FLYING POSTMAN PRESS

新作映画に見る、さまざまな愛の形

夫婦の愛、疑似家族の愛、癒しの愛
新作映画が描く愛、それぞれの形

 まだまだ寒さが続くこの時期には、愛の物語に触れて心だけでもあたためたいもの。“時を超える”夫婦の愛に、家族になっていく人たちの愛、そして、心の傷を癒し合う男女の愛。さまざまな愛の形を描いた3本の新作映画を紹介する。



脚本:坂元裕二×監督:塚原あゆ子
松たか子×松村北斗が贈る夫婦の物語

 ドラマ『Mother』(2010)や映画『花束みたいな恋をした』(2021)などを手がけ、是枝裕和監督と初めて組んだ映画『怪物』(2023)では第76回カンヌ国際映映画祭にて脚本賞を受賞した、日本を代表する脚本家・坂元裕二。ドラマ『アンナチュラル』(2018)、『MIU404』(2020)、映画『ラストマイル』(2024)などを手がけ、確かな演出力を示す塚原あゆ子監督。そんなふたりが初めてタッグを組み、新たなラブストーリーを誕生させた。

 結婚して15年。倦怠期が続き、長く不仲だった夫の駈(かける)を事故で喪った硯カンナを主人公に、駈と出会う直前にタイムトラベルしたカンナが再び彼と恋に落ち、未来の事故を防いで夫を救おうとする姿を描き出す。

 主人公のカンナを演じるのは坂元裕二脚本作品の常連であり、卓越した演技力を持つ松たか子。カンナの夫・駈を演じるのは、映画『夜明けのすべて』(2024)などに出演し、俳優としても高く評価されるSixTONES の松村北斗。さらに、リリー・フランキー、吉岡里帆、森七菜らが夫婦を取り巻く人々を演じる。

 タイトルとなった“ファーストキス”に込められた思いとは──。愛する人と共に歩む人生の意味を問いかける、深い感動に満ちた1本がここに。


point of view

 『恋はデジャ・ブ』(1993)、『バタフライ・エフェクト』(2004)、『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』(2013)など、タイムトラベル×ラブストーリーは映画の定番の筋書きのひとつだが、坂元裕二が脚本を書けばひと味違うものになる。とりわけ、夫婦になる男女の掛け合いが印象的。それぞれ個性的で人間味のあるふたりが、ディテールに富んだ台詞を投げ合いながら、時にはあたふたして笑わせ、時には甘い展開を見せて観客の胸を高鳴らせてくれる。そして、何気ないやり取りの中でささやかだけれど大切な事柄を掬いあげ、丁寧に伝えている。カンナと駈の夫婦の物語を観て胸に残るのは、愛する人と歩む人生がいかに尊いものであるのかということ。いちばん近くにいる人を大切にすることの意義を見出すこととなる。

 坂元裕二流“タイムトラベル×ラブストーリー”は王道を往くようで新鮮であり、やはり深い。人生の妙味を味わえるラブストーリーに仕上がっている。


『ファーストキス 1ST KISS』

https://1stkiss-movie.toho.co.jp/

2025年/日本/124分

監督 塚原あゆ子
脚本 坂元裕二
出演 松たか子 松村北斗 吉岡里帆 森 七菜 リリー・フランキー ほか
配給 東宝

※2月7日(金)より全国公開

©2025「1ST KISS」製作委員会



マッツ・ミケルセン主演の壮大な叙事詩
史実をもとにした、ある家族の愛の軌跡

 ニコライ・アーセル監督と“北欧の至宝”と讃えられる俳優マッツ・ミケルセンによる、『ロイヤル・アフェア 愛と欲望の王宮』(2012)以来、二度目のタッグ作。18世紀のデンマークを舞台に、荒野の開拓に挑んだ貧しい退役軍人のルドヴィ・ケーレン大尉と、彼と同じように心の傷を抱えた“愛を知らない者たち”が家族になっていく姿を描き出す。

 マッツ・ミケルセンがケーレン大尉役を担い、その表情や佇まいで揺れる心を表現。ケーレン大尉の宿敵フレデリック・デ・シンケルには『THE GUILTY/ギルティ』(2018)のシモン・ベンネビヤーグ。絵に描いたような悪役ぶりでドラマを盛り上げている。デ・シンケルからひどい仕打ちを受け、逃げ出した元使用人のアン・バーバラには『特捜部Q Pからのメッセージ』(2016)のアマンダ・コリン。試練にさらされながらも毅然と生きていくその姿が胸を打つ。さらに、ケーレンが出会うタタール人少女アンマイ・ムスにスウェーデン出身の子役メリナ・ハグバーグ。ケーレンと彼女が父と娘のように心を通じ合わせる様子に、深い感動を覚える。


point of view

 戦場で功績を残すも後ろ盾がなく、貧しい暮らしを余儀なくされる退役軍人のルドヴィ・ケーレン大尉は、貴族の称号を懸けて荒野の開拓に挑む。そのケーレン大尉を演じるマッツ・ミケルセンが秀逸だ。言葉数が少ないケーレンの胸のうちを、表情や佇まい、仕草や視線の運びによって観る側にまざまざと訴えかけてくる。

 ケーレンと家族のような関係になるアン・バーバラとアンマイ・ムスを演じたアマンダ・コリンとメリナ・ハグバーグも素晴らしい。アマンダ・コリンは心に深い傷を負った女性を“被害者”としてではなく“戦う人”として表現し、メリナ・ハグバーグは自分たちとは違うというだけで忌み嫌われる子を、“かわいそうな子”としてではなく、“真っ直ぐな子”として体現する。

 3人を近づけたのは、純粋な愛情ではなかったかもしれない。でも、確かに彼らは家族だと思える。同じ時に同じ場所に生き、心の傷を癒し合うことで深く結びついていったのは間違いない。 これは、ある家族の愛の軌跡。荒れ果てた大地に命の水が染み入るように、渇いた心に愛が満ちるその瞬間を見守りたい。


『愛を耕すひと』

https://happinet-phantom.com/ai-tagayasu/

2023年/デンマーク スウェーデン ドイツ/127分

監督 ニコライ・アーセル
脚本 ニコライ・アーセル アナス・トマス・イェンセン
出演 マッツ・ミケルセン アマンダ・コリン シモン・ベンネビヤーグ メリナ・ハグバーグ ほか
配給 スターキャット ハピネットファントム・スタジオ

※2月14日(金)より新宿ピカデリーほかにて全国公開

©2023 ZENTROPA ENTERTAINMENTS4, ZENTROPA BERLIN GMBH and ZENTROPA SWEDEN AB



“記憶”に翻弄されるふたりが支え合う
愛とやさしさに満ちたヒューマンドラマ

 監督と脚本を務めたのは、『或る終焉』(2015)を手がけたメキシコの俊英ミシェル・フランコ。ニューヨークを舞台に、シングルマザーでソーシャルワーカーのシルヴィアと若年性認知症の男性ソールが導かれるように出会い、背負ってきた互いの荷物を分け合い、やがて人生の希望を見つけるまでを丁寧に描いていく。

 ジェシカ・チャステインがシルヴィアを、ピーター・サースガードがソールをそれぞれ好演。ピーター・サースガードは本作において、第80回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門の男優賞を獲得している。

 傷ついたことのあるすべての人にそっと寄り添い、ささやかな希望の光を分け与えてくれるような、愛とやさしさに満ちたヒューマンドラマが誕生した。


point of view

 ニューヨークで13歳の娘をひとりで育てながら、ソーシャルワーカーとして働くシルヴィアは、若年性認知症で記憶障害を抱えるソールと出会う。シルヴィアは忘れたい記憶を抱え続ける女性であり、ソールは忘れたくない記憶を失いゆく男性。互いが“欠けていたパズルのピース”であったかのように、ふたりは深く結びついていく。

 演技巧者のジェシカ・チャステインだが、本作でも胸を揺さぶる妙演を見せている。“時間”をしっかりと背負ってそこにあり、闇に飲まれる瞬間も、生きる喜びに目覚める瞬間も、真実味をもって伝えている。そして、ソール役のピーター・サースガードが見事だ。ソールの穏やかさとやさしさが物語に希望をもたらし、ふとした瞬間に表に出る哀しみが物語に深みを与えている。

 美しいことばかりを描いた映画ではない。胸を痛めずには観られないようなシーンもある。でも、これはやさしい愛の物語。癒し癒される男女に心を寄せつつ、彼らの人生の選択を応援し、祝福したい。


『あの歌を憶えている』

https://www.memory-movie-jp.com

2023年/アメリカ・メキシコ/103分

監督・脚本 ミシェル・フランコ
出演 ジェシカ・チャステイン ピーター・サースガード メリット・ウェヴァー ブルック・ティンバー ほか
配給 セテラ・インターナショナル

※2月21日(金)より新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほかにて全国順次公開

©DONDE QUEMA EL SOL S.A.P.I. DE C.V. 2023