FLYING POSTMAN PRESS

鳴海唯『アフター・ザ・クエイク』

映画『アフター・ザ・クエイク』
鳴海唯が届ける、声なき者たちの声

 今から30年前、1995年に起きた阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件の“揺れのあと”を描いた村上春樹の短編集『神の⼦どもたちはみな踊る』に収録された4つの短編小説をもとに、オリジナルの設定を加えて再構築。阪神・淡路⼤震災以降、それぞれの時代・場所で孤独を抱える4⼈の⼈⽣が交錯し、現代へと繋がりゆくさまを描いた映画『アフター・ザ・クエイク』が10月3日(金)より公開へ。今年4月に放送されたNHKドラマ「地震のあとで」と物語を共有しつつ、オリジナルのシーンも加え、30年という時間のうねりを伝える映画として改めて世に送り出される。

 鳴海唯は『神の⼦どもたちはみな踊る』収録の一篇『アイロンのある風景』に基づくパートで、堤真一が演じる関西弁の男と焚き火を囲む孤独な女性を演じている。鳴海唯と堤真一はいずれも兵庫県の西宮市出身。同郷の大先輩と向き合い、何を思い、感じたのか。その撮影の日々を振り返る。

写真:徳田洋平 スタイリング:李 靖華 ヘアスタイリング&メイクアップ:住本 彩 取材・文:佐藤ちほ
衣装協力:ジャンプスーツ 73,700円(YOHEI OHNO/TEL03-5760-6039) ブーツ 99,000円(3.1 Phillip Lim Japan/customercare@31philliplim.co.jp) 
右耳イヤーカフ36,300円 左耳イヤーカフ 16,500円 左耳イヤーカフ 36,300円 右人差し指リング 28,600円 右小指リング 42,900円 左人差し指リング 28,600円(以上、すべてBONEE/EDSTRÖM OFFICE TEL03-6427-5901)



身近にある感情を持つ普通の女性

──『アフター・ザ・クエイク』への出演オファーを受けた際の思いから聞かせてください。

鳴海 私はこの作品のテーマになっている阪神・淡路大震災を実際に経験してはいないのですが、兵庫県の西宮市で生まれ育っています。西宮市で生まれ育った子どもたちはみんな、阪神・淡路大震災が起こった1月17日になると追悼の意を表し、震災当時の映像を観て学ぶ特別な道徳の授業を受けます。実際に被災していなくても、あの土地に生まれ育った子どもたちには震災というものが根づいているんです。なので、出演のお話をいただいた時には不思議なご縁を感じました。また、お話をいただいてから原作小説を書かれた村上春樹さんについて調べていくうちに、村上さんが京都で生まれ、兵庫県の西宮市と芦屋市で育った方だと知って。畏れ多いとは思いつつ、ルーツが同じなんだなと。その点も含めてご縁を感じました。難しい題材なので緊張はしましたが、それと同時に西宮で育った私だからこそ自分の体を通して何か表現できることはあるのかなと思いました。

──村上春樹さんとルーツが重なることは本作をきっかけに知ったわけですか。

鳴海 そうなんです。もちろん、村上さんのことは存じあげていましたが、西宮と芦屋で育ったことは知らなかったですし、村上さんの小説にも触れてこなくて。

──『神の子どもたちはみな踊る』が生まれて初めて読んだ村上春樹小説ということですか。

鳴海 はい『ノルウェイの森』(2010)とか『ドライブ・マイ・カー』(2021)とか、村上さんの小説を原作にした映像作品は観ていましたが、小説は恥ずかしながらこれが初めてでした。

──人生初の村上春樹さんの小説の魅力をどう感じたのでしょうか。

鳴海 正解を出さない、不穏な感じで終わっていくところが時にモヤモヤとしたものを心に残し、時に心地良くて。村上さんの小説をよく読んでいる母にそんな私の感想を話したら、「そこが真骨頂だよ」と言われました。私が出演したパートは『神の⼦どもたちはみな踊る』の中の『アイロンのある風景』を原作にしていますが、『アイロンのある風景』もそうなんです。不穏な感じで終わっていて、だからこそ、読み終わった後もしばらく考えさせられる。私が感じた村上さんの小説の魅力はそういうところです。

──原作小説や映画の脚本を通じ、ご自身が演じる順子の人物像はどう浮かびあがりましたか。

鳴海 実は最初はなかなか共感できない変わった女の子だと感じていたんです。順子は家出少女で、とても孤独であり、独特の死生観も持っているので。でも、撮影に入ってからもずっと順子について考え続ける中でふと思いました。彼女が抱える孤独は実はごく身近にあるものなのかもしれないなって。人はどんな境遇にあっても必ず孤独を抱えているものですよね。誰かと一緒にいても寂しいと感じる。きっと多くの人がそんな瞬間を経験していると思うんです。私もそういうことを感じた瞬間があり、“あ、順子の孤独を特別視しなくてもいいのかな”と。そこからは彼女を特別視せず、身近にある感情を持った普通の女の子だと思いながら演じるようになりました。撮影が終わって1年経ちますが、今もふとした時に“順子ってこういう気持ちだったのかな?”と思う瞬間があって。今のほうがより、順子という人に寄り添えるようになりましたね。撮影が終わってから言うのもなんですが(笑)。

──井上剛監督と作品のテーマや役について深く話す機会もありましたか。

鳴海 撮影前、井上監督とプロデューサーの山本(晃久)さんにお会いして、おふたりのこの作品に対する思いをじっくりと聞かせてもらいました。おふたりの言葉で今も心に残っているのが、「この作品を通して声なき人たちの声を届けたい」というものです。大きな災害や事件が起こった時には、直接的にかかわった人たちの名前だけが出て、その声が届けられるものですよね。でも、声を拾いあげられない方々もたくさんいると思うんです。例えば、東日本大震災では津波によって多くの行方不明者が出ましたが、ずっと“行方不明者”のままで誰にも気づかれないまま眠っている人たちが今なおいらっしゃるわけで。そんな人たちの思いをこの作品を通して届けていきたいとおふたりが最初におっしゃって。それによって追悼の意を表したいと。この作品に登場するのは間接的に震災や事件にかかわっている人たち、声を拾いあげてもらえなかった人たちです。順子も震災で被害を受けた三宅とかかわることで、自分の中にある孤独感や自分の死生観を見つめ直していくことになります。拾いあげられた声がどんどん伝染し、誰かに影響を与え、人生を変えていく。そんな物語に私自身とても共感しましたし、声なき人たちの声を届けることをいちばん大事にして演じていきたいと思いました。