FLYING POSTMAN PRESS

2020年の青春『この夏の星を見る』

原作・辻村深月×監督・山元環
2020年の青春を描く『この夏の星を見る』
作り手たちが作品を通して気づいたこと

 2020年、新型コロナウィルスのパンデミックが起こる中、茨城、東京・渋谷、長崎・五島の中高生たちはオンラインで繋がり、離れた場所にいながら同時に星を捉える競技<スターキャッチコンテスト>を開催しようとする。登校も部活動も制限される中で複雑な思いを抱えながらも、自分たちの“好き”を手放さなかった中高生たちが最高に輝いて見える映画『この夏の星を見る』が7月4日(金)より全国公開。中高生たちが過ごした“あの夏”が純度や温度もそのままで閉じ込められた、青春映画の新たな傑作だ。

 原作の小説を著した直木賞作家の辻村深月と、本作で長編商業映画デビューを果たし、その物語る力をいかんなく発揮した山元環監督。ふたりのストーリーテラーに話を聞いた。

写真:徳田洋平 
【辻村深月】ヘアスタイリング&メイクアップ:TATSURO
取材・文:佐藤ちほ



画で見せられるのが映画の醍醐味

──辻村さんは映画『この夏の星を見る』をどうご覧になりましたか。

辻村 どんな実写作品でも“自分が書いたことが映像になった!”という感動はあるものですが、今回はシーンごとにそれが予想を超えて届いてきました。小説で言葉を尽くして書いた感情や状況が、画ひとつを観ればちゃんと全部伝わるようになっている。画や映像で語ることができるのが映画の醍醐味だとも思うので、言語化できないものを大事に形にして撮ってくださったことに感謝を覚えました。“小説にはないシーンだけれど、まぎれもなく原作通り”と感じられた名場面がたくさんあります。特にスターキャッチコンテストのシーンは最高にかっこよかった! 競技であることを大事にした躍動感ある画を作品の真ん中にきちんと置いてくださり、“ああ、これが観たかった!”という興奮と感動がありました。

山元 原作にキャラクターたちの造形が深く書かれていたので、これを映画化するとして、“映画ではこれだけの情報しか抽出できませんでした”みたいなことには絶対したくなかったんです。キャラクターたちが躍動している画の中で、彼らが何を感じているのかを観ている人たちにも感じ取ってもらえるようにしたい。そういう思いと意図のもとですべてのシーンを撮っていたので、辻村先生にそう言っていただけて本当に光栄です。

──確かに画や音で伝わるものが多い映画です。例えば、茨城県立砂浦第三高校の亜紗と凛久が出会う序盤の一幕。無言で互いがめざすものを見せ合い、認め合って握手を交わす。原作にはない一幕ですが、ふたりの人物像や関係性が伝わる印象的なシーンでした。

山元 亜紗と凛久はこの物語の基盤だと思っていて。このふたりがどういう関係性に見えるのかというのは、映画の頭でちゃんとセットアップしておきたいと思っていました。亜紗役の桜田ひよりさんと初めて話した時、亜紗は凛久に対して恋愛感情はあるのかと聞かれたんですけど、僕は恋愛感情だけでは語れないような関係性だと思っていて。たまたま男女というだけであって、もっと深いところで繋がっているふたり。恋愛関係ではないものの、学校生活を送る上で互いは絶対になくてはならない存在。原作を読み、そんなふうに影響し合っているふたりがめっちゃいいなと思っていたんです。映像化するのであればぜひこの空気感を出したい。人としての繋がりを映画の中でちゃんと描けたらいいなと思っていて。でも、そこに言葉を入れたら野暮なんですよね。試行錯誤する中で思いついたのが握手でした。“握手でふたりの関係性を伝えられたら俺たちの勝ちだ”と、勝負に出てみた。桜田さんと凛久役の水沢林太郎君には握手の意味を説明して。そうしたらふたりともちゃんと理解し、互いに目だけで語っていただけた。僕にとっても印象深いシーンです。

辻村 私自身、そこは書きながら気づいたんです。物語の後半、亜紗が凛久のために何かしたいと思って周りの人たちに協力を求めるところで、周りの人たちから、やっぱり凛久のことが好きだったのかと指摘される。その時、亜紗が考えるまでもなく「じゃ、私が凛久のこと好きっていう、もうそういうことでいい。だから、何か一緒に考えてよ」と返すんですね。あの亜紗の言葉が出てきた時初めて、ふたりの関係にはもう名前なんかいらないんだと気づいた。このふたりの軽やかな強さみたいなものを、山元監督が理解した上でそうしたアプローチを最初から考えてくださったことが伺えて、とてもうれしいです。

山元 クライマックスに亜紗と凛久が泣くシーンがありますが、そこもいいなと思っています。泣き方にふたりの温度が出ているんですよね。編集している時、ふたりが泣いているのを観ながら“ああ、このふたりの関係性があってこの映画が成り立っていたんだな”と。僕もそれは映像を繋いでみて初めて実感しました。

──星空の画の力もすごかったです。

山元 “デイフォーナイト”という撮影手法で、真っ昼間の日光を利用して疑似ナイターを作りました。撮影後にグレーディング(※映像の階調と色調を整える画像加工処理)で色を追い込んで夜にして最終的に星空を入れていく。そういう作業をすることで各地の星空にキャラクターを作っていけるので。

──星空にもキャラクターがあるというのは面白いですね。

辻村 そう、場所によって本当に違うんですよね。

山元 撮影前、舞台のひとつの五島に行って星空を見上げた時、肉眼で天の川銀河が見えることに驚いて。

辻村 私も小説を書くため五島に取材に行って星空を見上げて感動しました。まず実感したのは、星空は平面ではなくて奥行きがあるということ。鬼岳天文台の館長さんや小説を監修してくださった岡村(典夫)先生が「ここが天の川で、大三角形はここで」と説明してくださって、その時は星空の地図を全部理解できたんです。でも、いったん離れてまた星空の下に放り出されると、またちょっと見失う(笑)。その日だけ星空の地図の解像度がすごく上がるというのは不思議な体験でした。

山元 また星空の下って本当に癒しの空間で。疑似プラネタリウムみたいな映画が作れたらいいなと思い、今回、星空にはこだわりました。星の配置はちゃんとパノラマのように作っています。南の星空だったらこういう星が入ってくるというのを計算し、カメラの角度ごとに合成して作っていって。観終わっても星空の余韻が残り、癒された気持ちになってもらえたらうれしいですね。

辻村 星空をベースにしながら舞台それぞれの場所に違う空気感があってそれも素晴らしかったです。例えば五島のシーンを観た時には、“ああ、私が取材に行った場所にこの子たちが住んでたんだ!”と本気で思えるぐらいに彼らの存在が溶け込んでいます。キャストのみなさん、普段、都会を舞台にした映画やドラマに出ているとは思えないぐらい。

山元 普段、都会のホラーとかに出ている子たちが。

辻村 都会のホラーって(笑)。でも、その姿も見てみたいな。

山元 でも本当に、“子どもの頃はこの辺駆け回っていたんだろうな”と思うぐらいの地元感を不思議と帯びていましたね。

辻村 茨城と渋谷も、やっぱり茨城と渋谷の子たちとしてのチームの存在感がありました。

山元 そもそも、辻村先生の場所の設定が秀逸なんです。だからこそ、それぞれの風景の中でキャラクターたちをどういう動きで撮っていくのかというのは、映像面のテーマのひとつでした。狙って撮っていったら、そこで生きているキャラクターたちの息遣いがちゃんと映せたんですよね。原作に書かれていることを教科書にし、狙って撮っていくのは重要なことだと改めて実感しました。