CINEMA
実話が多様な映画に生まれ変わる
カルチャーアイコン、収監者、ある家族 実在する人、実話を描いた多様な映画
この春には、実在する人、本当にあった話を描いた映画が続々公開される。映し出されるのは、ファレル・ウィリアムス、演劇に生きる希望を見出す収監者たち、そして、最愛の母を喪った家族。ドキュメンタリーにフィクションにと、さまざまな形で花開いた3本の映画を紹介する。
ファレル・ウィリアムスの人生を映画化 全編レゴ®アニメで誘う新たな映画体験
『ゲット・ラッキー』『ハッピー』などのヒット曲を多数手がけるソングライター、プロデューサー、レコーディングアーティストであり、起業家であり、ルイ・ヴィトンのクリエイティブ・ディレクターとして活躍するなど、ファッション界においても存在感を放つファレル・ウィリアムス。現代のカルチャーシーンのアイコン的存在である彼の人生を、『バック・コーラスの歌姫(ディーバ)たち』(2013)で第86回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したモーガン・ネヴィルが監督・脚本・編集を担って初の映画化。1973年にヴァージニア州のヴァージニアビーチに生まれた孤独な音楽少年がカルチャーアイコンになるまでの道のりを、全編レゴ®ブロックのアニメーションで描いていく。 ファレル・ウィリアムス自身が幼少期や家族について語るほか、彼が携わった名曲の数々に乗せ、それらの誕生秘話も明かされる。さらにジェイ・Z、スヌープ・ドッグ、グウェン・ステファニー、ケンドリック・ラマーらも登場し、ファレル・ウィリアムスの革新性と人となりを証言する。
普遍的な人間ドラマとも、まったく新しい伝記アニメーション映画とも、“音と色の渦”を体感するミュージック・ジャーニーとも言える1本。枠にハマらない創作を続けるファレル・ウィリアムスの人生を伝えるのにふさわしい、枠にハマらない作品に仕上がっている。
point of view
音や数字に色がついて見える共感覚の持ち主であるファレル・ウィリアムスは、音楽を“別世界に浸るための音と色の渦”と捉えていると話す。レゴ®ブロックのアニメーションは、そんな彼の感性を伝える最適の手法だったと感じられる。まるでファレル・ウィリアムスの目を通して物事を見つめ、その感性を体感しているようで、とにかく鑑賞感が新しい。
物語もいい。天才クリエイターの革新性を讃えるだけの物語ではない。むしろ、人間としての不完全な姿にフォーカスを当てているように感じられる。自分の個性を既存の枠組みに収めようともがいていた孤独な音楽少年が、やがては自身の特異性に美と創造的可能性を見出していく。未成熟な人間が葛藤する姿は共感できるもので、本作を観た後はこれまで以上にファレル・ウィリアムスを好きになり、心を寄せられるはずだ。つまり、普遍的な物語をこれ以上ないほどユニークな手法で語った映画だということ。結果的に、マジックリアリズムの理想形と言えるものになっている。
ぜひ音と映像の環境が整った映画館で、唯一無二の創作を100%味わい尽くしたい。
『ファレル・ウィリアムス:ピース・バイ・ピース』
https://pharrell-piecebypiece.jp
2024年/アメリカ/93分
監督・脚本・編集 | モーガン・ネヴィル |
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出演 | ファレル・ウィリアムス スヌープ・ドッグ ケンドリック・ラマー ほか |
配給 | パルコ ユニバーサル映画 |
※4月4日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開
©2024 FOCUS FEATURES LLC
最重警備の刑務所であった感動の実話 演劇を通じて希望を見出す収監者たち
ニューヨークで最も警備が厳重なシンシン刑務所で行われている収監者更生プログラムの舞台演劇を題材に、無実の罪で収監された男と収監者たちとの友情を描く、実話に基づく物語。監督を務めるのは、『ザ・ボーダーライン 合衆国国境警備隊』(2016)を手がけたグレッグ・クウェダー。長年無実を訴え続けるも釈放の可能性は一向に見出せず、唯一の心の救いである演劇に打ち込む収監者ディヴァイン・Gを、Netflix映画『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』(2023)でオスカーにノミネートされたコールマン・ドミンゴ。刑務所一の問題児で、ひょんなことから演劇に取り組むことになり、徐々に変わっていくディヴァイン・アイに、元収監者でプログラムの卒業生であり、現在はプロの俳優となったクラレンス・マクリン。そのほか、キャストの85%以上がシンシン刑務所の元収監者たちでプログラムの経験者という、これまでにない試みがなされている。
第97回アカデミー賞において主演男優賞、脚色賞、歌曲賞にノミネートされるなど、高く評価された1本。演劇に真摯に取り組みながら生きる希望を見出し、友情を育んでいく収監者たちの姿に感動を覚える。
point of view
実話に基づくフィクション映画だが、キャストの85%以上が元収監者であること、さらに主人公のディヴァイン・Gを中心に人間たちを淡々と映していくカメラワークも相まって、演劇を題材にしたドキュメンタリー映画を観ているようにも感じられる。フィクションとドキュメンタリーのいいとこ取り、という印象。鑑賞感としては人間観察に近いかもしれない。さまざまな背景や個性を持った収監者たちの言動をつぶさに観察し、その胸のうちを慮るほどに、物語に没入していることに気づくはずだ。
アメリカ国内では一度収監された人たちが再び刑務所に戻ってくる割合は60%を超えるが、本プログラムの卒業生が刑務所に戻ってくる割合は5%にも満たないという。情熱を注げられるものに出会うこと、誰かと力を合わせてひとつの作品を作りあげること。そういったことがどれだけ渇いた心を潤し、人と人を深く結びつけていくのかが本作を観るとよくわかる。芸術の素晴らしさも改めて実感できる1本だ。
『シンシン/SING SING』
2023年/アメリカ/107分
監督 | グレッグ・クウェダー |
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出演 | コールマン・ドミンゴ クラレンス・マクリン ショーン・サン・ホセ ポール・レイシー ほか |
配給 | ギャガ |
※4月11日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国順次公開
©2023 DIVINE FILM, LLC. All rights reserved.
最愛の人を喪っても季節は巡り続ける ある家族の喪失と再生を映す真実の物語
お金では買えない豊かさと自由を求め、北欧ノルウェーの美しい森で自給自足生活を送るペイン家。子どもたちは学校へ通わずに家で両親から学び、自然と共に生き、成長してきた。シルエ・エヴェンスモ・ヤコブセン監督は、一家の母で写真家のマリアがインターネットで発信していたシンプルで愛に溢れた暮らしに魅了され、ドキュメンタリー番組の制作を企画。だが、その番組が実現する前にマリアが病死してしまう。ヤコブセン監督は、遺された父ニックと4人の子どもたちの姿を追い続けようと決意する。そして、約3年にわたって家族に寄り添い、彼らがマリアの死に向き合い、やがては一歩踏み出す姿を記録。マリアが遺した、詩的で、家族や自然への愛に満ちた文章と写真を織り交ぜながら、喪失と再生の物語を紡いでいく。
2024年のサンダンス映画祭のワールドシネマ・ドキュメンタリー部門において審査員大賞を受賞。喪失の先にあるものとは何か。最愛の人の思い出を抱えながら生きる切なさと尊さを伝える、珠玉のドキュメンタリー映画が誕生した。
point of view
愛と自然の恵みをいっぱいに浴びる、ある家族のシンプルライフ。だが、家族の中心だった母が亡くなり、その暮らしは一変してしまう。4きょうだいの中で唯一、母の連れ子だった長女は実の父と暮らすことを選択し、イギリス出身の父はなんとか実子3人との暮らしを守ろうとするも、経済的にも教育面においても多くの問題に直面し、苦悩する。次女は悲しみを胸に秘めながら幼いきょうだいの面倒を見て、今まで通り暮らし続けたいと切望する。
心に深い傷を負った人はどう悲しみと向き合い、また歩んでいくのか。その喪失と再生の過程を追体験できる。時折差し込まれる母マリアの文章と写真も印象的だ。それらから伝わるのは家族や自然に対する深い愛情ばかりではない。生きるということの本質が浮かび上がってくる。
映し出されるのは型破りな家族の営みではない。ほかとそう変わらない、愛し愛される家族の営みだ。家族の一人ひとりに寄り添いつつ、真実の物語を深く味わいたい。
『ただ、愛を選ぶこと』
2024年/ノルウェー/84分
監督 | シルエ・エヴェンスモ・ヤコブセン |
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出演 | ニック・ペイン ロンニャ フレイア ファルク ウルヴ マリア・グロース・ヴァトネ |
配給 | S・D・P |
※4月よりシネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開
©A5 Film AS 2024