FLYING POSTMAN PRESS

良作が続々公開、日本映画は面白い

言葉にできないものを映す
世界が注目する早川千絵監督の最新作
不完全な大人の世界を覗く11歳のひと夏

 オリジナル脚本を書き下ろし、長編映画監督デビュー作となった『PLAN 75』(2022)で、第75回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門のカメラドール スペシャル・メンション(特別表彰)を授与され、世界の映画界から高く評価された早川千絵監督。第78回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された最新作でも脚本と監督を務め、子どもと大人の狭間で揺れ動く11歳の少女が、不完全な大人の世界を覗きながら人々の孤独や胸の痛みに触れるひと夏を繊細に描いていく。

 多数の候補者の中からオーディションを経て主人公の少女フキ役に抜擢されたのは、当時役柄と同じ11歳だった鈴木唯。好奇心と研ぎ澄まされた感性をもって世界を見つめ、小さな体の中で感情をうごめかせる様子に心をかき乱される。さらに、フキの両親を石田ひかりとリリー・フランキーが、フキがその夏に出会う大人たちを中島歩、河合優実、坂東龍汰が演じる。

 子どもの頃、ガンを患う父親が入院する病院に通っていた早川監督。その経験をもとに、自身が当時抱いていた感情を膨らませて1本の映画にしたという。うれしい、楽しい、寂しい、怖い、そして哀しい。さまざまな感情を知って大人になっていく主人公の少女の姿が、観る人それぞれのあの頃の記憶を呼び覚ます。

 子どもの頃は大人たちをよく見ていたものだ。自分が見たものをうまく言葉にすることはできなかったけれど、大人たちを見ながらさまざまなことに気づき、感じ、察していた。そういう、言葉にできないものを描いた映画だと思える。主人公フキの体験を感覚的に受け止めながら、あの日の自分が見たことは、あるいは感じたことはこういうことだったのかと、大人になった今、映画を観ながら気づく人もいるはずだ。

 感受性と想像力が豊かなフキが見つめる世界には、現実と虚構が入り交じる。さらに言えば、起承転結を明確にして物語られるわけでもない。断片を積み重ねていき、それを俯瞰してみれば美しくも残酷、かつ豊かなストーリーになっているという印象。フキは渦巻く思いを口にすることもない。大人たちや世界に向ける眼差しの変化が、彼女の心が波打つさまを雄弁に物語っている。

 この夏を過ごした少女は、もう子どもではいられない。大人になるのはうれしいけれど、同時に哀しくもあると知ったあの夏。かつて子どもだったすべての人の胸を揺さぶる映画に仕上がっている。

『ルノワール』

https://happinet-phantom.com/renoir

2025年/日本・フランス・シンガポール・フィリピン・インドネシア・カタール/122分

脚本・監督 早川千絵
出演 鈴木 唯 石田ひかり 中島 歩 河合優実 坂東龍汰 リリー・フランキー ほか
配給 ハピネットファントム・スタジオ

※6月20日(金)より新宿ピカデリーほかにて全国公開

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