FLYING POSTMAN PRESS

芸術の秋に観たい日本映画の良作

女性に魅せられて
長澤まさみが謎多き絵師・葛飾応為に
自分の幸せを自分で描いた女性の物語

 日本を代表する浮世絵師・葛飾北斎の娘であり、弟子でもあった葛飾応為。美人画は北斎を凌ぐと言われ、まるで西洋画のような陰影を感じさせる。その独創的な筆致に“日本のレンブラント”とも讃えられる女性絵師の知られざる人生を、大森立嗣が監督と脚本を、長澤まさみが主演を務めて描き出す。大森立嗣監督と長澤まさみは、『MOTHER マザー』(2020)以来の再タッグとなる。

 応為の人生を彩る人々を演じるキャストも実力派揃い。葛飾北斎を演じるのは永瀬正敏。絵師としてのすさまじい姿と、娘を持つひとりの父親としてのどこか愛くるしい姿が渾然一体となった新しい北斎像を結んでいる。北斎の弟子であり、応為と交流があった実在の絵師・善次郎(渓斎英泉)を髙橋海人が演じ、どこか浮世離れした姿で観る側を引きつける。さらに、大谷亮平、篠井英介、奥野瑛太、寺島しのぶが共演に名を連ね、物語を引き締める。

 200年前の日本を生きたとは信じがたいほどに現代的な強さと自由な心を持った女性絵師・葛飾応為。ただひたすらに絵を描くという、自分らしい生き方をまっとうしたひとりの女性の姿に胸が揺さぶられる。

 性格は豪胆、茶のひとつもまともに淹れられず、針仕事も不得意だったと伝えられる葛飾応為。一人称は「俺」であり、髪は無造作にひっつめ、着物は雑に着こなし、暇があればキセルをぷかぷかと吹かす。江戸時代の日本人女性のイメージを覆す葛飾応為の姿に驚嘆しつつ、強く引きつけられた。あの時代においてはだいぶ変わった女性だったはずが、少しもキャラクターじみていないのがすごい。長澤まさみという俳優の力をまざまざと感じることとなった。“ただそこに、ひとりの人間としてある”というのは、シンプルなようでなかなかできることではない。本作を観ていると、応為にとっては生きること=描くことだったのだろうと思えるが、本作の撮影現場における長澤まさみもよく似た境地にいたのではないかと思ってしまう。生きること=演じることになっていたのではないかと。

 稀有な女性を描く映画であり、稀有な俳優に魅了される映画でもあり。とにかく、本作の長澤まさみは必見だ。

『おーい、応為』

https://oioui.com

2025年/日本/122分

監督・脚本 大森立嗣
原作 飯島虚心『葛飾北斎伝』(岩波文庫刊) 杉浦日向子『百日紅』(岩摩書房刊)より「木瓜」「野分」
出演 長澤まさみ 髙橋海人 大谷亮平 篠井英介 奥野瑛太 寺島しのぶ 永瀬正敏 ほか
配給 東京テアトル ヨアケ

※10月17日(金)より全国公開

©2025「おーい、応為」製作委員会


現代日本版“不思議の国のアリス”
新たな出会いが導く世界を描いた物語

 第 35 回柴田錬三郎賞を受賞した金原ひとみの同名小説を原作に、松居大悟が監督を務めるほか、劇団くによし組を主宰し、脚本家としても活躍する國吉咲貴と共同で脚本を担って映画化。東京・新宿の歌舞伎町を舞台に、擬人化焼肉漫画「ミート・イズ・マイン」をこよなく愛するも、自分のことは好きになれない27歳の女性の新たな世界との出会いを描いていく。

 主人公の由嘉里を演じるのは、『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)や『市子』(2023)などに出演し、その演技力に定評のある杉咲花。由嘉里が出会う希死念慮を抱えた美しいキャバ嬢・ライにオーディションを経て抜擢されたのは、南琴奈。既婚者で不特定多数から愛されたいホスト・アサヒに出演作が後を絶たない板垣李光人。人が死ぬ話ばかりを書いている毒舌な作家・ユキに蒼井優。歌舞伎町の BAR「寂寥」店主・オシンに渋川清彦。個性豊かなキャスト陣が、さまざまな人が集う歌舞伎町の住人を印象的に演じている。

 主題歌と劇伴を手がけるのはクリープハイプ。実写映画で音楽を担当するのはこれが初だという。主人公・由嘉里の感情と歌舞伎町の風景に寄り添いながらも、時に意外な展開を見せるクリープハイプの音楽にも注目を。

 ある日迷い込んだ歌舞伎町で、主人公は考え方も生き方も何もかもが違う、これまでの人生で交わることのなかった人たちと出会い、他者を知ることで自分を知ることになる。これは新しい自分との出会いの物語。生きづらさを抱えるすべての人に贈る物語がここに。

 本作に登場する人々は誰もが印象的だ。それぞれに背景があり、それぞれに見えている世界がある。誰もが“自分とは違った人”であり、そんな人たちと手を取り合い、一緒に生きていくのは素敵なことだと、彼らを観ていると自然とそう思える。

 誰かひとりがスポットライトを浴びるような映画ではないわけだが、それでもやはり杉咲花が演じる主人公の由嘉里には特別に引きつけられるものがある。いわゆる腐女子で、推しマンガの推しカプには全力で愛を注ぐも、自分を好きになれず、仕事と趣味だけで生きていくことに不安と焦りを募らせる27歳の女性を、杉咲花は実在感を備えつつ演じている。とりわけ印象に残るのは、感情を爆発させる瞬間の演技だ。それは、その瞬間に至る前に丁寧に繊細に“心”を積み重ねていっているからにほかならない。演じる人物に真摯に向き合い、理解を深め、同調し、観る側にその人の“心”を伝えるにはどうしたらいいのかと考え抜いて、その都度、最適解を出すよう努力し続けているのだろう。本作でももちろんそう。杉咲花が繊細に鮮烈に表現する主人公の“心”に魅了されること間違いない。

『ミーツ・ザ・ワールド』

https://mtwmovie.com/

2025年/日本/126分

監督 松居大悟
原作 金原ひとみ『ミーツ・ザ・ワールド』(集英社文庫刊)
脚本 國吉咲貴 松居大悟
出演 杉咲 花 南 琴奈 板垣李光人 蒼井 優 渋川清彦 筒井真理子 ほか
配給 クロックワークス

※10月24日(金)より全国公開

©金原ひとみ/集英社・映画「ミーツ・ザ・ワールド」製作委員会