CINEMA
新作映画に見る、出会いと変化
謎の男、同級生、生き別れた兄弟、野犬 出会いが変化をもたらすさまを描く映画
ピュアで謎めいた男性、同じクラスの大人びた女の子、存在すら知らなかった兄弟、孤独な野犬…。ひとつの出会いが自身の世界を広げたり、カラフルに色づけたりすることがある。出会いと、その出会いがもたらしたものを印象的に描いた4本の秀作を紹介する。
社会的リアリズム+神話的ファンタジー 孤独な少女に訪れた魔法のような4日間
『フィッシュ・タンク』(2009)や『アメリカン・ハニー』(2016)などを手がけ、世界で高く評価されるイギリスのアンドレア・アーノルドが監督と脚本を務めた珠玉のヒューマンドラマ。これまで日本では映画祭や限定上映でしか観ることができなかったアンドレア・アーノルド作品が、初めて全国公開される。
描かれるのは、郊外の下町に暮らす12歳の少女が“バード”と名乗る摩訶不思議な男と出会い、ささやかに、でも確実に世界が開かれていく様子。主人公の少女ベイリー役に抜擢され、思春期のもどかしさや瑞々しさを体現するのは、演技経験は学校の演劇のみだった無名のニキヤ・アダムズ。自己中心的な厄介者だが家族への愛情は深いベイリーの父親バグに、『イニシェリン島の精霊』(2022)のバリー・コーガン。謎の男“バード”に、『希望の灯り』(2018)のフランツ・ロゴフスキ。アイルランド出身とドイツ出身、演技力に定評のあるふたりが少女の世界を色づける。
撮影監督は『哀れなるものたち』(2023)などで知られ、アンドレア・アーノルドとは短編時代からタッグを組むロビー・ライアン。16mmフィルムのざらついた画質とスマートフォンのデジタル映像を組み合わせ、リアルでありながら夢の中にいるような独特の映像美を追求している。エレクトロ・ミュージックの第一人者であるブリアルが初めて手がけたビビットな劇伴、Fontaines D.C.の『Too Real』やColdplayの『Yellow』、Blurの『The Universal』など劇中で使用される楽曲にも注目を。
point of view
主人公の少女ベイリーの家庭環境は複雑だ。一緒に暮らすのは、自分勝手な父のバグと異母兄のハンター。バグと別れた母ペイトンは暴力的な男と一緒に暮らしていて、ペイトンのもとにはベイリーの異父弟妹3人がいる。ここまでの情報から、ずっしりと重い映画を想像する人もいるはずだが、本作はそういうものではない。切なさや物悲しさはありつつも、全体を貫くトーンはむしろ明るい。絶望ではなく希望を感じられるものになっている。
ベイリーが出会うバードとは一体何者なのか。ひとりの孤独な青年なのか、それとも人智を超えた存在なのか、はたまたベイリーの空想の産物なのか…。その答えは、観る人それぞれに委ねられている。そもそも、バードの正体などこの物語においては些末なことだ。
主題は、バードに出会ってベイリーがどう成長していくかにある。バードはベイリーを全面的に受け入れ、肯定する。そしてベイリーは一見奇妙なバードの中に純粋性を見出し、彼の独特の感性、詩的な物言いに触れる中で自分という人間を更新していく。持ち前の好奇心と無謀さと紙一重の勇気、豊かな想像力を武器に厳しい現実に体当たりし、壁をぶち破っていく。そのダイナミックな成長ぶりに魅了される。
青春の物語とマジックリアリズム、下町の群像劇が一体となったアンドレア・アーノルドの新たな創作を満喫したい。
『バード ここから羽ばたく』
2024年/イギリス・アメリカ・フランス・ドイツ/119分
監督・脚本 | アンドレア・アーノルド |
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出演 | ニキヤ・アダムズ バリー・コーガン フランツ・ロゴフスキ ほか |
配給 | アルバトロス・フィルム |
※9月5日(金)より新宿ピカデリー、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほかにて全国公開
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至って“ふつう”の男の子が恋をした ありそうでなかった子ども映画が誕生
『そこのみにて光輝く』(2014)、『きみはいい子』(2015)の監督・呉美保と脚本・高田亮の三度目のタッグ作。自らも親となり、ありのままの子どもを描いてみたいという共通の思いを持ったふたりが、今の日本に生きる子どもたちと、彼らと同じ時間に向き合う大人たちにフォーカスする、ありそうでなかった子ども映画を世に送り出す。物語の中心にいるのは小学4年生、10歳の上田唯士と、唯士が気になっているクラスメイトの三宅心愛、ちょっぴり問題児の橋本陽斗。子どもたちが始めた環境活動が思わぬ方向へと転がっていく様子を描いていく。
主人公の唯士を演じるのは、『ぼくが生きてる、ふたつの世界』(2024)に続く呉監督作への出演となる嶋田鉄太。平凡な男の子が刺激的な冒険にハマッていく様子を、大真面目がゆえのコミカルさをにじませつつ演じている。唯士が気になっている心愛には、本格的な演技はこれが初めてという瑠璃。同世代の外国の環境活動家に傾倒する大人びた女の子として強い印象を残す。ふたりと一緒に環境活動を始める陽斗には味元耀大が扮し、華やかさとナイーブさの両面を体現している。さらに、唯士の母・恵子に蒼井優、唯士の担任教師・浅井に風間俊介、心愛の母親・冬に瀧内公美ら、子どもたちを取り巻く大人たちにも魅力的なキャストが集結。子どもたちの世界と大人たちの世界が地続きにあると伝わる、深みのある演技を披露している。
point of view
生きものが好きで、おなかが空いたらごはんを食べる。至って“ふつう”の男の子・唯士の世界は、気になる女の子・心愛と出会ったことで複雑かつドラマティックになっていく。その唯士の世界とはどんなものなのか。唯士の目を通して見つめてみた印象としては、大人たちの世界とそう変わらないように思える。毎日通う小学校には“日本の社会”がすでにできあがっていて、そこにはいろんな子どもたちがいる。見栄を張る子や、いつも威張っているけれど本当は小心な子、大義を掲げているようで実は自分の願望を叶えたいだけの子…。子どももひとりの人間であることには変わりがないのだと思えるはずだ。今の日本を生きる人間が、自分以外の人間とかかわる中でモヤモヤしたり、イライラしたり、ハラハラしたりする。大人にとっても身に覚えのある人間関係、日常によくある光景、日常でよく芽生える思いが、唯士の世界には満ちている。子どもたちと一緒に私たちが生きるこの世界と出会い直す。そんな映画に仕上がっている。
『ふつうの子ども』
2025年/日本/96分
監督 | 呉 美保 |
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脚本 | 高田 亮 |
出演 | 嶋田鉄太 瑠璃 味元耀大 風間俊介 蒼井 優 ほか |
配給 | murmur |
※9月5日(金)よりテアトル新宿ほかにて全国公開
©2025「ふつうの子ども」製作委員会