CINEMA
芸術の秋に観たい日本映画の良作
裏社会で生きていても
木下麦×此元和津也×制作スタジオ・CLAP “大逆転”に賭けた、あるヤクザの愛の物語
テレビアニメーション「オッドタクシー」(2021)が話題となったクリエイタータッグ・木下麦×此元和津也が、劇場アニメーション『映画大好きポンポさん』(2021)などを手がける制作スタジオ・CLAPと組み、オリジナルの劇場アニメーションを制作。アヌシー国際アニメーション映画祭 2025において長編コンペティション部門に選出されるなど、国内外で注目を集めている。
描くのは、刑務所の独房で孤独な死を迎えようとしている無期懲役囚・阿久津の愛の物語。阿久津の現在と過去を小林薫、戸塚純貴がそれぞれ担ってW主演を務めるほか、阿久津のパートナー・那奈の過去と現在を満島ひかり、宮崎美子がそれぞれ担当。さらに、独房で阿久津に声をかけ、阿久津の物語の聞き手となる“人の言葉を話すホウセンカ”にピエール瀧。そのほか、安元洋貴、⻫藤壮馬、お笑い界からとろサーモンの村田秀亮、中山功太ら多彩なボイスキャストが集結し、キャラクターに命を吹き込んでいる。
丁寧に緻密に芝居を見せる画と演出、サウンドデザイナーの笠松広司によるリアルな音響、オープニングテーマ「Moving Still Life」と劇伴を担当した ceroの音楽など、細部まで創造性に満ちた1本。死にかけのヤクザの人生を懸けた“大逆転”とは――。その先に浮かび上がる純粋で強い愛に心を震わせるひとときを。
第一に物語がいい。“人の言葉を話すホウセンカ”という不思議要素を取り入れつつ、人間の心の機微を描くための鍵として見事に機能させている。“芝居を見せる作品にしたい”という強い意志も感じられる。多くのアニメーション作品ではアフレコ(※アフターレコーディングの略。映像をもとに声を収録する方法)が採用されているが、本作ではプレスコ(※プレスコアリングの略。最初に音声ありきの録音方法)を採用。プレスコはアフレコに比べ、演じ手の裁量が大きくなると言われている。決められた尺や、すでに描かれているキャラクターの表情に制限されることなく演じられるわけだ。いずれも演技巧者なキャストが存分に心を動かしながら見せた芝居は、観る側の心を十二分に動かすものとなっている。どのシーンにも本物の感情があり、人間の可笑しさや哀しさがにじんでいて、見応えは十分だ。
「オッドタクシー」で一躍注目されたクリエイタータッグ・木下麦×此元和津也の新たな一手。強靱さを増した物語、創造性を増した物語り方の両方を満喫したい。
『ホウセンカ』
2025年/日本/90分
監督・キャラクターデザイン | 木下 ⻨ |
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原作・脚本 | 此元和津也 |
声の出演 | 小林 薫 戸塚純貴 満島ひかり 宮崎美子 ピエール瀧 ほか |
配給 | ポニーキャニオン |
※10月10日(金)より新宿バルト9ほかにて全国公開
©此元和津也/ホウセンカ製作委員会
北村匠海×林裕太×綾野剛が魂の競演 3つの人生が交差する、運命の3日間
第二回大藪春彦新人賞を受賞した西尾潤による同名小説を原作に、『渋谷区円山町』(2007)などを手がける永田琴が監督を、向井康介が脚本を務めて映画化。闇ビジネスから抜け出そうとする3人による3日間の逃亡劇をサスペンスフルに描いた本作は、第30回釜山国際映画祭のコンペティション部門に出品され、主演の北村匠海、共演の綾野剛、林裕太が3人揃って最優秀俳優賞を受賞するという快挙を成し遂げた。北村匠海は裏社会で生きるしかないタクヤの諦念と憂いを、林裕太はその弟分のマモルの純粋さと傷ついた心を、綾野剛はタクヤの兄貴分・梶谷の揺らぎを見事に体現。さらに、山下美月、矢本悠馬、木南晴夏らが彼らを取り巻く人としてしっかりと印象を残し、3人の物語を盛り立てていく。
経済格差は拡大する一方。貧困が日常化し、闇バイトやパパ活を余儀なくされた、今の日本を生きる若者たちの心の叫びが胸を打つ。裏社会に身を落とした若者たちが本当に信じたものとは──。
社会の底辺で生きる若者たちの姿を描いた作品は数多くある。その中で本作がユニークだと感じられる理由のひとつに温度感がある。物語の内容を考えると、ものすごく熱い温度、あるいはものすごく冷たい温度で描かれることが多いものだが、本作はあたたかい。人肌の温度感で描かれる物語には、血が通っている。つまり、人間らしい感情がしっかりと映し出されているように思える。サスペンスフルに物語を展開させつつ、人間の心に焦点を当てた脚本。演じる役の内面を深く理解し、物語の中での役割を熟知した俳優陣の演技。その演技を引き出し、全体を絶妙なバランスでまとめた永田琴監督の演出。それらが一体となり、得も言われぬものとなっている。
タクヤ、マモル、梶谷の3人は、違う環境に生まれ育っていればきっといい人間だったのだろう。裏社会に生きているが、心を寄せられる男たちが繋いだ愛と希望の物語。社会の問題を含んだサスペンスとしても、若者の成長を描いた青春映画としても楽しめること請け合いだ。
『愚か者の身分』
2025年/日本/130分/PG12
監督 | 永田 琴 |
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原作 | 西尾 潤「愚か者の身分」(徳間書店) |
脚本 | 向井康介 |
出演 | 北村匠海 林 裕太 山下美月 矢本悠馬 木南晴夏 綾野 剛 ほか |
配給 | THE SEVEN ショウゲート |
※10月24日(金)より全国公開
©2025 映画「愚か者の身分」製作委員会