CINEMA
芸術の秋に観たい日本映画の良作
際立つ作家性と演技、心を震わせる物語 良質な日本映画を観て芸術の秋を満喫
2025年は日本映画の豊年だ。この秋も良質な日本映画の公開が相次ぐ。作家性際立つ新鋭の新作に、裏社会に生きる男たちの愛の物語、自分らしく生きる女性たちの物語。さあ、秋は劇場へ。日本映画で芸術の秋を満喫しよう。
期待の新鋭たち
奥山由之監督×松村北斗×高畑充希 劇場アニメーションの名作が実写映画に
新海誠が手がけた劇場アニメーション『秒速5センチメートル』(2007)を原作に、自主制作のオムニバス映画『アット・ザ・ベンチ』(2024)でその才能を知らしめた映像作家で写真家の奥山由之が監督を務めて実写映画化。新海誠が34歳の時に世に送り出した作品を、現在34歳の奥山由之が自身初の大型長編商業映画監督作として改めて世に送り出す。
描き出すのは、惹かれ合っていた男女が時間と距離によって変化していく姿。物語の主人公・遠野貴樹を演じるのは松村北斗。『夜明けのすべて』(2024)や『ファーストキス 1ST KISS』(2025)などで高く評価されるのみならず、新海誠監督作『すずめの戸締まり』(2022)では閉じ師・宗像草太のボイスキャストを務め、新海誠監督から信頼される俳優が、喪失感と焦燥感を抱える主人公を繊細に表現する。貴樹と惹かれ合う篠原明里には高畑充希。『怪物』(2023)、『国宝』(2025)などに出演し、やはり演技力に定評のある俳優が、過去を思いながら今を穏やかに生きる女性を好演する。さらに、森七菜、青木柚、木竜麻生、宮﨑あおい、吉岡秀隆らがキャストに名を連ね、映画を盛り立てる。
米津玄師が手がけた主題歌のタイトルは「1991」。1991年は物語の主人公・遠野貴樹と転校生・篠原明里が出会った年であり、米津玄師の誕生年でもある。原作映画でお馴染みの山崎まさよし「One more time, One more chance」はリマスター版としてアップミックスされ、劇中曲として使用されている。
2024年から2025年にかけて四季をまたぎ、東京や種子島などで全編ロケーション撮影を敢行。撮影はデジタルながら、その後、16mmのフィルムに焼きつけるフィルムレコーディングという特殊な手法で仕上げられた、懐かしさと新しさが混在する映像にも注目を。
「たいしたドラマツルギーもなく、胸のすく活劇もなく、ヒーローも悪役もいない。皆が理由もなく傷つき、傷つけられ、いつもなにかが満たされずにいる。でも20年前はその“なにもなさ”が私たち自身の姿であり生活であり、それを掬いあげるようなアニメーション映画を作ろうと思っていたのです」と、新海誠監督は原作映画について語っている。
確かに、何か大きなことが起こる映画ではない。それでも、主人公が過ごす18年はとても豊かで色鮮やかなものになっている。不安や焦燥感、喪失感を抱える主人公の揺らぎを丁寧に追いかけながら、それを四季折々の景色の中に溶け込ませた奥山由之監督。距離や時間の感覚がそれぞれの心の状態によって変化することも、見事に実写映像の中で伝えている。原作映画の芯を間違いなく捉えつつ、実体の力を十二分に引き出して実写映画『秒速5センチメートル』とした奥山由之監督。その知性と具現化の力に感動を覚える。
『秒速5センチメートル』
2025年/日本/122分
監督 | 奥山由之 |
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原作 | 新海誠 劇場アニメーション『秒速5センチメートル』 |
出演 | 松村北斗 高畑充希 森 七菜 青木 柚 宮﨑あおい 吉岡秀隆 ほか |
配給 | 東宝 |
※10月10日(金)より全国公開
©2025「秒速5センチメートル」製作委員会
世界が注目する団塚唯我が長編デビュー 都市と家族を巡る、新たな日本映画
今年5月に開催された第78回カンヌ国際映画祭の「監督週間」に日本人史上最年少の26歳で選出された団塚唯我監督の長編デビュー作。自ら脚本も書き下ろし、都市再開発が進む東京を舞台に、その再開発をメタファーにしながら、ある事情から疎遠になった家族が再会し、向き合う姿を描いていく。
疎遠になった家族を見つめ直そうとする主人公・蓮を演じるのは、スクリーンデビュー作の『さよなら ほやマン』(2023)で高く評価された黒崎煌代。『さよなら ほやマン』のメイキング撮影を担当した団塚唯我と、本作で監督と主演俳優という立場で再会。家族も都市も“見つめる”青年として物語を動かしていく。蓮の姉で家族というものに懐疑的な恵美に、『鈴木家の嘘』(2018)や『わたし達はおとな』(2022)などに出演する木竜麻生。冷静さを保ちつつ、揺れ動く心を的確に表現する。さらに、家族から離脱した父で著名なランドスケープデザイナーの初に遠藤憲一、その妻で蓮と恵美の母の由美子に井川遥。演技巧者たちが人間の多面性を伝える妙演を披露している。
父の選択と過ちを、成長した子どもたちはどう受け止めるのか。いったいどの地点から眺めれば家族の姿は見えるのか。10年にわたる心のさまよいが今、東京という街を通して鮮やかに浮かび上がる。
映画の冒頭、東京・渋谷の街が映る。世界で最も混雑する交差点である渋谷のスクランブル交差点には、120秒ワンロールで1000人以上が行き交う。空中庭園のような雰囲気を醸し出すMIYASHITA PARK、再開発が進む駅周辺エリア…。胡蝶蘭の配達員として働く主人公・蓮の視点でそんな渋谷の街を眺めながら、不思議な没入感を味わうこととなった。そこに生きているという主人公の感覚がはっきりと届き、これは空間と人間の物語なのだと思い至った。都市の風景を心象風景としながら、家族の物語を鮮やかに浮かび上がらせる。団塚唯我監督が物語るために選択したその手法が素晴らしい。エモーショナルなシーンにおいても登場人物の表情にカメラが寄ることはほぼなく、ほとんどが引きの画、あるいはミドルショットで構成されているが、それも“空間と人間”を撮るためなのだろう。主題を提示するための取捨選択がしっかりと効果を発揮している。
マジックリアリズム的な展開にも驚かされた。ハッと息をのみ、それまで以上に感覚を研ぎ澄ませながら起こっている出来事を見つめ、やがては考えを巡らせることになった。異彩を放つストーリーテラー、団塚唯我が生み出す新たな日本映画にワクワクが止まらない。
『見はらし世代』
2025年/日本/115分
監督・脚本 | 団塚唯我 |
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出演 | 黒崎煌代 遠藤憲一 木竜麻生 菊池亜希子 中村 蒼/井川 遥 ほか |
配給 | シグロ |
※10月10日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほかにて全国公開
©2025 シグロ / レプロエンタテインメント