FLYING POSTMAN PRESS

良作が続々公開、日本映画は面白い

芸道、人間と社会、11歳の少女の夏
6月は良作続々、見逃せない日本映画

 6月は日本映画の豊作期。歌舞伎に人生を捧げた男を描いた芸道映画に、実際の出来事に端を発する人間ドラマ、少女の言葉にできない思いを掬いあげる映画。4本の良質な日本映画を紹介する。



芸道映画の新たな名作
世界最高峰のスタッフ&キャスト集結
芸道にすべてを捧げた男の壮大な一代記

 吉田修一自ら3年にわたって歌舞伎の黒衣をまとい、楽屋に入って取材した上で著した同名小説を原作に、李相日が監督を務めた芸道映画の新たな傑作。原作・吉田修一×監督・李相日のタッグは『悪人』(2010)、『怒り』(2016)に続き、これが3度目となる。任侠の一門に生まれたのちに歌舞伎役者の家に引き取られ、もがき苦しみながらも芸の道に精進し、稀代の女形と言われるまでに上り詰める。そんな主人公の波瀾万丈の50年を描き出す。

 主人公・立花喜久雄を全身全霊で演じ、胸を揺さぶるのは、美貌と確かな演技力を併せ持つ吉沢亮。喜久雄のライバルとなる歌舞伎名門の御曹司・大垣俊介を、着実にキャリアを積み重ねる横浜流星が人間味豊かに体現する。さらに渡辺謙、高畑充希、寺島しのぶ、田中泯ら、日本映画に欠かせぬ俳優陣が喜久雄が出会う人々を演じ、ドラマティックに盛り立てていく。

 強力な布陣によるスタッフワークも見ものだ。脚本は奥寺佐渡子、撮影は第66回カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞作『アデル、ブルーは熱い色』(2013)の撮影を担当したソフィアン・エル・ファニ、美術監督は種田陽平。それぞれが、類いまれなるセンスと世界最高峰の技術をいかんなく発揮している。

 のちに歌舞伎役者として重要無形文化財保持者(人間国宝)となる主人公を演じた吉沢亮は、1年半にわたって歌舞伎の稽古をした上で撮影に臨んだという。その説得力たるやすさまじく、“歌舞伎役者に見える”を遥かに超えている。また、技術を身につけただけではなく、心もしっかりと“芸道に人生のすべてを捧げる歌舞伎役者”になっているのが素晴らしい。とりわけ、舞台上で舞い踊る姿に魅了された。芸の道をひたすら歩んでいくこと、その大きな喜びと深い孤独を自身の身体を通して伝える。それは、舞踊は身体言語であるということを改めて教えてくれる姿だった。

 さらには、歌舞伎そのものというより、歌舞伎を演じる役者たちの人生を見せようという李相日監督の演出が秀逸。世界的に活躍する撮影監督のソフィアン・エル・ファニをチームに引き入れるのは李監督のたっての希望だったというが、その選択が効いている。ソフィアン・エル・ファニが映すのは、これまで観たことのない歌舞伎。カメラは舞台上の役者に寄り添い、その体温や息遣い、情感をも捉えている。時には役者の内面に深く入り込んでいくようなショットもあり、観ながらどうにも胸がざわめいた。魂というものがあるのならば、それに触れたような感覚があった。

 原作者の吉田修一が「100年に1本の壮大な芸道映画」と讃える、観る側の五感に訴える1本。忘れられない映画体験を。

『国宝』

https://kokuhou-movie.com

2025年/日本/175分/PG12

監督 李 相日
原作 吉田修一「国宝」(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
出演 吉沢 亮 横浜流星 高畑充希 寺島しのぶ 渡辺 謙 ほか
配給 東宝

※6月6日(金)より全国公開

©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会