FLYING POSTMAN PRESS

テーマ別:冬のドキュメンタリー映画

冬のドキュメンタリー映画part3<日本を知る、世界を知る>
小学校、それは小さな社会
日本の小学校を1年間追いかける

 第36回東京国際映画祭 2023でお披露目された後、世界各地の映画祭でも上映され、高い評価を受けたドキュメンタリー映画がついに日本で劇場公開へ。監督、編集を担うのは、イギリス人の父と日本人の母を持つ山崎エマ。大阪の公立小学校を卒業し、中・高はインターナショナル・スクールへ。その後、アメリカの大学へと進学。ニューヨークで暮らす中で、自分自身の強みは日本の公立小学校で学んだ責任感や勤勉さなどに由来していることに気づいたという。「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12歳になる頃には、日本の子どもは“日本人”になっている」。山崎監督はそんな思いを強くし、鍵は小学校にあると考え、日本の公立小学校を舞台にしたドキュメンタリー映画を撮ることとした。6年かけて撮影ができる公立小学校を探し、新型コロナウィルス感染拡大による撮影延期を経て、2021年4月にようやく撮影を開始。世田谷区立塚戶小学校に1年間、150 日、700 時間密着、編集に1年を要し、念願のドキュメンタリー映画を完成させた。

 掃除、日直、給食当番。日本人である私たちには当たり前のことも、海外から見れば驚きでいっぱい。今こそ日本の小学校を知ろう。きっとこれからの社会を考える上で大切な“気づき”がそこにはあるはず。

 正直、本作を観るまでは日本の教育に良い印象を持てないでいた。集団を大切にするあまり、個を疎かにしていないかと気にかかっていた。だが本作を観て、これまで負の面ばかりにとらわれていたとハッとさせられた。自分のことは自分で責任を持って取り組むこと。自分だけを優先させず、周りの人たちにも心を配ること。上手にできないことは少しでも上手になるよう努力してみること。多くの日本人にとって、それらはそう難しいことではないはず。なぜなら、小学校で教わったから。みんなが気持ち良く小学校生活を送れるように掃除当番や日直に真面目に取り組んだし、6年生になった時には1年生が小学校生活に馴染めるよう手助けもした。運動会の出しものが上手にできなければ上手になるまで練習した。すべて、小学校で教わったことだったのだ。

 世田谷区立塚戶小学校の教育熱心な先生たち、一生懸命で思いやりのある児童たちを観ていると、日本の教育も捨てたものではないと思えてくる。日本人の心を持ちながら、外国人の視点が理解できる山崎エマ監督だからこそ撮ることができた“客観視した小学校の教育現場”。さまざまな“気づき”があるだけではなく、子どもたちの成長と先生たちの熱い思いに胸揺さぶられること間違いなしの、大満足の1本に仕上がっている。

『小学校〜それは小さな社会〜』

https://shogakko-film.com

2023年/日本・アメリカ・フィンランド・フランス/99分

監督・編集 山崎エマ
配給 ハピネットファントム・スタジオ

※12月13日(金)よりシネスイッチ銀座ほかにて全国順次公開

©Cineric Creative / NHK / Pystymetsä / Point du Jour


混迷を深める中東情勢を世界に伝える
スマホで今を切り取ったドキュメンタリー

 『サイクリスト』(1989)、『パンと植木鉢』(1996)などを手がけたイランの名匠モフセン・マフマルバフと、その次女のハナ・マフマルバフ監督が、混迷を深める中東情勢を即座に世界へ伝えるべく、それぞれスマートフォンでドキュメンタリー映画を撮った。ハナ・マフマルバフによる『苦悩のリスト』と、モフセン・マフマルバフによる『子どもたちはもう遊ばない』を同時公開するという特集企画<ヴィジョン・オブ・マフマルバフ>が2024年の年末にスタートする。

 ハナ・マフマルバフ監督による『苦悩のリスト』は2021年5月、アフガニスタンからのアメリカ軍撤退を受け、タリバンが再び台頭した際の様子を記録している。国を脱出したい市民が空港に押し寄せてパニックになる日々が続く中、同年7月には、タリバンによる迫害から芸術家や映画制作者たちを救い出すためのグループが発足。マフマルバフ・ファミリーもそのグループに名を連ね、アフガニスタンから遠く離れたロンドンで交渉にあたるが、実際に救い出せるのはほんのわずかな人々。刻一刻と事態が深刻さを増す中で、マフマルバフ・ファミリーは約800人を記載したリストから、“国から緊急脱出させる”人数を絞り込むという苦渋の決断を迫られる。いわば“命の選択”をするということであり、観ているこちらもその重圧に押し潰されそうになるほどだ。そして、スマートフォンのカメラは同時にマフマルバフ・ファミリーの信頼と愛情も描き出す。

 伝えるべきこととツールの機動性が合致した結果生まれた秀逸なポリティカル・ドキュメンタリー。まずは知ることから。知った先に共感があり、現状を変える手立てがあるのだと信じたい。

 『子どもたちはもう遊ばない』はコロナ禍前の2019年、そして、ハマス襲撃後の緊張感が見え隠れする2023年10月のエルサレムの街をモフセン・マフマルバフ監督がさまよい歩きながらスマートフォンで撮影したもの。気軽な旅行vlogのようでいて、さすがはモフセン・マフマルバフ監督作。その多角的な視点と深い洞察によって紛争の根源に迫るものとなっている。街角に佇む老人、パレスチナ系ティーンのダンスグループ、ユダヤ系の若者たち…。誰もが正しく、誰もが間違っているようなその世界。すべての言葉に真実が宿っていて、だからこそ頭を抱えて悩んでしまう。どうしたらいいのか、と。ひとつだけ、これだけは間違いないと思えるのは対話を続けなければいけないということだ。今のエルサレムに生きる人たちはもちろん、外側にいる私たちも。自分とは違う人たちの話を聞く、その行為の大切さが身に沁みる。

『ヴィジョン・オブ・マフマルバフ』

http://vision-of-makhmalbaf.com


『苦悩のリスト』

2023年/イギリス・アフガニスタン・イラン/67分

監督 ハナ・マフマルバフ
出演 モフセン・マフマルバフ マルズィエ・メシュキニ メイサム・マフマルバフ ハナ・マフマルバフ

『子どもたちはもう遊ばない』

2024年/イギリス・イスラエル・イラン/62分

監督 モフセン・マフマルバフ
出演 アリ・ジャデ ベンジャミン・フライデンバーグ アディ・ニッセンバウム エルサレムの市民たち
配給 ノンデライコ

※12月28日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて2作品同時公開

©Makhmalbaf Film House