CINEMASPECIAL ISSUE
2020年の青春『この夏の星を見る』
世代の空気を真空パックしてくれた
──辻村さんは書き進めながら気づくことがあるとおっしゃいましたが、ご自分の小説を原作に山元監督がこうして映画を作り、その映画を観て気づくこともあるのでしょうか。
辻村 それはとてもありますね。書いている時はがむしゃらなので、なんでこのシーンが必要なのかとか、このシーンで何を伝えたいのかとか、自分でもわかっていないことだらけなんです。例えば、“2020年の子たちを書こう”という気持ちで書くんですけど、“2020年の子たちっぽさ”を言語化できた上で書いていたわけではなくて。でも、映画を観て気づいたのが、“互いに尊重するという感覚が2020年の子たちっぽい”ということ。互いの好きなものを尊重し、互いの距離感を尊重する。でもそれって遠慮でもあって、相手に対して踏み込まないということでもあるんですよね。踏み込んでほしい、という気持ちもありながら。そういう距離感を私は感覚でしか理解していなかったので、映画になって初めて「あ、私はこういうことが書きたかったんだ」とわかりました。この子たちを構成しているもの、世代の空気を映画がまるごと真空パックしてくれたというか。真空パックして閉じ込めた2020年のあの時の空気に触れられるって、映画になったからこそだと思うんですね。このチームにこの原作をお願いできて、本当に良かった。
山元 そうおっしゃっていただけてうれしいです。映画は時代を閉じ込めるものだと僕も思っていて。今辻村先生がおっしゃった通り、尊重し合う感じとか。“あの時のあの子たち”が描けたらと僕もずっと思っていたので。
辻村 2回ほど撮影見学にお邪魔したんですけど、もちろん、すべてを見たわけではないので、どんな映画になるのかという答えは知らなかったんです。でも、キャストのみんなはずっと演じていたわけだから、“みんなは答えを知っているでしょ”ぐらいに思っていて。でも、初号試写で映画を初めて観る時、桜田さんとお話ししたら、桜田さんも答えは知らないっていう感じだったんです。どんな映画になるのか想像がつかないからこそ、観るのを楽しみにしていたと。山元監督からは、凛久役の水沢さんは映画を観るのが怖くもあったようだと伺いましたが。
山元 そう、林太郎君は震えるほど不安だったみたいです。原作の中で描かれていることをちゃんとこの映画が描けているんだろうかと。自分は凛久という大事なキャラクターをちゃんと体現できているのかと。林太郎君は撮影中もどう凛久を演じていったらいいのかと人一倍悩んでいて。撮影が終わってから1時間半ぐらい僕と林太郎君とでしゃべったりすることもありました。初号試写に来た林太郎君はケロッとした様子だったので「楽しみ?」って聞いたら、「はい」って言うんです。でも本当はすごく不安で、席についてからもブルブル震えていたらしくて。
辻村 そんなに!
山元 映画が終わって出てきた林太郎君がめちゃくちゃ泣いていて、どうしたのかと聞いたら、「安心したんです。この映画がいい映画で良かった。原作の良さがちゃんと出ていて良かった。自分がやったことを信じられていなかったんです。この映画が終わった後、いろんな役をやるんだけど、凛久が心の底にずっといた感覚があって。どうやったら抜けるのかがわからなかったんですけど、今日、やっと抜けました。成就された気がします」と。俳優魂すごいなと思ったんですけど。
辻村 すごいですし、そこまで凛久を思っていただけて光栄です。原作の最後のほうで凛久が叫ぶところがあって。そこを映画では叫びではない表現をしていて、“どちらも正解”と思えました。アプローチは違っても同じ物語の凛久だと感じられた。原作通りではない、ああいう演技になっていたことが逆にうれしかったです。
山元 良かったです。実はあそこ、段取りの時には1回叫んでいるんです。
辻村 そうなんですね。
山元 林太郎君、あそこの台詞、ほぼ叫び通して言ったんですよ。それで「今の(本番でも)やる?」と聞いたら、「1回出すだけ出してみました。次は自分の中の温度で着地させるので」と。で、林太郎君が次にやった芝居があれやったんですよ。
辻村 それは素晴らしい!
山元 林太郎君は本当にずっと悩みながら演じていて。でも、最後の最後だったから。「1回、林太郎君がやりたいようにやっていい。絶対に止めへんから」と僕が言ったんです。そうしたら段取りでシャウトしたから、内心ドキドキしたんです。でも、あのシャウトがあったからこそ、その後、“感情を抑えるんだけれど、抑えきれていない感情が毛穴から出ちゃっている”というお芝居が出てきた。林太郎君が悩み抜いてきたことが凛久のキャラクター像に繋がった感じがありますね。素晴らしい俳優たちとこの映画を作れて良かったなと、今、改めて思います。
──その裏話を知り、映画を観たくなる方がたくさんいらっしゃると思います。
辻村 本当にそう。“原作を読んだからいいや”となっている方にも絶対に観てほしい映画です。原作で大事にしていたことは絶対に損なわないし、むしろ、それを超えてくるものがたくさん観られるから。
山元 うれしいです。ありがとうございます。
辻村 あと、原作を読んでいない方で、辻村深月の小説が原作と聞いて、“辻村深月って泣ける小説とか書く人でしょ。泣ける映画ってことでしょ”みたいに思っている人がいらしたら、“目にもの見せてやるから!”という心境です(笑)。泣けるとかじゃなくて、かっこいいんです。ものすごくかっこいい映画になっているから、ぜひ観てほしいです。
辻村深月(つじむら みづき)
2004年に『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞し、小説家デビュー、『鍵のない夢を見る』で第147回直木三十五賞を受賞。そのほかの著書に『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』『ハケンアニメ!』『かがみの孤城』などがある
山元 環(やまもと かん)
1993年生まれ、大阪府出身。大阪芸術大学映像学科卒業。ショートフィルム『ワンナイトのあとに』(2019)、BUMP配信ドラマ『今日も浮つく、あなたは燃える。』(2022)、ドラマ『痛ぶる恋の、ようなもの』(2024)などを手がける気鋭の映像作家。本作で長編商業映画監督デビューを果たす
『この夏の星を見る』
https://www.konohoshi-movie.jp
2025年/日本/126分
監督 | 山元 環 |
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原作 | 辻村深月「この夏の星を見る」(角川文庫/KADOKAWA刊) |
出演 | 桜田ひより 水沢林太郎 黒川想矢 中野有紗 早瀬 憩 星乃あんな ほか |
配給 | 東映 |
※7月4日(金)より全国公開
©️2025「この夏の星を見る」製作委員会
【原作情報】
『この夏の星を見る』上・下
著:辻村深月
角川文庫
各902円
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