FLYING POSTMAN PRESS

世界の映画、新たな才能に出会う秋

長編デビュー作でその才能を知らしめる
飛躍が期待される世界の映画作家たち

 ようやく暑さも一段落し、秋めいてきた今日この頃。芸術の秋にふさわしく、芸術性が高く作家性の強い映画が続々公開となる。ここでスポットを当てるのは、海外の才能溢れる新鋭たち。ベルギー、フランス、アメリカより、注目の映画作家たちの長編デビュー作を紹介する。



ダルデンヌ兄弟も認めたベルギーの新鋭
新たな視点で若きテニス選手の心に迫る

 ベルギーの新鋭レオナルド・ヴァン・デイルが監督を務めるほか、ルート・ベカールと共に脚本も担った長編デビュー作。第77回カンヌ国際映画祭において批評家週間SADC賞を受賞、第97回アカデミー賞の国際長編映画賞ベルギー代表にも選出されるなど、世界で高く評価された。描き出すのは、将来有望な15歳のテニスプレイヤー・ジュリーの心。ある日コーチが指導停止になり、教え子のひとりが不可解な状況で自ら命を絶った事件を巡って噂が立ち始める中、コーチと近しかったジュリーも証言することを求められるが、彼女は沈黙を続ける。短編『STEPHANIE(原題)』(2020)でケガを隠して競技を続ける12歳の体操選手の姿を描いたレオナルド・ヴァン・デイルは、本作においてもスポーツ界で子どもが“小さな大人”として扱われる現実に問題提起。社会の問題を描き続けてきたジャン=ピエール&リュックのダルデンヌ兄弟が共同製作に名を連ね、その主張を支える。

 主人公ジュリーを演じるのは、実生活でもテニスプレイヤーであり、これが初映画となるテッサ・ヴァン・デン・ブルック。その身体表現をもってジュリーの物語へと引き込んでいく。さらに、ジュリーと同じクラブに所属する選手たちを演じるのはテッサ・ヴァン・デン・ブルックが実際に所属するクラブの仲間たち。リアルな描写を徹底している。

 10代のテニスプレイヤーの日常を35mmと65mmフィルムで捉えたのは、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017)を手がけた撮影監督のニコラス・カラカトサニス。カメラは固定し、自然光のコントラストの中にジュリーの心の浮き沈みを映し取る。アメリカの現代クラシック作曲家キャロライン・ショウが手がける緊張感に満ちたボーカルスコアにも注目を。


point of view

 力を持つ者によるハラスメントの問題が浮き彫りになっている今、現場で何が起きているのか、当事者は何を思っているのか。ジュリーという15歳の天才テニスプレイヤーの日常を通じ、それらが浮かび上がってくる。ジュリーが自分の思いをぶちまけたりするわけではない。ジュリーは沈黙を続け、彼女を取り巻く空気は張り詰めている。その空気を切り裂くようにラケットでテニスボールを打ち抜く音が響く。本作において多くのことを伝えるのはキャストの身体表現だ。

 声を上げることを求められる世界においてジュリーは沈黙するが、恐れからの選択ではなく自立心や反抗心からの選択なのだろうと、その表情や動作から自然と感じ取ることができる。そんなジュリーが少しずつ語る準備を整えていく、その過程がスリリングかつ情感豊かに描かれ、引きつけられる。観る側は全神経を集中させてその過程を見守ることになるはず。そしてふと思い至るはずだ。社会的なメッセージを備えた映画であるのみならず、10代の少女の成長を描いた青春映画でもあったのだと。

 スポーツ界のハラスメントを取り上げながら、渦中にいる主人公が追い詰められていく様子ではなく、力を得ていく様子を描いたレオナルド・ヴァン・デイル監督に感服。知性と洞察力を備えた映画作家の世界的飛躍が期待される。

『ジュリーは沈黙したままで』

https://odessa-e.co.jp/julie_keeps_quiet

2024年/ベルギー・スウェーデン/100分

監督 レオナルド・ヴァン・デイル
脚本 レオナルド・ヴァン・デイル ルート・ベカール
出演 テッサ・ヴァン・デン・ブルック クレール・ボドソン ピエール・ジェルヴェー ローラン・カロン ほか
配給 オデッサ・エンタテインメント

※10月3日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほかにて全国順次公開

©2024, DE WERELDVREDE


父の死後、残されたチーズ工房と幼い妹
無軌道な少年が背負う人生、熟成の物語

 フランスの新鋭ルイーズ・クルヴォワジエが監督を務めるほか、テオ・アバディと共に脚本を担った長編デビュー作。第77回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門にてユース賞、若手監督に授与されるジャン・ヴィゴ賞、第50回セザール賞にて最優秀新人監督賞など数々の賞を獲得したのみならず、小規模公開作品ながらフランス本国で約100万人の観客を動員する大ヒットを記録。フランスで愛されるコンテチーズの産地として知られるジュラ地方で育ったルイーズ・クルヴォワジエが故郷を舞台に、無軌道に過ごしてきた18歳の少年がチーズ職人だった父の事故死をきっかけにして人生と向き合い、7歳の妹との生活を守るべく仲間の力を借りてチーズ作りに挑む姿を描いていく。

 主人公トトンヌ役のクレマン・ファヴォー、トトンヌの妹クレール役のルナ・ガレ、酪農業をひとりで切り盛りするマリー=リーズ役のマイウェン・バルテレミをはじめ、キャストにはジュラ地方出身の演技未経験者たちを起用。さらに、ルイーズ・クルヴォワジエの家族が音楽や美術を担い、美しいだけでない農村のリアルな暮らしに確かな息吹を与えている。

 18歳にして人生を背負うことになった少年は現実の荒波をどう乗り越えていくのか。勢いはあるけれど不器用で打算的、でも同時に愛おしい青春の日々に笑みをこぼしつつ、胸を震わせたい。


point of view

 ドキュメンタリー的なリアリティに満ちているが、全体の印象としては映画的なフィクションだ。至るところに備えた“本物”の数々が、キャラクターやストーリーに真実味を持たせるものとしてしっかりと機能している。

 フランスの田舎で生まれ育った主人公はいかにも未成熟で、不器用で興奮しやすくもある。そんな主人公の奮闘ぶりは傍から見れば危なっかしい。間違った選択をしては失敗し、それでもとにかく前へと進んでいく。失ったものがあまりに大きいと、人間はその現実を認識するまでに時間がかかるのだろう。主人公は打たれ強いようで、やがて現実を思い知った際にはもろく崩れたりと実に人間らしい姿を見せる。そんな主人公を包み込むようなやさしさを見せる幼い妹、主人公が打算的に近づいた女性ににじむ知性と官能、仲間たちの無鉄砲さと献身。それらすべてが肌触りリアルに感じられる。

 コンテチーズは数カ月かけて熟成させて作るものだという。人間にも熟成期間は必要だ。人生の深みを知るほどに、人間として味わい深くなっていく主人公を心から応援したくなるはずだ。

『ホーリー・カウ』

https://alfazbetmovie.com/holycow/

2024年/フランス/92分/PG12

監督 ルイーズ・クルヴォワジエ
脚本 ルイーズ・クルヴォワジエ テオ・アバディ
出演 クレマン・ファヴォー ルナ・ガレ マティス・ベルナール ディミトリ・ボードリ マイウェン・バルテレミ ほか
配給 ALFAZBET

※10月10日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほかにて全国順次公開

©2024 - EX NIHILO - FRANCE 3 CINEMA - AUVERGNE RHÔNE ALPES CINÉMA


いつもの場所で仲間たちと最後の草野球
オフビートな笑いと哀愁満載の野球映画

 LAを拠点とする映画製作コレクティブ「オムネス・フィルムズ」に所属するカーソン・ランドが監督・脚本・編集を務めて長編デビュー。第77回カンヌ国際映画祭の監督週間部門に選出され、そのオフビートな笑いと溢れる哀愁、強い作家性と撮影監督出身の映像センスをもって映画を愛する人々を魅了。インディペンデント映画界を担う存在として注目されている。

 描き出すのは、取り壊しの決まった地元の野球場で最後の草野球の試合をする、粗野で乱暴だが、どこか憎めないおじさんたち。ビール腹、もたつく足、空を切りまくるバット、落下しまくるフライボール…。ただ草野球をするだけの姿を通して中高年男性の悲喜こもごもを伝えるのは、『アンカット・ダイヤモンド』(2019)の用心棒役にスカウトされて俳優デビューを果たしたキース・ウィリアム・リチャーズをはじめとした個性的なキャスト陣。さらに、ドキュメンタリー映画界の巨匠フレデリック・ワイズマンがラジオアナウンサーの声を担当、アメリカ合衆国のプロ野球選手の最年長勝利記録を保持するビル・“スペースマン”・リー元投手も特別出演するなど、映画ファンも野球ファンもニヤリとしてしまう仕掛けが施されている。

 今日が終われば、もう二度とこの球場にみんなで集まって野球をすることはない。おじさんたちの静かな葛藤をノスタルジーに満ちた映像の中で描いた1本。これまでの野球映画とはひと味違うが、これもまた名作。“変化球”な野球映画に仕上がっている。


point of view

 本作の中で野球をするのは野球選手でもなければ、野球選手をめざしている若者でもない。ただただ野球が好きなおじさんたちだ。少年時代に野球に出会い、夢中になった。もしかしたら、若い頃は野球がすべてだったという人もいるかもしれない。でも、歳を重ねた今ではそれぞれ野球以外にも大切なものができ、野球がすべてではなくなった。それでも、こうして定期的に野球場に集まっては野球をして楽しむ。人生にはいろいろあるけれど、白球を追うこの時だけはほかのことは忘れてもいい。そんな時間がいかにかけがえのないものであるのかを、本作は思い出させてくれる。そんな時間はいつかは過ぎ去ってしまうという切なさもにじませながら。

 おじさんたちの草野球を1試合、始まりから終わりまで描くだけ。それでも観る側はささいな言葉やふと浮かべる表情から、それぞれの事情を感じ取ることができる。このおじさんは仕事でストレスを溜めていそうだ。このおじさんは家族を養うために必死で働いているんだろう。毎試合見学してはスコアをつけるおじさんにはいろいろと事情がありそうだ。ユルい草野球を観戦しながら、自然とそう想像を膨らせることになるはず。

 監督・脚本・編集を務めるカーソン・ランドは少年時代に野球を始め、野球から離れた時期もあったが、今はまた定期的に草野球をして楽しんでいるという。自身の野球をする時間や場所への思いを込めたとても個人的な1本が、普遍的な感動を呼ぶものとなっている。

『さよならはスローボールで』

https://transformer.co.jp/m/sayonaraslowball/

2024年/アメリカ・フランス/98分

監督・脚本・編集 カーソン・ランド
出演 キース・ウィリアム・リチャーズ ビル・“スペースマン”・リー クリフ・ブレイク  フレデリック・ワイズマン(声の出演) ほか
配給 トランスフォーマー

※10月17日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開

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