FLYING POSTMAN PRESS

世界で賞賛された俊英たちの映画

その作家性が賞賛され、愛された
世界が注目する俊英たちの珠玉の映画

 世界各地の映画祭でその作家性と作品の質の高さを評価されたインディペンデント映画が続々公開へ。注目の映画作家が手がけた珠玉の3本、その魅力を紐解いていく。



夏のある1日、恋人が死んだ
暮れない夜に喪失が人と人とを繋ぐ

 短編映画『The Last Farm』(2006)が第78回アカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされるなど、世界で高く評価されるアイスランドのルーナ・ルーナソンが監督と脚本を務めた4本目の長編であり、第77回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門のオープニング作品として上映され、賛辞を受けた人間ドラマ。最愛の恋人を喪いながらも、その関係を秘密にしていたがために深い悲しみを誰にも打ち明けられない女性が、行き場のない気持ちに翻弄される様子を描き出す。

 エリーン・ハットルが主人公の女性を繊細かつ力強く演じ、第75回ベルリン国際映画祭でヨーロッパ・シューティングスター賞、エッダ賞主演女優賞ほかを受賞。撮影監督を務め、16mmフィルムでスケール感のある映像を捉えたのは、ほぼすべてのルーナ・ルーナソン監督作の撮影監督を担うソフィア・オルソン。さらに、『博士と彼女のセオリー』(2014)で知られる稀代の音楽家であり、2018年に逝去したヨハン・ヨハンソンの楽曲『Odi et Amo』が、主人公の女性の揺れ動く心を浮かび上がらせる。

 ほとんど日が沈むことのないアイスランドの夏の1日。主人公と世界、あるいは人との繋がりを感覚的に受け止めつつ、その心に寄り添う映画時間を。


point of view

 主人公ウナにはディッディという恋人がいるが、ふたりはその関係を秘密にしている。なぜなら、ディッディには遠距離恋愛をしている長年の恋人クララがいるから。ある日、ディッディはクララに別れを告げると家と出た後で事故に巻き込まれ、帰らぬ人となってしまう。つまりウナは、当事者でありながら秘密を抱えていたために部外者でいるしかない、ということに。突然恋人がいなくなった世界をウナがどう見つめ、胸中にどんな思いが渦巻いているのか。それらを言葉で説明するようなことはない。微細に変化していく表情やピンと張り詰めた空気、彼女が見つめているアイスランドの風景がそのすべてを雄弁に物語っている。

 また、ウナとクララの繋がりが印象的だ。同じ人を愛したふたりの女性が言葉もなく視線を交わし、寄り添って互いの体温を分け合うさまがスリリングかつエモーショナルで、どうにも心を動かされた。それはある種の残酷さがありつつ、同時に親密で美しい光景だった。喪失を描いた映画は数多くあるが、“愛する人を亡くした1日”をこんなふうに描いた映画はなかったように思う。深い哀しみだけではなく深い繋がりも体感できる1本だ。


『突然、君がいなくなって』

https://www.bitters.co.jp/totsuzen

2024年/アイスランド・オランダ・クロアチア・フランス/80分/PG12

監督・脚本 ルーナ・ルーナソン
出演 エリーン・ハットル ミカエル・コーバー カトラ・ニャルスドッティル ほか
配給 ビターズ・エンド

※6月20日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開

©Compass Films , Halibut , Revolver Amsterdam , MP Filmska Produkcija , Eaux Vives Productions , Jour2Fête , The Party Film Sales



傷ついた男が出会ったのは地元の劇団
人生とシェイクスピア悲劇がリンクする

 サウス・バイ・サウスウエスト映画祭2019で観客賞と審査員特別賞を受賞した『セイント・フランシス』(2019)で一躍注目されたコンビであり、私生活のパートナー同士でもあるケリー・オサリヴァンとアレックス・トンプソン。2024年のシアトル国際映画祭で監督賞と主演男優賞を受賞したほか、多数の映画祭で賞賛された最新の共同監督作で描くのは、ある悲しい出来事を経験した家族が希望を見出していく軌跡。劇中劇となるシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の展開を重ね合わせつつ、笑いと涙に溢れた人間ドラマを織り上げていく。

 感情を表に出さない主人公ダンを演じるのは、舞台を中心に活躍してきたベテランのキース・カプフェラー。ダンの妻シャロン、ふたりの娘のデイジーをキース・カプフェラーの実際の妻と娘であり、同じく俳優として活躍するタラ・マレン、キャサリン・マレン・カプフェラーが演じる。さらに、キャストやスタッフのほとんどがケリー・オサリヴァンとアレックス・トンプソンの長年の創作仲間であり、インディペンデント映画ならではの親密な空気がスクリーンを満たしている。

 喪失と再生、家族の絆の再構築、アートとコミュニティの癒しの力といったテーマが、見事にひとつに溶け合った1本。人生と演劇が重なり合って心に響く珠玉の物語が誕生した。


point of view

 登場するのは、ごく普通の家族と、世代もルーツもさまざまな地元のアマチュア劇団員たち。そんな彼らを繋ぐのは演劇だ。演劇素人の普通のオジサンである主人公ダンが、偶然にも地元のアマチュア劇団の新作『ロミオとジュリエット』のロミオ役に抜擢される。ダンはぎこちないながらも懸命に稽古を重ねていく。『ロミオとジュリエット』のストーリーや台詞が、これほどまでに自身の心に突き刺さってくるとは思いもせずに。

 物語は人間を描き、人生を描く。映画や演劇、ドラマを観ながら、その虚構の世界が現実の世界とリンクし、深い共感を覚える。そんな経験をしたことがある人は多いだろう。それがダンにも起こるわけだ。ダンは『ロミオとジュリエット』に自身の人生を重ね合わせ、深く傷つき、激しく怒り、渦巻く感情をぶちまけ、やがては癒され、自分の人生や家族との関係性を見つめ直すことになる。観る側はそんなダンの様子に泣き笑いしつつ、やはり、そこに自分自身の人生を重ねることになるはずだ。 劇中劇のシーンでは『ロミオとジュリエット』のあまりに有名なクライマックス、ロミオが“ジュリエットの死”と対峙するくだりも映し出される。さまざまな作品で何度も観たシーンだが、本作のそれはとりわけ胸に響いた。演劇素人のダンの演技は“うまい”と評されるものではないが、気持ちが込められている。そのシーンのダンの姿に、演技というものの真髄を垣間見たような気がした。

 ダンとその家族、個性豊かであたたかい演劇仲間が愛おしくなること間違いなし。家族やコミュニティで支え合うことの大切さ、創作が持つ力を改めて伝える1本に仕上がっている。


『カーテンコールの灯』

https://amg-e.co.jp/item/curtaincall

2024年/アメリカ/115分/PG12

監督 ケリー・オサリヴァン アレックス・トンプソン
脚本 ケリー・オサリヴァン
出演 キース・カプフェラー キャサリン・マレン・カプフェラー タラ・マレン ドリー・デ・レオン ほか
配給 AMGエンタテインメント

※6月27日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国公開

©2024, Ghostlight LLC.



フォーチュンクッキーが運ぶ幸せの予感
愛おしいガール・ミーツ・ボーイの物語

 2023年サンダンス映画祭でプレミア上映され、第39回インディペンデント・スピリット賞ではジョン・カサヴェテス賞を受賞。そのほか、世界各地の映画祭で各賞を受賞したインディペンデント映画の新たな傑作。イランに生まれ、イギリスのロンドンで育ち、『Radio Dreams』(2016)や『Land』(2018)で注目されたババク・ジャラリが監督、共同脚本、編集を務め、アフガニスタンからアメリカにやってきて孤独を募らせる移民の女性が、フォーチュンクッキーをきっかけに一歩を踏み出す姿を、モノクロームのノスタルジックな映像の中、ユーモアを交えて描いていく。

 主人公のドニヤを演じるのは、アフガニスタンでテレビ番組の司会者やジャーナリストとして活躍していたが、ドニヤ同様にタリバンが復権した2021年8月にアメリカへと逃れたアナイタ・ワリ・ザダ。アメリカに来てわずか5カ月、演技未経験だったにもかかわらず、ドニヤのキャラクターに共感を覚えたアナイタ・ワリ・ザダはオーディションでその熱意を示し、見事に主役を射止め、映画初出演を果たしている。ドニヤが出会う自動車整備士ダニエルを演じるのは、ドラマシリーズ『一流シェフのファミリーレストラン』(2022~)、映画『アイアンクロー』(2023)などで注目されるジェレミー・アレン・ホワイト。

 たったひとことのメッセージが、人生を変えるきっかけになるかもしれない。幸せになりたいと願う人々に寄り添い、ささやかな希望の光を灯す1本がここに。


point of view

 現代的であり、ノスタルジックでもある独特のモノクロームの世界。舞台となるアメリカのフリーモントの街並みも現代なのだが、どこかノスタルジーを感じさせる。そんなフリーモントで、中国系アメリカ人夫婦が経営する手作りフォーチュンクッキー工場で働く主人公の女性。アフガニスタン出身の移民であり、アメリカ軍基地で通訳として働いていた彼女は、基地での経験からPTSDや慢性的な不眠症に悩まされ、孤独な日々を変えたいと思いながらも一歩踏み出せずにいる。そんな彼女がささやかな幸せを見つけようとする姿をとぼけたユーモアを交えつつ描いていく。ルックといい、オフビート感といい、孤独を抱えた普通の人々の姿をユーモアとペーソスを交えて描くスタイルといい、ジム・ジャームッシュ監督、あるいはアキ・カウリスマキ監督の作品を彷彿とさせる。

 とりわけ印象深いのが、主人公と自動車整備士の出会いのシーン。ただ無言で見つめ合い、ぎこちなく言葉を交わすさまにふたりのこれからが想像でき、これ以上ないほどロマンティックだと感じられた。ガール・ミーツ・ボーイの物語であり、同時に現代のアメリカをリアルに映した物語だという点も興味深い。さまざまな事情があり、さまざまな夢を持った人々が、故郷から遠く離れたアメリカで再出発を図る。困難も多いだろうし、過去に囚われることもあるだろう。だからこそ、ささやかな幸せを求めたいし、できることなら愛が欲しい。そう思ってちょっとだけがんばってみる主人公を愛さずにはいられない。

 アメリカのインディペンデント映画界に新しい風を吹かせる1本。ババク・ジャラリのセンスと個性を満喫してほしい。


『フォーチュンクッキー』

https://mimosafilms.com/fortunecookie/

2023年/アメリカ/91分

監督 ババク・ジャラリ
脚本 バカロリーナ・カヴァリ ババク・ジャラリ
出演 アナイタ・ワリ・ザダ グレッグ・ターキントン ジェレミー・アレン・ホワイト ほか
配給 ミモザフィルムズ

※6月27日(金)よりシネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷ホワイトシネクイント、アップリンク吉祥寺ほかにて全国公開

©2023 Fremont The Movie LLC