CINEMA
新作映画に見る、出会いと変化
生き別れた弟と出会った指揮者の兄 共通点は音楽──最高の兄弟に泣き笑い
本国フランスで260万人の観客を動員し、第50回セザール賞では主要7部門にノミネート。第72回サン・セバスチャン国際映画祭でも観客賞を受賞するなど、世界で高く評価された兄弟の物語。『アプローズ、アプローズ!囚人たちの大舞台』(2020)を手がけたエマニュエル・クールコルが監督と脚本を、同作で刑務所の文化コーディネーターを務めたイレーヌ・ミュスカリが共同脚本を担い、白血病と診断されたスター指揮者のティボがドナーを探す過程で生き別れた弟ジミーと出会い、その類いまれな音楽の才能を見出し、これまでの運命の不公平を正そうと弟を応援するさまを描いていく。
兄のティボを演じるのは『セラヴィ!』(2017)のバンジャマン・ラヴェルネ、弟のジミーを演じるのは『秋が来るとき』(2024)のピエール・ロタン。フランスの実力派たちが最高のアンサンブル演技を披露している。さらに、劇中に登場する架空の吹奏楽団であるワランクール炭鉱楽団の楽団員に扮するのは、実在するラレン市営炭鉱労働者楽団の楽団員たち。映画にリアルな息吹を吹き込んでいる。
劇中ではラヴェルの『ボレロ』、ベニー・ゴルソンの『クリフォードの想い出』、ダリダの『マンデイ・チューズデイ』、シャルル・アズナブールの『世界の果てに』など、クラシック、ジャズ、ポップミュージックの名曲の数々が使用されるほか、オーケストラや吹奏楽団による演奏シーンも注目のポイントに。運命的な再会を果たした兄弟が未来へと歩き出す中で、その絆が生んだ奇跡の演奏に心動かされること請け合いだ。
point of view
兄のティボは世界的な指揮者。自身の病気をきっかけに生き別れた弟ジミーと出会い、弟の音楽の才能に気づくことになる。裕福な家庭に引き取られた自分と、経済的に余裕のない労働者の家庭へと引き取られた弟。環境がゆえに才能を伸ばせなかった弟を応援しようと決めた兄は、弟の立場から世界を見つめ、地域に根差して生きる人々と深く繋がり、音楽が暮らしに根づいているさまを知ることとなる。一方、弟のジミーの世界は兄のティボが現われてから急速に広がり、挑戦することすらあきらめていた夢を叶えられるかもしれないと希望と抱く。つまり、兄は弟によって世間を知り、弟は兄によって自分自身の可能性を見出すことになるわけだ。
どちらかがどちらかを自分の世界へと引き込む物語ではない。それぞれの世界が重なり、影響し合い、豊かになっていく。そんな様子を描く物語であり、クライマックスの『ボレロ』の演奏シーンはその象徴と言える。すべての世界が溶け合い、複雑かつ芳醇な音楽を奏でるさまには心が揺さぶられた。これから先も困難なことは続くだろう。それでも、自分を思ってくれる人がそばにいてくれれば、最後まで前を向いて進んでいける。この兄弟はこれからもたくさん泣き、たくさん笑いながら生きていくのだろう。素晴らしい交響曲がそうであるように、本作の最終章は観客に深い余韻を残すはずだ。
『ファンファーレ!ふたつの音』
https://movies.shochiku.co.jp/enfanfare/
2024年/フランス/103分
監督・脚本 | エマニュエル・クールコル |
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共同脚本 | イレーヌ・ミュスカリ |
出演 | バンジャマン・ラヴェルネ ピエール・ロタン サラ・スコ ほか |
配給 | 松竹 |
※9月19日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開
©2024 – AGAT Films & Cie – France 2 Cinéma ©Thibault Grabherr
罪を背負った男と賞金首の黒い犬 ふたりぼっちの“野良犬”の友情の物語
第77回カンヌ国際映画祭において、ある視点部門でグランプリを受賞したほか、パルムドッグ審査員賞も受賞。『ロクさん』(2015)などを手がけるグァン・フーが監督を務め、北京オリンピック開催間近の2008年の中国、ゴビ砂漠の端にある寂れた街を舞台に、罪を背負った男と賞金を懸けられた黒い犬が出会い、“野良犬”同士で奇妙な絆を育んでいくさまを描き出す。
主人公ランを演じるのはアジアのスター、エディ・ポン。これまでの自身のイメージを覆し、寡黙で孤独な男を深い影を落としつつ演じている。ランの心に入り込む雑技団のグレープをトン・リーヤー、さらに中国の映画監督ジャ・ジャンクーが重要な役どころで出演している。
砂漠と街とのコントラストを際立たせた映像に加え、リアリズムと社会へ警鐘を巧妙に織り交ぜるストーリーテリングも秀逸。これは、すべての生ける者たちへの賛歌。チャイナ・ノワールの系譜に連なる新たな秀作が誕生した。
point of view
主人公の男ランはほとんど口をきかない。だが、ひどく重いものを背負っていることがその佇まい、息遣い、世界を見つめる目から伝わってくる。どうやら、主人公は誤って友だちを死なせてしまったらしい。家族とも疎遠になっているらしい。ランの様子から、そんな背景を容易に感じ取ることができる。スター俳優として華やかな役柄を多く演じてきたエディ・ポンだが、本作では一変。罪を背負った孤独な男を見事に体現し、観る側を物語へと引き込んでいく。
そんなランが出会った黒い犬。北京オリンピック開催間近、国主導の強引な区画整理によって住人の流出が止まらずに廃墟が目立つようになった街では、引っ越し先に連れていかれず捨てられた犬たちが野生化し、問題になっていた。黒い犬は賞金がかけられた、野犬界でも指折りのお尋ね者。初めは黒い犬を捕獲しようとしていたランだったが、いつしか黒い犬と通じ合って絆が芽生え、奇妙な友情を育んでいくことになる。一方、人間不信を募らせていた黒い犬だが、似た者同士のランには心を許し、ランと群れを組んで生きることに喜びを見出すようになる。
急速に社会が発展していく中で、ランと黒い犬のようにその速度についていけずに取り残される者たちは多くいるはず。取り残された者同士であるランと黒い犬が“ふたりぼっち”で力強く生きていく姿は、社会への強烈なアンチテーゼになっているとも言える。
『ブラックドッグ』
https://klockworx.com/blackdog
2024年/中国/110分
監督 | グァン・フー |
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出演 | エディ・ポン トン・リーヤー ジャ・ジャンクー ほか |
配給 | クロックワークス |
※9月19日(金)よりシネマカリテほかにて全国公開
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