
『新聞記者』(2019)や『正体』(2024)を手がける藤井道人監督と、日本映画界を代表するキャメラマン・木村大作が初タッグ。藤井道人がオリジナルで脚本を書き下ろし、過去を捨てた元ヤクザの漁師と、交通事故によって弱視の障がいを抱える孤独な少年との12年にわたる友情と絆を描いていく。
主人公の元ヤクザ・三浦に舘ひろし。他者を救うために自らを犠牲にする寓話的ヒーローを力強く体現する。三浦の希望となる弱視の少年・幸太に、歌舞伎界の新星として注目を集める尾上眞秀。映画初出演にして、多くの困難を背負った少年を自然に情感豊かに演じている。さらに、眞栄田郷敦、椎名桔平、斎藤工、ピエール瀧、一ノ瀬ワタル、MEGUMI、赤堀雅秋、黒島結菜、笹野高史、市村正親、宇崎竜童らが集結。元ヤクザと少年の物語をドラマティックに彩っていく。
撮影は石川県の輪島で行われ、2024年の能登半島地震で被害を受ける直前の同地をフィルムに収めた貴重な映画となった。全編35mmのフィルムカメラで撮影された、登場人物の思いを代弁するような自然の情景に目と心を奪われる。
point of view
1958年東宝撮影部に入り、黒澤明監督作『隠し砦の三悪人』(1958)や『用心棒』(1961)などで撮影助手として経験を積み、『野獣狩り』(1973)で撮影監督に。以降、『八甲田山』(1977)や『鉄道員(ぽっぽや)』(1999)などを手がけ、日本映画界を代表するキャメラマンと讃えられる木村大作。47歳下の藤井道人監督はデジタル世代の申し子であり、リアリティを重視する姿勢を自作で示している。一方の木村大作キャメラマンと言えばフィルム撮影であり、リアリティに勝る映画的な必然性を重視している。正反対と言っていいほどのアプローチの違いにどう折り合いをつけるのかと興味を持っていたが、これが面白い質感になっている。リアリティと映画的表現のハイブリッドとでも言えばいいか。
もちろん、木村大作節は健在だ。木村大作が撮る自然はいつだって厳しく、美しい。そして、その自然の情景は登場人物の心情のメタファーにもなっている。人物ふたりが相対して言葉を交わす場面を、これほど重厚にスリリングに撮影できるキャメラマンはなかなかいない。ひと目で誰が撮った映画なのかわかること自体がすごいし、その画世界は若い世代の人たちにとっては新鮮に感じるはずだ。古き良きものであり、新しいとも感じられる木村大作の画世界を堪能してほしい。

『港のひかり』
2025年/日本/118分/PG12
| 監督・脚本 | 藤井道人 | 
|---|---|
| 出演 | 舘ひろし 眞栄田郷敦 尾上眞秀 市村正親 宇崎竜童 笹野高史 椎名桔平 ほか | 
| 配給 | 東映 スターサンズ | 
※11月14日(金)より全国公開
©2025「港のひかり」製作委員会

山田洋次監督×倍賞千恵子×木村拓哉 タクシー運転手と乗客の奇跡のような日
山田洋次監督の91本目の監督作であり、松竹創業130周年記念作品。フランス映画の『パリタクシー』(2022)を原作に、タクシー運転手と乗客として出会ったふたりが過ごす一日をあたたかなユーモアを交えて描き出す。
主演は、山田洋次監督作への出演がこれで70本目となる倍賞千恵子。東京・柴又から神奈川の葉山にある高齢者施設へとタクシーで向かう謎めいたマダムの高野すみれ役を担い、華やぎと人生の深みを両方を伝えている。すみれを乗せることになるタクシー運転手の宇佐美浩二には、『武士の一分』(2006)以来、19年ぶりの山田組参加となる木村拓哉。愛想はないが実は心やさしい運転手を好演する。さらに、若き日のすみれを蒼井優が演じるほか、迫田孝也、優香、中島瑠菜、イ・ジュニョン、笹野高史らが集い、映画を盛り立てる。
タクシー運転手と乗客、見知らぬ者同士だったふたりは、東京から葉山へと向かう車中で心を通わせ、人生を大きく動かしていく。名匠が謳いあげる人生の喜び、明日を明るく照らす希望の物語がここに。
point of view
山田洋次、御年94歳、言わずと知れた日本映画界を代表する名匠。『二階の他人』(1961)で監督デビューを果たして以来、日本に生きる人々の心の機微や家族の絆を、自作において描き続けてきた。昭和、平成、令和――いつの時代であっても、山田洋次監督が描く人間たちの姿はあたたかな笑いをもたらし、普遍的な感動を呼び起こす。今回は東京の街を舞台に、タクシーの運転手と乗客が心通わせていく様子を描いている。戦争の影と復興、女性の社会的立場の向上といった社会的な背景もにじませながら。
そして、倍賞千恵子。山田洋次監督の代表作である『男はつらいよ』シリーズ(1969~2019)における、さくら役でお馴染み。近年では『PLAN 75』(2022)の演技が国内外で高く評価された、こちらも日本映画界を代表する俳優のひとりだ。今回演じるすみれは、寅さんの妹さくらとはビジュアルからしてまったく違う。モダンで華やかなルックスと強い信念を持つ、自立した女性を象徴するような役柄だ。そんな女性の人生の光と影を倍賞千恵子は見事に演じている。持ち前の品位と知性も、すみれ役を演じる上で最適なアクセントに。名匠が撮り続けた名優、山田組のマドンナにまたも魅了されること間違いない。

『TOKYOタクシー』
https://movies.shochiku.co.jp/tokyotaxi-movie/
2025年/日本/103分
| 監督 | 山田洋次 | 
|---|---|
| 原作 | 映画『パリタクシー』(監督:クリスチャン・カリオン) | 
| 監督 | 山田洋次 朝原雄三 | 
| 出演 | 倍賞千恵子 木村拓哉 蒼井 優 迫田孝也 優香 中島瑠菜 笹野高史 ほか | 
| 配給 | 松竹 | 
※11月21日(金)より全国公開
©2025映画「TOKYOタクシー」製作委員会

